いつもココロに?マーク

sustena.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:建築 ( 45 ) タグの人気記事


2019年 06月 15日

バーゼルは興味深い現代建築がいっぱい!

バーゼル2日目は、美術館と市内そぞろ歩き。

まずは旧市街の市庁舎を見て、ノバルティスキャンパスを外から見学。ゲーリーの有名な建築のほんの一部が見えた。この建築は誰のだったかなー

c0155474_17414379.jpeg

そのあとはバーゼル市立現代美術館、キュビズム特別展をやっていて、ピカソとブラックのさくひんをじっくり見る。


大聖堂からライン川を小さな渡し船で渡り対岸へ。

c0155474_17444711.jpeg


マリオ・ボッタ設計のタンゲリー美術館は動くガラクタが楽しい🎵


夕方はメッセで開かれているアートバーゼルへ。画廊や美術館関係者向けの一大イベントだが、この日は一般人も入れた。売り出し中の現代アーティストばかりでなく、シーレやクリムト、ピカソなどもあってびっくり。会場が広すぎて、最後はヘロヘロ。会場の設計はヘルツォーク&ド・ムーロン。



c0155474_17405356.jpeg
c0155474_17410935.jpeg
c0155474_17412484.jpeg




by sustena | 2019-06-15 17:47 | | Comments(0)
2019年 04月 04日

代田橋に日本のガウディ??

3月最終日、知人が主宰するお散歩会に参加。この日は、代田橋駅に集合して東京都水道局和田掘給水所、羽根木神社、ゆずり橋、史跡玉川上水などの世田谷区内の史跡を回ったあと、杉並区和泉の沖縄タウン、井の頭街道碑、和泉二丁目の庚申塔、日本大学鶴ヶ丘高等学校、龍光寺、和泉熊野神社、和泉の地名の由来の基となった貴船神社、文殊院、大圓寺-永福町駅に至るコース。

途中、桜もいっぱい咲いていて気持ちのいい散歩だったのだが、ワタクシ的に一番ビックリしたのが、代田橋にある日本のガウディとも称される梵寿綱氏の設計した2つのマンション、「ラポルタ和泉」と「マインド和亜」。

ラポルタ和泉は1990年代に新築されたんだそうで、甲州街道側にはペガサス、エントランス側には何やら不思議な彫刻が・・・。
c0155474_13272434.jpg
c0155474_13271565.jpg
c0155474_13273425.jpg
玄関を入ると、おお!たしかにガウディっぽい。ステンドグラスもすごい・・・

c0155474_13274323.jpg
c0155474_13275235.jpg
1992年に建てられたマインド和亜、目抜き通りに面していない側はわりとフツー。
外壁がちょっと凝ってるかな、ぐらいなのだが、入口側に回ると、デイリーヤマザキが入っているのが、めちゃシュール。
c0155474_13290664.jpg
c0155474_13291573.jpg
c0155474_13292802.jpg
c0155474_13293698.jpg
c0155474_13294606.jpg
こ、これは・・・・。やりすぎでは・・・。

c0155474_13295670.jpg
ここでもマンションの玄関口を拝見すると、高級そうというか・・・。
c0155474_13300583.jpg
c0155474_13301410.jpg
私はもっとジミーなところに住みたいかな。
c0155474_13302328.jpg



by sustena | 2019-04-04 13:35 | まち散歩 | Comments(2)
2018年 05月 10日

「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」

もう終わっちゃったけど、東京ステーションギャラリーでやっていた「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」という展覧会がおもしろかった。

竹、木、紙、土、石、窯、金属、樹脂、ガラス、膜・繊維などの各素材をテーマに、隈研吾が30年にわたり取り組んできた国内外のプロジェクトについて、隈の考え方を示しながら、模型やモックアップ、映像、素材サンプルを通して、いかにヒトや自然になじむ建築とできるかが語られる。
c0155474_10064220.jpg
c0155474_10065129.jpg
c0155474_10071174.jpg
これまで彼の著作でも述べられてきたことを、実際のブツとして体感することができる点が魅力で、竹や木といったお手のものだけでなく、金属や樹脂がこんなにもやわらかな表情を示すのか!とあらためて驚く。(たとえば、エキスパンドメタルに和紙をまぶしたり!)

