2023年 01月 30日
表紙はこちらを見上げる猫の写真とイラスト。フクロウのぽーに続いてネコの話か、と思いながらパラパラをめくる。字が大きいし、ところどころ漢字にルビも振ってあるので児童書のくくりなのね、と思いながら、プロローグを読む。コロナ禍がはじまったある日の夕方、近所を歩いていた夏子さんが1匹の猫を目撃したところから話は始まる。その猫は、悠然と夏子さんを見たあと駆けていったが、左側の足が2本しかなかったのだ。 その静かで落ち着いた姿に妙に惹きつけられた夏子さんは、その後、飼い主のケイコさんに何度もあって、猫のタカシのことを聞き、伝えたい、書きたいと思う…。 ここまで読んで、私はその先を読みたいという気持ちをグッと押さえた。一両日中に仕上げなければならない原稿(犬の話だ)と動画の編集を抱えていたのだ。あと150ページ程度だし、大きな文字だから2時間もあれば十分読めるはずだが、味わいあじわいして読まなくちゃイケナイ気がしたのだった。 しかし、翌日、昼食のあと、つい、読み始めてしまった。 あるときはケイコさんの視点で、あるときは猫になりかわるぐらいに、ずっと近くで見ているような書きっぷりで、夏子さんは、交通事故にあった子猫が、獣医のもとに運ばれて、安楽死か手術かのきわどいところを助けられ、その生命力の強さでケイコさんち(黒岩家)の一員となったこと、最初は黒岩家の3番目の猫だからサブローと呼ばれていたのに、家族の呼びかけに反応しないことから、いろんな名前で呼ばれる中で、自分で「タカシ」という名を選び取ったこと、匍匐前進から立ち上がり、歩くのではなく走ることで、俊敏に移動する技を自ら身につけていったことを語っていく。 このタカシはさらに、隣の家の飼い猫のりんちゃんに恋をするのだ! りんちゃんとの出会いや木登りの場面など感涙もの。 飼い主のケイコさんの大胆で細やかな思いやり、黒岩家の家族(とくに無口な夫さんがいいキャラである)みんなのタカシとのかかわりや変化を紹介するくだりも、とーってもあったかい文章でシミジミしてしまう。 例えば、「パラリンピックとタカシ」の章のごく一部を引いてみる。、 「……週末の夜、開会式を見はじめたら、想像とはまるでちがう感情が自分たちから湧きでたことにおどろいた。色あざやかな選手団の入場を見ながら、何かにつけてタカシを引きあいにだしたくなるのだ。うちのタカシだってたいしたもんだよ、といちいちいいたい。タカシが猫だったのが残念だよ、とだれかが嘆く。……(略)それからの半月、ケイコさんたちはパラリンピックのさまざまな種目を見ては、タカシが出場したらどんなパフォーマンスをしただろうかとご想像を広げつづけた」 ね、家族の会話が聞こえてくるようでしょ、 夏子さんって、読者それぞれの呼吸に自然によりそってしみとおるような、すてきな文章を書くひと。 ところどころに入っている小泉さよさんのイラストも素晴らしい。 というわけで、あーあ、一気読みしちゃったよ…。 この本を読んだ人は、タカシがどんな猫か、見てみたくなるに違いない。中にモノクロ5ページのアルバムがあるけれど、動く姿を見たいという向きには、Instagramの@takashi.djbを覗いてみるといい。 ちょっと前に撮ったエナガ。そろそろ巣作り用に、羽を集めているらしい。 プロローグ―出会い 二〇二〇年五月 二〇一五年六月三日 浅井獣医師 ケイコさんの困惑 子猫の帰宅 立ち上がる 浅井先生おどろく 二本足の子猫と黒岩家 タカシの解決 タカシとお父さん クロの訴え 外へ ナカノさんの庭 りんちゃんとの出会い 恋 木登り りんちゃんの成長 新たな挑戦 ◆タカシのアルバム りんちゃんの死 ワープする猫 行方不明になる ケイコさんとタカシ パラリンピックとタカシ タカシの力 猫の王 ケイコさんの愛 大丈夫な猫 タカシ エピローグ #
by sustena
| 2023-01-30 16:16
| 読んだ本のこと
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2023年 01月 27日
けさは半分ほど池の氷がとけていた。 凍っているところを悠然と歩くセキレイさん。
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by sustena
| 2023-01-27 11:09
| 小さな自然
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2023年 01月 26日
きのう、今日と日本列島に筋状の寒波が居座っていて、めちゃ寒い。 きのうは凍っていなかった上ノ池も、けさはほぼ全面結氷。
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by sustena
| 2023-01-26 14:23
| 小さな自然
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2023年 01月 22日
