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2021年 03月 13日

門田充宏『記憶翻訳者-いつか光になる』

門田充宏『記憶翻訳者-いつか光になる』 _c0155474_16185703.jpg依頼人の記憶を取り出して第三者に理解できるように再構築するインタープリタ=記憶翻訳者が登場するSFと聞いて興味が湧いて、門田充宏さんの『記憶翻訳者-いつか光になる』(創元SF文庫・2020年10月刊)を読んだ。

主人公は「珊瑚」という女性。他人の感情に共感しすぎてしまう特異な「過剰共感能力」を持っているがために、他人と自分の五感の区別もつけられなかったのだが、うなじのスロットに差し込んだ「動的外部刺激調整モデュール(トランキライザ)」や「共感ジャマ―」なるデバイスによって、社会生活を送れるようになり、その得意の能力を活かして、現在は記憶翻訳のエキスパートとして活躍している。

この記憶翻訳の技術を実用化したのが〈九龍〉という企業で、この連作短編集の冒頭の「風牙」(第5回創元SF短編賞受賞作)では、珊瑚は、九龍社長である不二の記憶をレコーディングする任務についている。
しかし、任務は容易ではなかった。不二の記憶に潜行する過程で、巨大な犬に攻撃され、構築中の翻訳辞書が破損し、珊瑚自身の自己イメージまでも破壊されてしまうなど、大きなダメージを受けてしまったのである。

その巨大な犬は、人を信頼することを不二に教えてくれた存在で、その犬・風牙と死別することを自身の識閾下で疑験空間から不二が拒否しているから襲ってきたのだ。読者は統合サポートシステムの「孫くん」や「疑験空間」「共感ジャマ―」といったSF的な道具立てをあれこれ想像しながら、少しずつ明らかになる不二の過去の記憶を珊瑚とともに追体験し、不二と珊瑚の心のつながりを知るのである。

次の「閉鎖回廊」は、クリエイターが一から作り上げた仮想の都市の中を、ユーザーは年齢や性別、多様なナショナリティなど、自分は違う誰かとなって世界を体験しなおすサービスの一つで、メチャ怖いということで、ベータテスト中にもかかわらず、人気が沸騰している。しかし、その開発者である由鶴が突然、その閉鎖回廊のサービスをストップせよと、珊瑚に知らせてきたのだ。
珊瑚と由鶴はともに、高グレードの過剰共感能力者でどちらもインタープリタとしての訓練を受けていたが、由鶴は途中で脱落、九龍のコンテンツを拡充するクリエイターとなる道を選んだのだ。

「閉鎖回廊」を止めてほしいというのはどういうことか、隠れたバグがあるのか、それとも他の狙いが…? 珊瑚は「閉鎖回廊」の恐怖と戦いながら、その秘密を探っていく。

「いつか光になる」と「嵐の夜に」は、過去につらい経験をし、今は映画評論家として活躍しているハルの発想でスタートした、映画のプロモーション用の記憶翻訳をめぐる話。映画を観て、自裁にどのような体験が得られるのかをネタバレにならない範囲で、映画を観た経験の記憶をシェアするビジネス。
ハルの記憶翻訳をする相棒となったのが珊瑚で、なぜハルが映画の記憶共有を始めることを切望していたのかが、明らかになるのが「いつか光になる」、「嵐の夜に」はその後日譚といったところ。

ミラーニューロンとか刺激に反応する部位の脳部位のマッピング技術とか、記憶翻訳の理論武装的なところはさらっとしているので、SFが苦手な人でもなんなく読める。

写真は昨日、1メートルほど離れた藪にいたウグイス。
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by sustena | 2021-03-13 16:22 | Comments(4)
Commented by iwamoto at 2021-03-13 19:16 x
sustenaさん、文章がどんどん上手くなってるよね。
スラスラ読めますもん。 殆どリライトが要らない。
免許皆伝って感じ。

ウグイスなんですか。 カノープスを撮るより難しいと言いますが。
Commented by esiko1837 at 2021-03-13 20:08
お兄さんも仰っていますが、サステナさんの文章はやはりプロですね。
素晴らしいです。
鶯の写真もね。
よくこんなしっかり撮れたもんだと、感心して眺めています。
Commented by sustena at 2021-03-14 21:40
iwamotoさん、今年はいっぱいウグイスを観ました。去年までは、鳴き声が聞こえてもなかなか見つけられなかったのに、視力がよくなるとこうも違うかと。
文章をほめていただき恐縮です。しかーし、語彙が減って、へたくそになっているはずなんだけど。
Commented by sustena at 2021-03-14 21:42
esikoさん、ウグイスは地味だけど、なかなかかわいいです。地啼きのときは、比較的見つけやすいんですが、もう少しして、木の高いところでさえずるようになったら、ちょっと撮れそうにありません。


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