この鎌倉・建長寺に建つ虫を供養する虫塚のモニュメントは、ステンレス・メッシュ製のケースをスパイラル状に積み重ね、メッシュの上に左官職人がガラス繊維と現地の土と接着剤を混ぜ合わせてふきつけたんだって。
c0155474_10070110.jpg
c0155474_10063293.jpg
ただ、隈の建築って、繊細で細かいので、どれもメンテナンスはちょっとたいへんそう。薄汚れるとわびしい感じになっちゃうからなぁ・・。でも、それも「負ける建築」でかまわないのかなー。

東京ステーションギャラリーの3回の展示会場から2階の会場に降りるとき、昔のレンガの壁が保存されてて、この空間は好きだなぁ。
c0155474_10072357.jpg
c0155474_10073653.jpg
c0155474_10074370.jpg
c0155474_10075559.jpg
c0155474_10080712.jpg
c0155474_10081930.jpg


by sustena | 2018-05-10 10:10 | Art/Museum | Comments(7)
2017年 01月 15日

すみだ北斎美術館「北斎の帰還-幻の絵巻と名品コレクション-」

昨年11月にオープンした、すみだ北斎美術館の開館記念展「北斎の帰還-幻の絵巻と名品コレクション-」が15日でオシマイというので、妹島和世の建築見たさもあって出かけたのだが、めちゃくちゃ混んでいて、ゲンナリしてしまった。

外観はそれなりにカッコイイのだけれど、いかんせん、狭くって、展示会場に行くのに小さなエレベーター2台しかないし、会場の照明は暗い。タッチパネルモニタがあちこちにあるのはいいんだけど、そのせいで導線も悪くなってるしー。外国の入場者も多いだろうに、外国語対応もオソマツ。もっとも、混んでいるのは最初だけかもしれないので、悪しざまにいうほどじゃあないのかもしれないけれど。

というわけで、ほとんど、サーッと通りすぎたといいましょうか、押し合いへし合いしている人の間から、ちょこっと顔を出して、どんな作品が出ているかをチェックしただけで終わってしまった感じなのだが、それでも70歳を過ぎてからの、多彩さ自在さ。また、白黒写真をもとに推定復元した、「須佐之男命厄神退治之図」の復元のプロセス、100年余り行方知れずとなっていて、今回の開館にあわせて里帰りした「隅田川両岸景色図巻」ののびやかさはよかったなぁ。
c0155474_22464349.jpg
c0155474_22465287.jpg
c0155474_2247019.jpg

c0155474_22533223.jpg
c0155474_22473440.jpg

これが「須佐之男命厄神退治之図」
c0155474_22474870.jpg

北斎アトリエの再現模型、ちょっとだけ動くんだよ。
c0155474_22484873.jpg

両国駅東口から徒歩7分ぐらい。ガード下の絵は、なんとなく昭和。
c0155474_22501047.jpg
c0155474_22502220.jpg
c0155474_22503156.jpg
c0155474_22504551.jpg


by sustena | 2017-01-15 22:51 | Art/Museum | Comments(2)
2016年 03月 08日

『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』

c0155474_23173427.jpg
エクスナレッジから2015年12月に刊行された『Frank Gehry フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』は、アイデアの塊で、独創的な建築をつくるゲーリーが、いかにして卓越した建築家であり続けているのか、その秘密に、丹念なインタビューと数多くの写真やスケッチで迫った本。

原著の発行は2009年で、インタビュアーは『ロサンゼルス・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』の元記者で、美術ライターのバーバラ・アイゼンバーグ。日本語訳は岡本由香子さん。とても読みやすい訳文だ。

ゲーリーは1929年2月29日、フランク・オーウェン・ゴールドバークとして゛カナダのトロントに生まれた。父はボクサー・トラック運転手、セールスマンとして家族を養ったが、絵を描くのは犂だった。ポーランド生まれの母は、成人してから高校に入り直した。バイオリンをたしなみ、息子に芸術と音楽の世界を教えたという。その後一家は1947年にロサンゼルスに移住し、授業料がタダのロサンゼルス・シティ・カレッジの夜学部に入学。そこで美術と建築を受講し、南カリフォルニア大学の時間外の陶芸のプログラムで学んだりしていた。そして建築の才能を見いだされ、夜間の建築デザインのクラスに進むことになる。その後、1954年秋から1956年にかけて、アメリカ陸軍に入隊し、建築の専門家としてさまざまな経験を重ねていく。

