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2017年 01月 15日

すみだ北斎美術館「北斎の帰還-幻の絵巻と名品コレクション-」

昨年11月にオープンした、すみだ北斎美術館の開館記念展「北斎の帰還-幻の絵巻と名品コレクション-」が15日でオシマイというので、妹島和世の建築見たさもあって出かけたのだが、めちゃくちゃ混んでいて、ゲンナリしてしまった。

外観はそれなりにカッコイイのだけれど、いかんせん、狭くって、展示会場に行くのに小さなエレベーター2台しかないし、会場の照明は暗い。タッチパネルモニタがあちこちにあるのはいいんだけど、そのせいで導線も悪くなってるしー。外国の入場者も多いだろうに、外国語対応もオソマツ。もっとも、混んでいるのは最初だけかもしれないので、悪しざまにいうほどじゃあないのかもしれないけれど。

というわけで、ほとんど、サーッと通りすぎたといいましょうか、押し合いへし合いしている人の間から、ちょこっと顔を出して、どんな作品が出ているかをチェックしただけで終わってしまった感じなのだが、それでも70歳を過ぎてからの、多彩さ自在さ。また、白黒写真をもとに推定復元した、「須佐之男命厄神退治之図」の復元のプロセス、100年余り行方知れずとなっていて、今回の開館にあわせて里帰りした「隅田川両岸景色図巻」ののびやかさはよかったなぁ。
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これが「須佐之男命厄神退治之図」
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北斎アトリエの再現模型、ちょっとだけ動くんだよ。
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両国駅東口から徒歩7分ぐらい。ガード下の絵は、なんとなく昭和。
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by sustena | 2017-01-15 22:51 | Art/Museum | Comments(2)
2016年 03月 08日

『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』

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エクスナレッジから2015年12月に刊行された『Frank Gehry フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』は、アイデアの塊で、独創的な建築をつくるゲーリーが、いかにして卓越した建築家であり続けているのか、その秘密に、丹念なインタビューと数多くの写真やスケッチで迫った本。

原著の発行は2009年で、インタビュアーは『ロサンゼルス・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』の元記者で、美術ライターのバーバラ・アイゼンバーグ。日本語訳は岡本由香子さん。とても読みやすい訳文だ。

ゲーリーは1929年2月29日、フランク・オーウェン・ゴールドバークとして゛カナダのトロントに生まれた。父はボクサー・トラック運転手、セールスマンとして家族を養ったが、絵を描くのは犂だった。ポーランド生まれの母は、成人してから高校に入り直した。バイオリンをたしなみ、息子に芸術と音楽の世界を教えたという。その後一家は1947年にロサンゼルスに移住し、授業料がタダのロサンゼルス・シティ・カレッジの夜学部に入学。そこで美術と建築を受講し、南カリフォルニア大学の時間外の陶芸のプログラムで学んだりしていた。そして建築の才能を見いだされ、夜間の建築デザインのクラスに進むことになる。その後、1954年秋から1956年にかけて、アメリカ陸軍に入隊し、建築の専門家としてさまざまな経験を重ねていく。

改姓したのは1954年。本人の希望というより、娘が、ユダヤ人という出自によって差別されたりからかわれたりしないため、ドイツ系スイス人によくある名前で、Gがつく名前ということで選んだのだという。

最初に就職したのは、有名建築家、ヴィクター・グルーエンの事務所。ゲーリーはそこで、ショッピング・センターや個人の社宅、店舗の設計などをこなす。そのころはずっと伝統的な設計を手がけていたらしい。

建築の勉強をしていたころに惹かれたのはコルビュジエ。彼の絵を見て身震いがしたという。
「二次元の世界で自分の言語を確立していることに心惹かれた」という。「コルビュジエの絵を見て、それから彼の建築を見て、彼が独自の言語を創造していることに気づいた。彼は発想を絵にしている。彼にとって絵を描くことは、アイデアをつかむための方法なんだ」
そして、自分はどうやって表現すればいいかを考えて、その答えがスケッチと悟る。その後彼はいろいろなアーティストと友だちになり、彼らの発想をぐいぐい自分のものにしていくことになる。


