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2012年 10月 28日

渡辺 保『私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白』

渡辺 保『私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白』_c0155474_221977.jpg演劇評論家の渡辺保さんの『私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白』(演劇出版社 2012年9月刊)を読む。

私は『黙阿弥の明治維新』以来の渡辺さんのファンで、この人の歌舞伎批評を読んでいると、まったく見たこともないかつての役者の姿が目の前に浮かぶような気がする。戸板康二さんの歌舞伎役者をめぐるエピソードやエッセイも楽しかったけれど、自分こそがこのこの役者を歌舞伎史の中で位置づけるのだという気迫にみちた劇評を読むと、歌舞伎の奥の深さ、芸の深さを知る遠さをつくづくと感じちゃう。

この本は、演劇界で2009年9月2ら2012年4月まで連載していたもの。渡辺さんの半生を振り返りながら、どのように歌舞伎を学んできたのか、多くの役者から何を学び、批評家としての目を養ってきたのかを述懐したもの。

渡辺保さんは1936年東京生まれ。戦争が激しくなって、福島にあるお母様の実家に疎開したときに、蔵の中で十五代目羽左衛門の勧進帳の富樫のレコードを聞き、たちまちその声のトリコになり、繰り返しレコードを聞いて富樫のセリフをそらんじてしまったという。1943年春というから、6歳ぐらいだったろう。

その後中学生のときに三宅周太郎の『演劇巡礼』を読み、自分も三宅のようになりたいと決意し、劇場に通いつめ役者の動きをノートにとり、歌舞伎の型を徹底的に勉強し、その後「舞台観察手引草」と雑誌第一次歌舞伎百七十余冊を入手し、古今東西の名優たちについての劇評をバイブルとしていく。

そして1958年に慶應義塾大学経済学部卒業後、芝居の「ウラ」を勉強するために東宝に入社する。東宝でさまざまな役者と接し、演劇部企画室で企画を立てながら、本名の渡辺邦夫ではなく、渡辺保の筆名で歌舞伎について原稿を書き始めるのだ。ただし、東宝の社員であるから自分の会社に関係することは発言しない。ライバル会社の松竹についても然りである。本来やりたい劇評ではなく、江戸時代の歌舞伎について、あるいは東宝以外の現代演劇についてが中心となった。こうして出た最初の評論集が、65年の『歌舞伎に女優を』だった。

東宝を退社した1987年以後、自由に歌舞伎評を世に問うていく。彼が劇評で心がけていたのは次の3つ。まず第一が明確な価値判断。批評は印象を述べるだけの単なる感想文であってはならない。批評として成立するためには、(そして好き嫌いではないことを客観的に伝えるためにも)価値を正当化する基準が必要である。第二に、芝居を見ていない読者に演じられている役者の芸がどういうものであるかを伝えるためのイキイキした「描写」。そして第三に、文章が一つの文体をもっておもしろい読み物となっていること。いくら正しいことを書いても文体がなくては伝わらない。

しかし、朝日新聞に劇評を書いたときは大いに苦労したという。なにしろたった800字。しかも対象は、昼夜興行であるから、上演時間10時間以上に及び、6本から8本の作品である。自分に忠実に、正確であろうとするがゆえに、彼の劇評は辛口であると非難をあび、読者からの攻撃もあり、ついに新聞社から首を切られてしまう。

が「少年の頃に思い立って自分の人生の意味をそこに発見した」保さんは劇評を捨てることができなかった。そして、2000年からインターネットで劇評を始めることになる。読むたびに多くのことを教えられる劇評である。

渡辺さんは言う。
「舞台で起こったこと、その場に居合わせた観客の心の記憶は批評にしか残らない」「舞台の、その場の空気、感動は人の心にしか残らない」「それが観客の心にしか残らないとしても、その観客もいつかは死ぬ。その記録をせめて文字にして残す必要があり、まだ見ぬ読者に伝える必要があるからこそ、劇評は必要なのではないか」
「私は何十年、何百年後に、二十一世紀の歌舞伎役者たちはどんな芸をし、,どんな芸だったかを書き残しておきたい。未来の読者に向かって話しかけたい。たとえ私の力が及ばず、その描写、その筆力が及ばず、不完全なかたちであったとしても、一人の観客の心の記憶を刻みたいと思うのである」。

蔵の中の羽左衛門/六代目菊五郎/錦絵の人々/三宅周太郎と「型」/二つのバイブル/初代吉右衛門/七代目三津五郎/山城の「と」/スタニスラフスキーの『俳優修業』/二人の「一夫/鬼太郎、周太郎、そして康二/ニンと持ち味/『歌舞伎に女優を』/俳優座の『四谷怪談』/南北のせりふ/玉三郎の『桜姫』/東宝歌舞伎委員会/井上八千代/歌右衛門復活/由良助と菅丞相/梅幸の行儀/持ち味について/新聞劇評を書く/藤十郎ルネッサンス/吉右衛門の骨格/仁左衛門と玉三郎/『日本戯曲全集』/型の秘奥

番外編 渡辺保さんへ三十問三十答
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by sustena | 2012-10-28 02:02 | 読んだ本のこと | Comments(0)


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