改姓したのは1954年。本人の希望というより、娘が、ユダヤ人という出自によって差別されたりからかわれたりしないため、ドイツ系スイス人によくある名前で、Gがつく名前ということで選んだのだという。

最初に就職したのは、有名建築家、ヴィクター・グルーエンの事務所。ゲーリーはそこで、ショッピング・センターや個人の社宅、店舗の設計などをこなす。そのころはずっと伝統的な設計を手がけていたらしい。

建築の勉強をしていたころに惹かれたのはコルビュジエ。彼の絵を見て身震いがしたという。
「二次元の世界で自分の言語を確立していることに心惹かれた」という。「コルビュジエの絵を見て、それから彼の建築を見て、彼が独自の言語を創造していることに気づいた。彼は発想を絵にしている。彼にとって絵を描くことは、アイデアをつかむための方法なんだ」
そして、自分はどうやって表現すればいいかを考えて、その答えがスケッチと悟る。その後彼はいろいろなアーティストと友だちになり、彼らの発想をぐいぐい自分のものにしていくことになる。


有名になるにつれ、世間が抱くゲーリー像に、あるときはいらだつ。
「ぼくのつくるものは妄想の産物で、機能性だの周囲の環境だのといったことはまったく無視しているという印象を持つ人が多いからだ。ぼくの身勝手がなぜかまかり通って、いかにも機能していいるように見せかけていると、そういうふうに思われる。50も60も模型をつくって、予算内に収まるように、工期に間に合うように四苦八苦して、技術的問題をはじめとしたもろもろの障害を乗り越えて、ようやく完成したことは評価してもらえない。
アーティストと見なされるということは、ビジネスの能力がないと思われることに等しい。・・・・ (略)
見たこともないような並外れた作品を発表すると、予算やスケジュールやクライアントや周辺環境に無頓着なやつだと決めつける。エゴの塊だと。そういう建築家もいるかもしれないが、ぼくは違う」

バーバラが、インタビューした人たちの何人かが、ゲーリーノ最大の長所は人の話をとん聞くところだと言っていた。オンタリオ美術館の館長などは、ゲーリーが初期の段階からどんな美術館にしたいのかをしつこいほど質問してきたと書いていると伝えると

「その部分は文字を大きくしておいてくれ。ゲーリーは聞く耳を持っている。エゴの塊ではないってね」

ゲーリーは、過去の建築や絵、自然から着想を得ることが多いという。

年に一度はコルビュジエのロンシャンの礼拝堂を訪れるようにしているんだそうだ。「あれを見ると涙が出るんだ。あまりにも美しい。ほとんど完璧といっていい。魂が震える場所だよ」と語る。「コルビュジエの作品はよく勉強したから、あの形状がどこから来て、あの域に到達するまでにどれほどの苦労があったかもわかる。コルビュジエはあの建築に7年の歳月をかけたんだ。ぼくは彼が考えたすべての設計案を研究したよ」

「偉大なものを前にすると膝の力が行けるんだ。キリストにいばらの冠をかぶせる(ヒエロニムス・ボスの)絵を 見たときもそうなった。イスラエルでやっているプロジェクトの発想の源になった絵だ」「とっくに始まっていたから、べつにボスの絵を真似したわけじゃない。でも、偉大な作品を見ると勇気が湧く。・・・・このまま進んでいいんだと思える」


3カ月前にゲーリーの建築の進め方の展覧会を見ただけに、さらになるほど!と思うことが多かったな。

A5変型 308ページ 4色。

■目次
はじめに
“夢の家”をデザインする
第1部 学び
    始まり、ゲーリー上等兵、次のステップへ、芸術作品とトイレ
第2部 自分の言語を確立する
    ゲーリー 海を渡る、ミシシッピ川の美術の神殿
    待ちに待ったヒーローの帰還
    ディズニー・ホールのコンペを振り返って
    ビルバオ・イフェクト
第3部 さらなる高みへ
    事務所のゲーリー
    天才たちと交わる
    スクリーンで、そしてティファニーで
    大陸の端と端で アトランティック・ヤードとグランド・アベニュー再開発
    ガラスの家の人々
    ゲーリー、犬小屋を建てる
    故郷へ
    引退までのカウントダウン
c0155474_030222.jpg
c0155474_0301677.jpg
c0155474_0302595.jpg


by sustena | 2016-03-08 00:30 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2015年 12月 27日

