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2014年 08月 10日

佐々木健一 『辞書になった男-ケンボー先生と山田先生』

c0155474_178317.jpg国語の辞書は、会社のデスクに三省堂の新明解第三版と角川書店の高校生向けのを、家に広辞苑と岩波の別の小さな国語辞典と小学館の日本国語大辞典を置いて、あれ?と思うことがあると引いているし、漢和辞典や類語辞典、架空人名事典なども持ってる。こんなふうにわりと辞書好きのワタシなので((それなのに、このブログが誤字だらけなのは、私がひたすら粗雑だからデス)、『言葉の海へ』や『舟を編む』などの辞書に関する小説も大好き。だから、図書館に予約していた『辞書になった男-ケンボー先生と山田先生』(2014年2月刊 文藝春秋)の順番が回ってくるのを、ずーっと待ってたのだ。

ようやく届き、勇んで読んだ。おもしろーい!

著者の佐々木健一さんはNHKエデュケーショナルのディレクターで、日本語バラエティ『みんなでニホンGO!』などを送り出した人。この本は、2013年4月に放送されたドキュメンタリー『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~』の企画・取材過程で得た情報や放映後の新たな証言などをもとに、再構成したものだ。

番組では「辞書に人生を捧げた」というわりとフツーの表現なのに、この本では「辞書になった」とある。「書は人なり」とは言うけど、辞書になるっていったい・・・・。

ケンボー先生とは『三省堂国語辞典』の編集主幹であった見坊豪紀、山田先生とは-同じ三省堂の『新明解国語辞典』の編集主幹だった山田忠雄。ふたつあわせると、累計三千万部にもなるという国民的な辞書の編者である。

『三省堂国語辞典』ほうは、わかりやすく簡潔に「ことばの写生」を行う。その基礎となるのは「現代で使われている言葉こそ辞典に載せるべき」としてケンボー先生が採取したことばの使われ方の用例を記載した「用例カード」。その数なんと、生涯で145万!

かたや、山田先生の『新明解国語辞典』については、赤瀬川原平の『新解さんの謎』や、そのユニークな語釈でつとに有名だ。

たとえば、世の中の語釈。『新明解国語辞典』第三版ではこんなふうに記されている。

よのなか【世の中】
愛し合う人と憎み合う人。
成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し
常に矛盾に満ちながら
一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。

いったい、こんな演歌みたいな語釈があろうか。でも、フツーの辞書のような「世間の人々の間、また社会の人間関係」なんて語釈よりも、実にしっくりくる。山田忠雄節といってもいいかもしれない。

実はこの二人はもともと、東大の同級生で、ともに『明解国語辞典』を編集する仲間だった。しかしその後、二人は袂を分かつことになる。その背景に何があったのかを、証言や、辞書の語釈をもとに探っていく。

『新明解さんは、初版から第三版までの『新明解』には掲載されていないが、第四版になって初めて登場した「時点」の語釈の用例に着目する。

じてん【時点】
「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」(『新明解国語辞典』第四版)

辞書の語釈に、なにゆえにこんなに具体的な日付が?いったい,1月9日に何があったのか・・・?

こんな語釈もある。山田が初めて自分が編集主幹となった「新明解」初版。

じつに【実に】
「助手の職にあること────十七年」(=驚くべきことには十七年の長きにわたった。がまんさせる方もさせる方だが、がまんする方もする方だ、という感慨が含まれている)

一方で、用例採集をもとに実例主義を掲げ、客観的な記述を貫いたケンボー先生の『三省堂国語辞典』の第二版にも・・・


「山田といえば、このごろあわないな」

1月9日以来没交渉となった二人の関係をあらわすように、こうした用例が載っていたのだ!

この本では、このように、あるときは用例をたどりながら、あるときは、関わった人々の証言を拾いながら、二人の道をたどっていく。

ケンボー先生は「ことばは、音もなく変わる」と言った。
山田先生は「ことばは、不自由な伝達手段である」と言った。

「客観」と「主観」、「短文」と「長文」、「かがみ」と「文明批評」。理想の辞書をめざして、二人は対立しながらも、お互いを認め、辞書人生を駆け抜けた。

読み終わって同じ用語を比べながら、二つの辞書をじっくり眺めたくなった。。

はじめに 「光」と「影」
序幕 『三国』と『新明解』
第1幕 「天才」と「助手」
第2幕 「水」と「油」
第3幕 「かがみ」と「文明批評」
終幕 「人」と「人」
おわりに こ・と・ば

写真は『新明解』第三版のマンションの語釈。これってあまりにひがみっぽくないかー。この語釈は不評だったというが、山田先生は、ホントのことだといって、語釈を変更しなかった。
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これも『新明解』第三版の、本文部分の最終ページ。「んとす」で締めくくれなかったのは残念だけど、用例に編者の気概が。
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by sustena | 2014-08-10 23:06 | 読んだ本のこと | Comments(4)
Commented by Lucian at 2014-08-11 21:51 x
左脳に局在する言語中枢だけで言葉を学んでもつまらない。
右脳的なダイナミズムを取り入れてこそ心に沁み込む。
笑点のお題の答えのようなのを真面目にやると言葉が活きてくるようですね。
高層マンションは景観以外のメリットはあまりなくて気の毒なので、スラムっぽい感じがするのは本当じゃないかと(笑)
Commented by sustena at 2014-08-11 22:01
Lucianさん、ケンボー先生も山田先生もどちらも頑固でいちず。とくにケンボー先生は、ワードハンティングにあたっては、もうわき目もふらず、理系的な科学者みたいな態度で収集にいそしんだとか。 辞書づくりには、狂気じみた執念が必要なのだなぁと思ったことでした。
Commented by Cakeater at 2014-08-12 18:49 x
おひさしう。阿佐ヶ谷から天沼に、駅で言えば荻窪に引っ越しました。やっと今日、部屋の中央の保存食品の荷を解体して棚入れたら、かえって部屋がちらばってます。
この年で引越しすると、思い出ゴミ(本と書類ですが)は全て廃棄です。他人の目でみれば、広辞苑初版もゴミ、ブリタニカ百科事典もゴミ。(電子辞書買えばすむことです)でも、岩波の国語辞典は得俵で残りました。まだ携帯を辞書がわりにはできない(笑い)仏語の旧版スタンダードもゴミに出しました。この和仏の最後が「を」で、文例は「和仏辞典は『スタンダード』を!」なんですねえ。新明解はLAで日本語やるといった小学生にコンサイスの和英で一緒にプレゼントしたんですね。使ってくれてるかなあ?
この一月、未読蔵書をせっせと片付けてました。読んだら、すぐゴミにだします。ハイ。
Commented by sustena at 2014-08-12 21:45
わー、Cakeater お久しぶりです!さらにお近くではありませんか。天沼なら、教会通りの榛名屋のあんころ餅をぜひ。本をゴミとして出さなければならないのはホントに悲しいです。電子書籍はちょっと苦手なので(メリットもいっぱいあるのは知ってるけど)、だからひたすら図書館です。


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