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2012年 03月 24日

隈研吾『場所原論―建築はいかにして場所と接続するか』

c0155474_23302174.jpg隈研吾の『場所原論―建築はいかにして場所と接続するか』(市ヶ谷出版社 2012年1月刊)を読む。

コンクリートと鉄によって場所から離れ、抽象化を志向した建築、工業化社会と情報化社会をとことん推し進め、社会の進化が建築を進化させると信じてきたロジックが、3・11の震災で転換を余儀なくされている。隈研吾さんが以前から唱えている、弱い建築、負ける建築、「小さな場所」の材料と技術、職人を大切にしながら、小さな場所を輝かせるような、小さなエレメントで構成される建築の考え方、周囲との調和の取り方、プロジェクトの進め方などを、代表作15事例と実験事例3例を紹介しながらじっくり解説したもの。

冒頭、「悲劇が建築を転換する~『生産』が建築を救う」と題したゴタクがあって、ここでは建築史的な観点から、いまあらためて場所に注目することの必要性が述べられる。(ちょっと頭でっかちで理屈っぽすぎるけど)

リスボンの大地震によって神のための建築ではなく、人間のための建築の時代が始まったこと。そして、構造計算にもとづいて強い巣をつくるために突き進んできたこと。合理性の追求、インターナショナリズムによって場所の多様性が抹殺され、コンクリート、鉄、ガラスといった大量生産可能な「強い」材料で建築をつくり、それで世界は均一に埋めつくされてきた。また個人の住まいについては、持ち家政策と住宅ローンの発明によって、おそるべき勢いで「郊外」が拡張していった。
しかし、人間が身体を持つ限り、「場所」を媒介として世界とコミュニケートせざるをえない。ハイデッガーが述べたように、建築は「塔」でも「洞窟」でもなく、「橋」であり、周囲に存在している場所を統合する働きを持つ。そこに存在するさまざまな自然資産、歴史的資源を受け入れた上で、そこから新しい人間の世界の生成するものこそが「場所」である。単に体験の対象でなく、生産する開口部である。

大急ぎでかいつまむと、ざっと上記のようなことが書いてあった。

紹介される事例はいかにも、見ただけで隈研吾って感じである。全体に低くて屋根が大きく伸びていたり、細い格子の縦のラインが際立つデザイン。(ちょっと間違えるとダサくなりがちな・・・)。

カサ・アンブレラ(傘同士をジッパーでつなぎあわせ、15個の傘で直径5メートル、高さ3・6メートルのフラードームを思わせるドームをつくるもの)、透明な大きなレゴブロックのようなウォータープロック(中に水を入れて組み立てる)、飛騨高山の玩具をヒントにした木造ユニットシステムの「千鳥」など最後のほうで紹介される実験事例は、研究室の若いひとのセンスにるものなのか?これまでとはちょっと違うイメージだけど、なかなかユニークだった。


劇が建築を転換する~「生産」が建築を救う
収録事例
亀老山展望台―建築を消し、山を復元する
北上川運河交流館―環境保全と河川整備のためのトンネル型ミュージアム
水/ガラス―水平要素によって海と建築を接続する
森舞台 登米町伝統芸能伝承館―舞台を屋外化し、余白によって森と建築を接続する
陽の楽家―コンニャクと柿渋を使った和紙一枚で建築を守る
那珂川町馬頭広重美術館―縦格子のレイヤーによって、広重の雨を表現する
石の美術館―場所の石を用いて、建築と場所をつなぐ
宇都宮宝積寺駅 ちょっ蔵広場―大谷石の記憶、場所の記憶
銀山温泉 藤屋―異なる強度のスクリーンを重ねて場所と身体をつなぐ
マルシェゆずはら/梼原・木橋ミュージアム―茅と杉による伝統と現代の架橋
竹の家 GREAT BAMBOO WALL―万里の長城と建築の接続
安養寺木造阿弥陀如来坐像 収蔵施設―敷地の土を用いた日干しレンガの復活
根津美術館―屋根の重層によって、表参道と建築を接続する
浅草文化観光センター―木造の平屋を積層して、中高層建築を作る

実験プロジェクト事例
カサ・アンブレラ―フラードームをより軽く、よりゆるく
ウォーターブロック/ウォーターブランチ―細胞をヒントにした、遊牧・自律型建築システム
千鳥/GCプロソミュージアムリサーチセンター―飛騨高山の玩具をヒントにした、小断面の木造ユニットシステム

写真は那珂川町馬頭広重美術館
オープンからかなりたって、杉の講師がハゲハゲであった。この風化については、最初から計算にいれているんだろうけど、ちょっと貧弱な感じだったなー
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by sustena | 2012-03-24 00:22 | 読んだ本のこと | Comments(4)
Commented at 2012-03-25 18:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Lucian at 2012-03-25 19:50 x
宮古市の田老漁港には「万里の長城」と呼ばれる10mの防潮堤が二重構造になっているのですが、津波はそれらをあっさりと越えてしまいました。
更地になった街の中心部に、漁業組合の事務所ビルが一棟だけ無傷で残って営業再開していました。
鉄筋コンクリートの要塞は津波に強かったようです。
ちなみに鉄骨は柱や梁は頑丈でも壁の強度がないので波には弱かったのでした。
Commented by sustena at 2012-03-25 22:50
鍵コメさま、おお~これは派手ですねぇ。自分では、正しく打っているつもりなので読みとばしちゃう(というか、ほとんど読み返していないことも多いけど)ので、赤面しきりです。
コメントするときは、多少注意しているんだけど、まさかってところでやらかすので、まぁ相変わらずだーと思ってケケッと笑い飛ばしてくださいませ。
Commented by sustena at 2012-03-25 22:52
Lucianさん、自然の猛威を前に、ひたすら強い建築を志向するか鴨長明式にいつも仮住まいの気持ちでいるか、どうしたものかなぁと思ってしまいますが……。


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