2015年 08月 02日
ノアの方船が流れ着いたというアララト山は、アルメニア民族にとっては日本人にとっての富士山のような存在という。 アララト山は標高5137m、トルコの東端、イランとの国境ほど近くにそびえる火山で、夏でも頂上に白い雪をいただく大アララト山と、東南に位置する標高3896mの小アララト山からなる。古くからアルメニア人が住んでおり、聖なる山として崇めていた。それが1921年にソ連が国境を定める際に、アララト山の手前に流れる川を国境と定めたために、トルコ領となってしまった。 しかし、アルメニア人の心からアララト山を奪うことはできないのだ、とガイドさんは力説する。 こんな話がある。かつてソ連で国際会議があったとき、トルコの代表がスピーチをし、アララト山はトルコのものなのに、アルメニアの国章にアララト山を刻み、今も象徴としているのはなぜなのかと。それに対してアルメニアの代表は、月はトルコのものではないのに、なぜ国旗に使っているのかと答えたという。 そのアララト山は、アルメニアの首都エレバンからも見える。 市内にある「カスケード」と呼ばれる市街地を一望できる高台から、遠くにアララト山が望めるという。しかしこの日はモヤのせいで、いかに目を凝らしてもアララト山は見えない。 その後、エレバン近郊のホルヴィラップ修道院へと向かう途中で、ようやくアララト山が見えた。 右手に小さく見えるのが修道院。 さて、ホルヴィラップ修道院は、キリスト教を国教に定めた4世紀にまで遡るという由緒ある修道院。ホルヴィラップとは、「深い穴」という意味で、キリスト教の布教に力を入れていたた聖グレゴリウスが、13年もの間、ここの地下牢に幽閉されていたという。しかし当時、キリスト教を弾圧していたティリダテス3世が思い病にかかり、聖グレゴリウスを解放すれば治るというお告げがあり、従ったところ病が全快。そこで、301年に国教と定められ、聖グレゴリウスは総主教となり、ここに教会が建てられたというのである。いくらなんでも、13年も飲まず食わずで生きているはずがないが、近くの信者がこっそり抜け道から食べ物を差し入れしていたのだとか。 ここからもよくアララト山が見える。観光客が自撮り。 [ ところでこの修道院への登り口で鳩を売っていた。願いをこめて鳩を飛ばすと成就するという。放った鳩は、またもとに戻ってくるので、まぁいい商売ではあります。 修道院を見下ろす高台に登るとそこでも鳩を売っていた。ということで私も鳩を飛ばしましたー
by sustena
| 2015-08-02 01:08
| 旅
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