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2012年 01月 23日

『11ぴきのネコ』

c0155474_2254146.jpg先日、紀伊国屋サザンシアターで、長塚圭史演出による、井上ひさしの『11ぴきのネコ』を観た。

井上ひさしの比較的初期の作品で、チラシに子どもとその付添いのためのミュージカルとあったので、子ども向けがメインだろうか?と懸念していたのだが、前のほうのいい席を放出するとのニースを見て、やんぱりチケットを買ってしまったのだった。なんたって、北村有起哉が出るし♪

実際のところ、子どものためではサラサラなく、大人のためのミュージカルで、見終わってずいぶんと経つのに、いまだに「11ぴーきのネコ♪」と口ずさんでしまう。

ストーリーは───

野良ネコにゃん太郎は、ある日十匹の野良ネコ仲間と出合う。俺たちには何もない、とブータレる野良猫たちの中にあって、ニャン太郎は、おなかはすいたって、自由がある!と意気軒昂。みんなでおなかをすかせていると、鼠殺しのにゃん作老人が、遠くの星の下に大きな湖があって、そこには食べきれないほどの大きな魚がいるということを教えてくれる。このままいては野垂れ死にだ、と大冒険の旅に出たネコたち。無事に大きな魚をゲットできるのか?

物資は乏しかったが希望に満ちあふれ、お互いの間にやさしさが満ちあふれていたあの頃。お腹は空っぽだったけど、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。しかし・・・・。エンディングは苦かったよ。

これまた、つい先日読んだ井上ひさしの「ふかいことをおもしろく-創作の原点」(PHP研究所 2011年4月刊) を思い出した。これは、NHKBSハイビジョンで2007年9月20日に放送された番組、「100年インタビュー/作家・劇作家 井上ひさし」をもとに原稿を起こし、単行本化したもの。

これまでの人生を振り返り、父がめざした道を自分も歩こうと思っていたこと、親分肌だったお母さんのこと、文学を本格的に志したきっかけや劇の創作術などが、平易な言葉で語られる。

ことに印象に残ったのは、これまでにもさまざまに目にしてきたメッセージだが、「笑いとは何か」について語った章。
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苦しみや悲しみ、恐怖や不安というのは、人間がそもそも生まれ持っているものです。人間は、生まれてから死へ向かって進んでいきます。・・・・(略)

この「生きていく」そのものの中に、苦しみや悲しみなどが全部詰まっているのですが、「笑い」は入っていないのです。なぜなら、笑いとは、人間が作るしかないものだからです。それは、一人ではできません。そして、人と関わってお互いに共有しないと意味がないものでもあります。

(略)

人間の出来る最大の仕事は、人が行く悲しい運命を忘れさせるような、その瞬間だけでも抵抗出来るようないい笑いをみんなで作り合っていくことだと思います。

人間が言葉を持っている限り、その言葉で笑いを作っていくのが、一番人間らしい仕事だと僕は思うのです。
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作=井上ひさし 演出=長塚圭史 音楽=宇野誠一郎・荻野清子 美術=二村周作 

キャスト
北村有起哉(にゃん太郎)、中村まこと(にゃん次)、市川しんぺー(にゃん蔵)、粟根まこと(にゃん四郎)、蟹江一平(にゃん吾)、福田転球(にゃん六)、大堀こういち(にゃん七)、木村靖司(にゃん八)、辰巳智秋(にゃん九)、 田鍋謙一郎(にゃん十)、山内圭哉(にゃん十一)、勝部演之(にゃん作老人)

by sustena | 2012-01-23 23:18 | Theatre/Cinema | Comments(2)
Commented by ken_kisaragi at 2012-01-27 00:54
一人で笑うと「笑ってごまかすな!」 などと家人が・・・
>人と関わってお互いに共有しないと意味がないものでもあります。
ほんと、そうですね。 いつも実感しております。
Commented by sustena at 2012-01-29 16:10
私は最近のお笑いにはなかなかついていけないのですが、落語や狂言やミスタービーンや井上ひさしなどは安心していられます。これはトシなのでありませうか。


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