金曜・土曜と「天王洲電市」というイベントが寺田倉庫E HALLであったので、天王洲アイルへ。 ここで降りるのはたぶん4回目ぐらいだけど、E HALLは初めて。 駅を終りてB出口に向かう。 しばらく歩くと、何やら隈研吾チックな建物が。どうやら画材やさんらしい。時間がなかったから入らなかったけど、あとでググったら寺田倉庫が運営する「PIGMENT TOKYO」画材ラボで、予想通り隈研吾デザインだった。中もおもしろいらしく入ってみれば良かったな… ずっと向こうに続くグラフィティは、DIEGOのストリートアートとのこと。2019年にこのエリアで開かれたアートフェスティバルで誕生したもの。 駐車場の仕切りフェンス?もオシャレ。 天王洲運河東側のボードウォークを歩くと、広々として気持ちいい。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() #
by sustena
| 2023-01-22 16:51
| まち散歩
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2023年 01月 21日
水曜日に、府中市美術館で開催中の諏訪敦「眼窩裏の火事」展を観てきた。 もともと、写実的な絵画はちょっぴり苦手で、例えば野田弘志さんの作品なども(例えば、ホキ美術館のコレクションhttps://www.hoki-museum.jp/collection/hiroshinoda/などをご覧いただくと、どんな作家かがわかる )ひたすらすごいとは思うもののわざわざ観に行こうとは思わないのだけれど、なぜ出向く気になったかというと、タイトルに驚いたこと、そして、大竹昭子さんの対談シリーズ『絵にしかできない』で大竹さんが諏訪さんと対談していることを知ったことから。 「『写真みたい』という一言で片づけてしまうと決して見えてこない絵画表現の深淵が横たわっている」と写真の見巧者である大竹さんが言う諏訪さんの作品がどんなものかを、近くで観たいと思ったのだった。 今回の展覧会は、3つのパートから成り立っている。 第1章は「棄民」。 父の遺体を描いた《father》と、父の遺した手記から知ることになった家族の歴史-幼少期の父が満蒙開拓団として大陸に渡り、ハルビンの難民収容所で祖母と叔父が栄養失調と発疹チフスにより病没したこと-をもとに、取材を重ねて描いた《棄民》や《HARBIN 1945 WINTER》《依代》などが展示されている。 《HARBIN 1945 WINTER》は、雪原に横たわる裸婦像の骨格が浮き出、朽ち果てた姿が描かれているが、この絵の下をスキャンしてみれば、一番下には眠っているかのような静かな姿があり、それが徐々に変化していく姿が、1枚の絵に描き重ねられているのがわかるという。(この絵を描くのには3カ月間かかったというが、毎日の終わりに仕事の過程を撮影し続けたという。会場のスクリーンにはその変化が九相図のように写し出されていく) 下絵などからは、諏訪さんが筋肉の付き方を研究していたことがうかがえる。骨の名前の書きこみもあった。 一連の絵を描くために、現地を旅し、どれほど取材を重ねたことか。 第2章は「生物画について」。高橋由一の《豆腐》に想を得て、2015年に取り組んだ、水に浮かべた豆腐や、まな板の上の豆腐、骨と豆腐の並んだ3点の絵画、コロナ禍に取り組んだ、ガラス器などと組み合わされた構図の実験や、西洋の生物画ふうの作品が並ぶ。 興味深いのは、作品の中に輝くような光点や、かげろうのような揺らめく炎が見える作品があること。 これは「閃輝暗点」という、目を酷使したことによる血流異常によって起こる視覚像のこと。今回の「眼窩裏の火事」というタイトルはそこから出ていて、同じタイトルの作品や《目の中の火事》という作品も展示されていた。 第3章が「わたしたちはふたたびであう」。 ここでは、スペイン留学を機に、舞踏家の大野一雄に興味を持ち、当時90歳を超えた大野に取材を申し込んで描いた作品や、100歳になり寝たきりになった大野が口をあけて虚空を見ている作品、大野に魅了彼女の瞳に写る50歳代の佐藤和孝の肖像などが並ぶ。 諏訪敦さんは1967年北海道生まれ。当初北大に行くつもりだったが、美大を受験することにして、デッサンもできずに美大を受けるわけにはいかないと、札幌にある美術予備校に夏期講習に通うのだが、その初めて石膏像を描いたときの話がおもしろい。諏訪さんは映像記憶の持ち主で、「スキャンした画像を出力するように上から順にガーッと描」いて講師に驚かれたというのだ。 武蔵美の短大から学部に編入し、大学院に進むころ、「複雑な具象画を描いていこう」と決めたという。 とはいえ、いきなり画家をして生計を立てたわけではなく、院を出たあと、鹿島建設に就職し、設計エンジニアリング部総事業本部に配属される。2年後の1994年、個展開催、安井賞展に入選し、文化庁芸術家派遣在外研修員としてスペインに滞在、現地で国際絵画コンクールで大賞を受賞し、画家としてのキャリアをスタートした。 諏訪敦さんと大竹昭子さんのカタリココでの対談をまとめた「絵にしかできない」に、諏訪さんのこんな文章が載っていた。
写真で撮ることと、写実絵画を描くことの違い、諏訪さんの絵画への向き合いかたを伺い知ることのできる展覧会であり、対談集なのだった。 PS 《father》を見て、父の死に顔を想った。 同時に、アラーキーが撮った肉親の死に顔の写真を連想。諏訪さんのこの作品は、亡くなってから10年後に描いたものという。写真は一瞬が続き、諏訪さんの絵画は、永遠に対話が続くような感じ。
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by sustena
| 2023-01-21 16:22
| Art/Museum
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