家庭料理

仙台出張の前日は天皇誕生日だったので、仙台に住む息子にドライブに連れていってもらい、ついでにクリスマスのおいしいディナーでもおごってもらおう!と考えていたら、昼メシはおごるから、夜は何か作ってほしいという。外食つづきだから家庭料理が食べたいらしい。

仕方がないので、ちょうど作りおきしておいたばかりのダシ汁をペットボトルに入れ、それとスダチ2個、お歳暮にいただいたカモのスモークのハムを持って行く。冷蔵庫の中を見ると、納豆とちりめん、ぽん酢。その他の調味料関係は、塩コショーと濃口醤油、みりん、沖縄の黒糖、サラダ油とゴマ油があるだけ。

11時頃に仙台に着き、菅野美術館と塩竈神社、宮城県図書館を見たあと、一緒にスーパーに行き、ベビーリーフとサラダ菜、レタス、トマト、スナップえんどう、ほうれん草、カボチャ、しいたけに舞茸、三角揚げ、豚ロース塊とニンニク、柿なふぉをゲットして、豚ステーキと鴨サラダ、きのこと油揚の煮物、カボチャ煮、ほうれん草のお浸しなどをつくる。
もらった柚子が7個あるのでジャムも作ってくれというので、夕食後に柚子マーマレードづくり。生まれて初めてつくったけぢ、めちゃ美味しくできたなー。

食器など一人分しか持たせなかったので往生したけど、そこそこ立派なディナーになったのでありました。スダチをかけるだけでもドレッシング代わりになるんだねーと、山盛りの野菜を、あっという間に平らげたのでありました。

塩竃にある菅野美術館は阿部仁史の設計。彫刻を9点常設展示するだけの小さい美術館だが、とてもおもしろい建築で、塩釜港を見下ろす高台にあった。内部の撮影がNGだったので、外観のみ。
c0155474_17422838.jpg

c0155474_16555683.jpg

猫ちゃんの位置からだとカッコよく撮れそうなのに。
c0155474_16562448.jpg

すし哲で特上にぎりをおごってもらった。
c0155474_16563831.jpg

塩竈神社
c0155474_1657056.jpg

高校生が階段を駆け上がってはきちんと挨拶してくれた。
c0155474_16571212.jpg

宮城県図書館は原広司。京都駅と東大の生産技術研究所を足して2で割ったような建物。
c0155474_16572475.jpg

c0155474_16573569.jpg

c0155474_16574743.jpg

c0155474_1658246.jpg

c0155474_16581477.jpg

ヘビも熊も出る。。。。。
c0155474_16582892.jpg

c0155474_16584342.jpg
r

by sustena | 2015-12-27 08:22 | | Comments(6)
2015年 06月 01日

大分県立美術館──#大分2

最初は予定していなかったんだけど、4月24日に開館したばかりのOPAM 大分県立美術館が、坂茂さんの設計だというのでいそいそと見に行く。

大分県が、おそらく金沢21世紀美術館に負けないようなものにしたいと期待をめいっぱいこめたんじゃないか、と思うほど、市のあちこちにOPAMのサインがあったなぁ。(駅の近くらしいという情報だけで、レンタカーのナビが駅前は対応していないといわれていたんだけど、迷わずにたどり着けた)
ここが入口。
c0155474_2118292.jpg

向かいのビルからパチリ。
c0155474_2119618.jpg

中はこんな感じ。
c0155474_21192896.jpg

入口近くのミュージアムショップは上から見るとSの字型。そうそ、お土産で小鹿田焼の陶器の切れ端の箸置きを購入。
c0155474_21194397.jpg

3階の天井。大分の伝統工芸の竹工芸をイメージさせる構造なんだって。坂さんらしいと思ったのは、カフェのテーブルや椅子。例の紙管だったよ。
c0155474_21195697.jpg