有名になるにつれ、世間が抱くゲーリー像に、あるときはいらだつ。
「ぼくのつくるものは妄想の産物で、機能性だの周囲の環境だのといったことはまったく無視しているという印象を持つ人が多いからだ。ぼくの身勝手がなぜかまかり通って、いかにも機能していいるように見せかけていると、そういうふうに思われる。50も60も模型をつくって、予算内に収まるように、工期に間に合うように四苦八苦して、技術的問題をはじめとしたもろもろの障害を乗り越えて、ようやく完成したことは評価してもらえない。
アーティストと見なされるということは、ビジネスの能力がないと思われることに等しい。・・・・ (略)
見たこともないような並外れた作品を発表すると、予算やスケジュールやクライアントや周辺環境に無頓着なやつだと決めつける。エゴの塊だと。そういう建築家もいるかもしれないが、ぼくは違う」

バーバラが、インタビューした人たちの何人かが、ゲーリーノ最大の長所は人の話をとん聞くところだと言っていた。オンタリオ美術館の館長などは、ゲーリーが初期の段階からどんな美術館にしたいのかをしつこいほど質問してきたと書いていると伝えると

「その部分は文字を大きくしておいてくれ。ゲーリーは聞く耳を持っている。エゴの塊ではないってね」

ゲーリーは、過去の建築や絵、自然から着想を得ることが多いという。

年に一度はコルビュジエのロンシャンの礼拝堂を訪れるようにしているんだそうだ。「あれを見ると涙が出るんだ。あまりにも美しい。ほとんど完璧といっていい。魂が震える場所だよ」と語る。「コルビュジエの作品はよく勉強したから、あの形状がどこから来て、あの域に到達するまでにどれほどの苦労があったかもわかる。コルビュジエはあの建築に7年の歳月をかけたんだ。ぼくは彼が考えたすべての設計案を研究したよ」

「偉大なものを前にすると膝の力が行けるんだ。キリストにいばらの冠をかぶせる(ヒエロニムス・ボスの)絵を 見たときもそうなった。イスラエルでやっているプロジェクトの発想の源になった絵だ」「とっくに始まっていたから、べつにボスの絵を真似したわけじゃない。でも、偉大な作品を見ると勇気が湧く。・・・・このまま進んでいいんだと思える」


3カ月前にゲーリーの建築の進め方の展覧会を見ただけに、さらになるほど!と思うことが多かったな。

A5変型 308ページ 4色。

■目次
はじめに
“夢の家”をデザインする
第1部 学び
    始まり、ゲーリー上等兵、次のステップへ、芸術作品とトイレ
第2部 自分の言語を確立する
    ゲーリー 海を渡る、ミシシッピ川の美術の神殿
    待ちに待ったヒーローの帰還
    ディズニー・ホールのコンペを振り返って
    ビルバオ・イフェクト
第3部 さらなる高みへ
    事務所のゲーリー
    天才たちと交わる
    スクリーンで、そしてティファニーで
    大陸の端と端で アトランティック・ヤードとグランド・アベニュー再開発
    ガラスの家の人々
    ゲーリー、犬小屋を建てる
    故郷へ
    引退までのカウントダウン
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by sustena | 2016-03-08 00:30 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2015年 12月 27日

家庭料理

仙台出張の前日は天皇誕生日だったので、仙台に住む息子にドライブに連れていってもらい、ついでにクリスマスのおいしいディナーでもおごってもらおう!と考えていたら、昼メシはおごるから、夜は何か作ってほしいという。外食つづきだから家庭料理が食べたいらしい。

仕方がないので、ちょうど作りおきしておいたばかりのダシ汁をペットボトルに入れ、それとスダチ2個、お歳暮にいただいたカモのスモークのハムを持って行く。冷蔵庫の中を見ると、納豆とちりめん、ぽん酢。その他の調味料関係は、塩コショーと濃口醤油、みりん、沖縄の黒糖、サラダ油とゴマ油があるだけ。

