2016年 01月 07日
富山が舞台となっているということで、宮本輝の『田園発 港行き自転車』上下巻(集英社 2015年4月刊)を読む。根っからのストーリーテラーによる小説の王道という感じだったけど、最初二十数ページはちょっとかったるいな・・・というのが正直なところだった。 でも、岩瀬や北前船廻船問屋の森家などの見知った名前が出てくることと、登場人物の話す富山弁に、そうそう、こんなふうに話すんだよねぇ・・・と思って読み進めるうちに、作者がはりめぐらせた、らせんのワナにはまり、止まらなくなってしまった。 しかしなんだって富山が舞台でこんなに富山弁てんこもりなわけ・・?と思ったら、この小説は、2012年1月1日~2014年11月2日まで北日本新聞に連載された新聞小説なのだった。原稿用紙にして1200枚。 宮本輝は9月初旬、富山の入善町黒部川の堤に立ち、右に雲一つない立山連峰、後に黒部川の急流、左は富山湾、目の前には広大な田園地帯が広がっている風景を目にして「これで書ける」と思ったという。そして、黒部川にかかる赤いアーチの「愛本橋」で富山にしては珍しく晴れ渡った夜空を見て、ゴッホの『星月夜』を連想し、この小説の主要なモチーフに加えたのだそうだ。 それにしても、宮本輝は神戸生まれのはず。よくこんなに富山のことを・・と思ったら、小学4年生から1年間、富山に住んだことがあって、夏休みによく自転車でをちこち漕ぎまわったのだとか(もちろん相当入念に取材をしたのだろうが)。 物語は、東京の暮らしに疲れ、田園が広がる故郷の富山へと帰る脇田千晴の送別会での別れの挨拶から始まる。次の章では、絵本作家として活躍する賀川真帆の視点から話がつむぎ出される。カガワサイクルの社長だった真帆の父は、15年前に出張で宮崎に出かけたはずなのに、滑川駅で亡くなってしまったのだ。なぜ父が富山で死んだのか、そんなわだかまりを持ち続けていた真帆は、編集者とともに富山に出かけることになる。そのとき富山の岩瀬から滑川へのツーリング用自転車を用立ててくれた男性は、あとの章で、真帆の父と知り合いだったことが分かる。一方、千晴の親戚の夏目佑樹は、父はいないが、彼と話すだれもにあたたかい気持ちをもたらす不思議な魅力を持った男の子だった。佑樹は真帆の絵本の大ファンで、5歳のときに、 まほ先生宛にファンレターを書いたこともあった・・・・・。 こんなふうに、富山と京都、東京を舞台にして、主要人物が交錯しあい、不思議な縁でつながっていることが少しずつわかっていく。 あとがきで宮本輝はこんなふうに記す。 自然界で螺旋がベースになっていることに興味を持っていて、人間のつながりにおいても螺旋状のしくみがあり、「ありえないような出会いや驚愕するような偶然をもたらすことに途轍もない神秘性を感じる」と。 この小説に悪人は出てこない。気持ちのいい、まっすぐな人ばかり(一人だけ、佑樹の出自について心ないことを口にする者はいるけれど)。 こんど小説の舞台となったところを歩いてみたいと思ったことだった。 昨年6月、富山取材に出かけた北陸新幹線の窓から。
by sustena
| 2016-01-07 23:04
| 読んだ本のこと
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Comments(2)
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by
iwamoto
at 2016-01-09 17:18
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馴染みの場所で物語が展開したら、さぞや、引き込まれることでしょう。
貴重で幸運な経験をしましたね。
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by
sustena at 2016-01-10 00:05
この本でその通りだなぁと思ったのは富山の天気が晴れる時が少なくて、予想しにくいってこと。入善や滑川がそんなに良いところだっけ?????と思ったのですが、小学校時代は新潟で、中高校と富山で過ごした時代は、単に家と学校の往復だったから、今ひとつピンとこないんですよー。でも、運河近くのスタバが世界一の風景というウワサなのでーこんど帰省したら行ってみるつもり。そんな私にとっても、晴れ渡った立山連峰の景色は最高です。
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