オープニングの記念展は、モダン百花繚乱「大分世界美術館」展。
c0155474_21453069.jpg

大分の美術も世界の美術もつながっているということを大いにアピールしたいんだなぁという気持ちはイッパイ伝わってきた。副題のキャッチは「大分が世界に出会う、世界が大分に驚く『傑作名品200選』。
構成は─
《第1章》モダンの祝賀 《第2章》死を超える生・咲き誇る生命 《第3章》日常の美 人と共に生きる「もの」と「かたち」 《第4章》画人たちの小宇宙 《第5章》視ることの幸福
第1章で、大分出身の宇治山哲平や、モンドリアン、マティス、ミロ、ウォーホル、カンディンスキーなど、色の祝祭といった気分のアートが並んだあと、第2章で、シーレのスケッチや高山辰雄の《いだく》、石内都の原爆の遺品を撮影した《ひろしま》、藤田嗣治の裸婦などが並ぶ。そして第3章は、タブローばかりがアートじゃないぞと、ウィリアム・モリスのファブリックやバーナード・リーチや濱田庄司、河井寛次郎、富本憲吉の陶器、三宅一生のツイスト加工する前後の布地の展示や中川幸夫のガラスの容器からバラの真っ赤な血が流れてくるような《花坊主》の写真などが展示されるのだ。
そして第4章、第5章と展開するんだけど、この2つのパートがやや雑然とした印象で惜しいなー。

道をはさんで向かいのビルへの渡り廊下の影が印象的だった。
c0155474_21431675.jpg


by sustena | 2015-06-01 21:43 | | Comments(2)
2015年 02月 13日

『世界の不思議な家、楽しい家』

c0155474_23315648.jpgこんなヘンテコな家、アリ!?と思わず叫んじゃう家が並んでる。エクスナレッジから出た『世界の不思議な家、楽しい家』(2014年10月刊)である。

断崖絶壁に建てられた家、デコレーションケーキみたいな家、まるでUFO、ド派手な靴の家、なにからなにまで逆さまな家、イモムシやチョウみたいな家、ぐにゃりと曲がった家(表紙)建てられた、トイレそっくりの家・・・・・。いやはや、実に楽しい。住み心地はちょっと・・・と思うものもあるけれど、建築家やオーナーが趣味に走ると、タイヘンなことになるのではあった。

もちろん、地形や風土の要請から、というのもちょっとは含まれているけれど、大半は人間の想像力と遊びゴコロが満開のおうち。
世界のあちこちの115の家が紹介されている。うち私が見たことがあるのは、プラハのダンシング・ビルだけ。この本では「ヴァルダヴァ川べりで身をくねらせるアベック」と紹介されてました。118ページ。

ダンシング・ビル(正式にはナショナル ネーデルランデン ビル) の設計は、フランク・ゲーリーと、クロアチア系チェコ人建築家のミルニッチ。
以前アップした横からのほうが身をくねらせている。
c0155474_014286.jpg

c0155474_073025.jpg


by sustena | 2015-02-13 23:35 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2015年 01月 13日

京博の平成知新館——冬枯れ時の京都出張#5

翌日の取材は午後1時半スタートだったので、午前中に京博へ。9時半開館のところ9時に着いてしまったので、向かいの三十三間堂に行く。ちょうど冬の日が差し込んで明るく、堂内の千体の千手観音立像の表情がよく見えた。
c0155474_23434019.jpg

さて、京博の平成知新館は二千十四年9月にオープンしたばかり。設計はNYのMoMAや豊田市美術館の設計で知られる谷口吉生。深い庇と水平を強調したデザインが美しい。あ、三十三間堂みたい~って思ったことだった。
c0155474_23435972.jpg