11時頃に仙台に着き、菅野美術館と塩竈神社、宮城県図書館を見たあと、一緒にスーパーに行き、ベビーリーフとサラダ菜、レタス、トマト、スナップえんどう、ほうれん草、カボチャ、しいたけに舞茸、三角揚げ、豚ロース塊とニンニク、柿なふぉをゲットして、豚ステーキと鴨サラダ、きのこと油揚の煮物、カボチャ煮、ほうれん草のお浸しなどをつくる。
もらった柚子が7個あるのでジャムも作ってくれというので、夕食後に柚子マーマレードづくり。生まれて初めてつくったけぢ、めちゃ美味しくできたなー。

食器など一人分しか持たせなかったので往生したけど、そこそこ立派なディナーになったのでありました。スダチをかけるだけでもドレッシング代わりになるんだねーと、山盛りの野菜を、あっという間に平らげたのでありました。

塩竃にある菅野美術館は阿部仁史の設計。彫刻を9点常設展示するだけの小さい美術館だが、とてもおもしろい建築で、塩釜港を見下ろす高台にあった。内部の撮影がNGだったので、外観のみ。
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猫ちゃんの位置からだとカッコよく撮れそうなのに。
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すし哲で特上にぎりをおごってもらった。
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塩竈神社
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高校生が階段を駆け上がってはきちんと挨拶してくれた。
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宮城県図書館は原広司。京都駅と東大の生産技術研究所を足して2で割ったような建物。
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ヘビも熊も出る。。。。。
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by sustena | 2015-12-27 08:22 | | Comments(6)
2015年 06月 01日

大分県立美術館──#大分2

最初は予定していなかったんだけど、4月24日に開館したばかりのOPAM 大分県立美術館が、坂茂さんの設計だというのでいそいそと見に行く。

大分県が、おそらく金沢21世紀美術館に負けないようなものにしたいと期待をめいっぱいこめたんじゃないか、と思うほど、市のあちこちにOPAMのサインがあったなぁ。(駅の近くらしいという情報だけで、レンタカーのナビが駅前は対応していないといわれていたんだけど、迷わずにたどり着けた)
ここが入口。
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向かいのビルからパチリ。
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中はこんな感じ。
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入口近くのミュージアムショップは上から見るとSの字型。そうそ、お土産で小鹿田焼の陶器の切れ端の箸置きを購入。
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3階の天井。大分の伝統工芸の竹工芸をイメージさせる構造なんだって。坂さんらしいと思ったのは、カフェのテーブルや椅子。例の紙管だったよ。
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オープニングの記念展は、モダン百花繚乱「大分世界美術館」展。
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大分の美術も世界の美術もつながっているということを大いにアピールしたいんだなぁという気持ちはイッパイ伝わってきた。副題のキャッチは「大分が世界に出会う、世界が大分に驚く『傑作名品200選』。
構成は─
《第1章》モダンの祝賀 《第2章》死を超える生・咲き誇る生命 《第3章》日常の美 人と共に生きる「もの」と「かたち」 《第4章》画人たちの小宇宙 《第5章》視ることの幸福
第1章で、大分出身の宇治山哲平や、モンドリアン、マティス、ミロ、ウォーホル、カンディンスキーなど、色の祝祭といった気分のアートが並んだあと、第2章で、シーレのスケッチや高山辰雄の《いだく》、石内都の原爆の遺品を撮影した《ひろしま》、藤田嗣治の裸婦などが並ぶ。そして第3章は、タブローばかりがアートじゃないぞと、ウィリアム・モリスのファブリックやバーナード・リーチや濱田庄司、河井寛次郎、富本憲吉の陶器、三宅一生のツイスト加工する前後の布地の展示や中川幸夫のガラスの容器からバラの真っ赤な血が流れてくるような《花坊主》の写真などが展示されるのだ。
そして第4章、第5章と展開するんだけど、この2つのパートがやや雑然とした印象で惜しいなー。

道をはさんで向かいのビルへの渡り廊下の影が印象的だった。
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by sustena | 2015-06-01 21:43 | | Comments(2)
2015年 02月 13日

『世界の不思議な家、楽しい家』

c0155474_23315648.jpgこんなヘンテコな家、アリ!?と思わず叫んじゃう家が並んでる。エクスナレッジから出た『世界の不思議な家、楽しい家』(2014年10月刊)である。

断崖絶壁に建てられた家、デコレーションケーキみたいな家、まるでUFO、ド派手な靴の家、なにからなにまで逆さまな家、イモムシやチョウみたいな家、ぐにゃりと曲がった家(表紙)建てられた、トイレそっくりの家・・・・・。いやはや、実に楽しい。住み心地はちょっと・・・と思うものもあるけれど、建築家やオーナーが趣味に走ると、タイヘンなことになるのではあった。

もちろん、地形や風土の要請から、というのもちょっとは含まれているけれど、大半は人間の想像力と遊びゴコロが満開のおうち。
世界のあちこちの115の家が紹介されている。うち私が見たことがあるのは、プラハのダンシング・ビルだけ。この本では「ヴァルダヴァ川べりで身をくねらせるアベック」と紹介されてました。118ページ。

ダンシング・ビル(正式にはナショナル ネーデルランデン ビル) の設計は、フランク・ゲーリーと、クロアチア系チェコ人建築家のミルニッチ。
以前アップした横からのほうが身をくねらせている。
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by sustena | 2015-02-13 23:35 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2015年 01月 13日

京博の平成知新館——冬枯れ時の京都出張#5

翌日の取材は午後1時半スタートだったので、午前中に京博へ。9時半開館のところ9時に着いてしまったので、向かいの三十三間堂に行く。ちょうど冬の日が差し込んで明るく、堂内の千体の千手観音立像の表情がよく見えた。
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さて、京博の平成知新館は二千十四年9月にオープンしたばかり。設計はNYのMoMAや豊田市美術館の設計で知られる谷口吉生。深い庇と水平を強調したデザインが美しい。あ、三十三間堂みたい~って思ったことだった。
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知新館では常設展の名品ギャラリーとなっていて、そのときによって展示品が変更になる。
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3階は陶磁の京焼(3月8日まで)と古墳時代の銅鏡(4月19日まで)。2階は室町絵巻で融通念仏演技と是害坊絵巻、日高川草紙、それと垂迹画、中世絵画は「描かれた動物たち」がテーマ。近世絵画のコーナーは、桃山から江戸時代の近世の障壁画。そして中国の花鳥画(いずれも2月8日まで)。
1階は密教彫刻と墨蹟、染織の吉祥文様、永藤一の刀のコレクション、南蛮漆器と紅毛漆器、そして特別展示室では「山陰の古刹・島根鰐淵寺の名宝」。素朴な味があって女神や男神びの坐像などキュートなの~。重要文化財の飛鳥時代と奈良時代の銅造観音菩薩立像は、頭のいいお嬢ちゃんとかわいいぼっちゃんみたいだった。
レストランで京野菜のカレーを食べて、いざ取材に出発。
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by sustena | 2015-01-13 23:46 | | Comments(2)
2014年 10月 25日

群馬県立近代美術館「1974年─戦後日本美術の転換点」

先日、群馬県立近代美術館が開催中の「1974年─戦後日本美術の転換点」を見てきた。

これは1974年に会館した同館の40周年を記念した企画のうちの第2部で、第1部は「1974年に生まれて」として、1974年生まれの現代作家6人の歩みをフィーチャーしたもので、今回見た第2部は、1974年に国内で制作・発表された写真や版画、アート作品を横断的に集めて、「この時代の美術の特質を捉え、戦後日本美術の転換点として「1974」年を浮かび上がらせ」ようという企画。

まず、この美術館を磯崎新がどのようなコンセプトで設計したのか、スケッチや図面とともに紹介する。方形の幾何学のリズムで構成したことを、いかにも磯崎らしい難解なコトバで表現。でものちのいかにもポストモダン然とした建築よりは好感がもてる部分もあった。(あっ、でも磯崎のドローイングはめちゃきれいだった!) そして、中平卓馬が撮った、やはり中平らしい写真が並ぶ。