c0155474_23443076.jpg

c0155474_23444712.jpg

知新館では常設展の名品ギャラリーとなっていて、そのときによって展示品が変更になる。
c0155474_23451420.jpg

3階は陶磁の京焼(3月8日まで)と古墳時代の銅鏡(4月19日まで)。2階は室町絵巻で融通念仏演技と是害坊絵巻、日高川草紙、それと垂迹画、中世絵画は「描かれた動物たち」がテーマ。近世絵画のコーナーは、桃山から江戸時代の近世の障壁画。そして中国の花鳥画(いずれも2月8日まで)。
1階は密教彫刻と墨蹟、染織の吉祥文様、永藤一の刀のコレクション、南蛮漆器と紅毛漆器、そして特別展示室では「山陰の古刹・島根鰐淵寺の名宝」。素朴な味があって女神や男神びの坐像などキュートなの~。重要文化財の飛鳥時代と奈良時代の銅造観音菩薩立像は、頭のいいお嬢ちゃんとかわいいぼっちゃんみたいだった。
レストランで京野菜のカレーを食べて、いざ取材に出発。
c0155474_23455444.jpg


by sustena | 2015-01-13 23:46 | | Comments(2)
2014年 10月 25日

群馬県立近代美術館「1974年─戦後日本美術の転換点」

先日、群馬県立近代美術館が開催中の「1974年─戦後日本美術の転換点」を見てきた。

これは1974年に会館した同館の40周年を記念した企画のうちの第2部で、第1部は「1974年に生まれて」として、1974年生まれの現代作家6人の歩みをフィーチャーしたもので、今回見た第2部は、1974年に国内で制作・発表された写真や版画、アート作品を横断的に集めて、「この時代の美術の特質を捉え、戦後日本美術の転換点として「1974」年を浮かび上がらせ」ようという企画。

まず、この美術館を磯崎新がどのようなコンセプトで設計したのか、スケッチや図面とともに紹介する。方形の幾何学のリズムで構成したことを、いかにも磯崎らしい難解なコトバで表現。でものちのいかにもポストモダン然とした建築よりは好感がもてる部分もあった。(あっ、でも磯崎のドローイングはめちゃきれいだった!) そして、中平卓馬が撮った、やはり中平らしい写真が並ぶ。

1974年を、日本美術の転換点とこんなふうに宣言して、美術史的にホントに正しいのかどうかはよくワカラナイんだけど、集められた作品は、たとえば上田薫の《スプーンに水あめ》に代表されるようなスーパーリアリズムの絵画だったり、Focus の表紙を飾った三尾公三のエアーブラシで写真をとけこませたような作品。また、高松次郎の《写真の写真》、郭徳俊のアメリカ大統領と自身を重ねたセルフポートレートの《フォードと郭》など、写真や複製について問い直す作品が目を引く。山中信夫《ピンホール・ルームNo.8》など、写真が現代美術の一ジャンルとして、いろんな表現を模索した時代でもあった。

このほか、木村秀樹の鉛筆を持った手を並べ方を変えて見せたシルクスクリーン、野田哲也の吸ったタバコを並べた「日記」と題されたリトグラフは、その後手法もモチーフもいろいろ変わっていくけど, ライフワークとして綴られていく、初期の作品なのだった。今は大家の作家の、20 ~30代の若いころの思いや気負いのつまった作品が、新鮮。

解説に曰く
概念芸術や「もの派」を経たこの時代、表現行為を根源から問い直し、あるいは表現を受容する私たちの知覚システムまでも題材にする作家が多く登場し、次代に向けて表現や思想を育んでいきました。

なるほどーなのでした。

構成は
序章 群馬県立近代美術館の開館まで

群馬県明治百年記念事業と「群馬の森」
群馬県立近代美術館─磯崎新の建築
中平卓馬がとらえた群馬県立近代美術館11点

第1章
1974年の彫刻・絵画・版画

彫刻─公募展・野外彫刻展・彫刻シンポジウムの活況
絵画─変容するリアリティ
版画の黄金時代(1)─版表現の広がり、深まり
版画の黄金時代(2)─写真を取り込んだ版画

第2章 1974年─転換期における諸傾向
「もの派」を超えて
「見ること」をめぐって─写真と美術
システムと身体/反復・転写のプロセス
ふたたび「絵画」「彫刻」へ

11月3日(月・祝) まで。
c0155474_22511439.jpg

c0155474_22513050.jpg

c0155474_22514344.jpg


by sustena | 2014-10-25 00:11 | Art/Museum | Comments(0)