1974年を、日本美術の転換点とこんなふうに宣言して、美術史的にホントに正しいのかどうかはよくワカラナイんだけど、集められた作品は、たとえば上田薫の《スプーンに水あめ》に代表されるようなスーパーリアリズムの絵画だったり、Focus の表紙を飾った三尾公三のエアーブラシで写真をとけこませたような作品。また、高松次郎の《写真の写真》、郭徳俊のアメリカ大統領と自身を重ねたセルフポートレートの《フォードと郭》など、写真や複製について問い直す作品が目を引く。山中信夫《ピンホール・ルームNo.8》など、写真が現代美術の一ジャンルとして、いろんな表現を模索した時代でもあった。

このほか、木村秀樹の鉛筆を持った手を並べ方を変えて見せたシルクスクリーン、野田哲也の吸ったタバコを並べた「日記」と題されたリトグラフは、その後手法もモチーフもいろいろ変わっていくけど, ライフワークとして綴られていく、初期の作品なのだった。今は大家の作家の、20 ~30代の若いころの思いや気負いのつまった作品が、新鮮。

解説に曰く
概念芸術や「もの派」を経たこの時代、表現行為を根源から問い直し、あるいは表現を受容する私たちの知覚システムまでも題材にする作家が多く登場し、次代に向けて表現や思想を育んでいきました。

なるほどーなのでした。

構成は
序章 群馬県立近代美術館の開館まで

群馬県明治百年記念事業と「群馬の森」
群馬県立近代美術館─磯崎新の建築
中平卓馬がとらえた群馬県立近代美術館11点

第1章
1974年の彫刻・絵画・版画

彫刻─公募展・野外彫刻展・彫刻シンポジウムの活況
絵画─変容するリアリティ
版画の黄金時代(1)─版表現の広がり、深まり
版画の黄金時代(2)─写真を取り込んだ版画

第2章 1974年─転換期における諸傾向
「もの派」を超えて
「見ること」をめぐって─写真と美術
システムと身体/反復・転写のプロセス
ふたたび「絵画」「彫刻」へ

11月3日(月・祝) まで。
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by sustena | 2014-10-25 00:11 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 09月 02日

「表参道を歩いてわかる現代建築」

c0155474_17122343.jpg米田明, 内野正樹, 押尾章治, 後藤武さんの共著になる『表参道を歩いてわかる現代建築』(大和書房, 2014年6月刊 120 ページ)を読む。

これは、表参道~南青山一帯の名建築34作品(目次参照)をピックアップし、その建築の特徴や、設計した建築家の考え方などを、建築の専門教育を受けたことがない素人にもわかる平易な言葉で解説したもの。通常、ジャーゴンばかりでヘキエキする建築ガイド本が多い中、すごく読みやすくて感心しちゃった。

たとえば、ディオール表参道の紹介はこんな具合。

「半透明な箱に不規則な間隔で白い横ストライプが走っています。半透明な皮膜は二重に重ねあわされて、まるでドレープのように複雑な曲面を見せて優雅な雰囲気を醸しだしています。
(略)
建築家はディオール側から、高さ30メートルの4フロア構成を求められたと言います。しかし高さ30メートルを4分割すると天井高が高くなってしまう。そこで各階ごとに設備スペースを天井裏に設けました。そのために高さが異なる8つのレベルがあるように見えることになりました。(略)その操作だけで、これまでになかったような新しいビルのデザインに建築家は挑戦しようとしています。
(略)
そして夜に照明によって照らし出された時にこのドレープの効果が生きてくるように、照明計画も慎重に検討した様子がうかがえます。(略)皮膜面そのものが明るく輝く状態をつくり出すために、アクリル面のディテール処理や皮膜への光の当て方を工夫しています。その結果としてビルそのものが発光体のようにして、夜の表参道に立ち現れることになったのです。」

どうです?なんだか目に浮かぶようでしょ? あわせて、3点の写真が載っているんだけど, どうせなら夜のディオールビルの写真が見たかったな・・・・。

そしてこのあとでSANAA について見開きで紹介しているんだけど、「彼らは建物をつくり上げている基本的なルールを再検討することによって、新しい建物を生み出そうとします」とキッパリ。この考え方にそって、妹島の岐阜県営住宅ハイタウン北方や、SANAAの代表作となった金沢21世紀美術館、ロレックス・ラーニング・センターを紹介する。
「起伏のある床と屋根の中に大小さまざまな大きさの丸い穴があけられた建物です。ガラス張りの空間であるにもかかわらず、うねるように床が起伏し、天井が下がっていることによって、ワンルームで壁がないのにさまざまな場所ができあがっています。21世紀の新しい相互学習の場として構想されたこのラーニング・センターは、やはりまるで公園のように(注/つまり、美術館のコンセプトと同じようにってこと)好き勝手に活動できる場所がたくさんつくられているように見えます。」

4人の著者が表参道の場所性をたどったトークセッションも発見がいろいろあって楽しかった。

写真はすてき。もっと大きかったらな・・・・(コンパクトさを信条とするこの本にはないものねだりもいいとこではある)。秋の天気のよい日に、この本の地図を見ながら散歩するのも楽しそうだなぁ。

写真は銀座。写り込みのせいで見にくてごめんなさい。ここを通るたびにニヤッとしちゃうワタシ。
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■南青山─明治神宮内苑
根津美術館―隈研吾★
岡本太郎記念館―坂倉準三
コレッツィオーネ―安藤忠雄★
プラダブティック青山店―ヘルツォーク&ド・ムーロン★
スパイラル―槇文彦★
フロム・ファーストビル―山下和正
旧山田守自邸―山田守
R‐MINAMIAOYAMA―平田晃久+吉原美比古
395―北川原温+ILCD
サニーヒルズ・ジャパン―隈研吾
ジャスマック青山─アルド・ロッシ
コーチ表参道─OMA★
ONE表参道─隈研吾
表参道けやきビル─團紀彦
トッズ表参道ビル─伊東豊雄★
ルイ・ヴィトン表参道ビル─青木淳★
表参道ヒルズ─安藤忠雄
日本看護協会原宿会館
ディオール表参道─SANAA★
GYRE─MVRDV
原宿のギャラリー─鈴木了二
東急プラザ表参道原宿─中村拓志
代々木競技場第一体育館─丹下健三★
明治神宮

■明治神宮外苑─北青山
聖徳記念絵画館
TEPIA─槇文彦
青山タワービル─吉村順三
フォーラムビルディング─谷口吉生
梅窓院─隈研吾
ドーリック─隈研吾
青山ベルコモンズ─黒川紀章
塔の家─東孝光
ワタリウム美術館 マリオ・ボッタ
TERRAZZA─竹山聖+アモルフ
(★は作家論が掲載されている建築家)

■トークセッション
表参道という場所

by sustena | 2014-09-02 23:31 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2014年 08月 29日

戦後日本住宅伝説ー挑発する家・内省する家

c0155474_0121944.jpg埼玉県立美術館で開催中の「戦後日本住宅伝説ー挑発する家・内省する家」展を見てきた。

丹下健三や増沢洵ら、1950年代の作品に始まり、オリンピックや万博を経て、1976年の安藤忠雄の 《住吉の長屋》、伊東豊雄の《中野本町の家》まで、戦後の時代を画した16人の建築家が思いを込めて世に送りだした「住まい」が並ぶ。

ラインナップは──

丹下健三《住居》1953
増沢洵《コアのあるH氏の住まい》1953
清家清《私の家》1954
東孝光《塔の家》1966
黒川紀章《中銀カプセルタワービル》1972
菊竹清訓《スカイハウス》1958
磯崎新《新宿ホワイトハウス》1957
篠原一男《白の家》1966 
坂本一成《水無瀬の町家》1970 
原広司《原邸》1974
宮脇檀《松川ボックス》1971/78
石山修武《幻庵》1975
安藤忠雄《住吉の長屋》1976  
毛綱毅曠《反住器》1972  
白井晟一《虚白庵》1970  
伊東豊雄《中野本町の家》1976 

超有名な住宅作品ばかりで、何度か写真では見たことがあるのだけれども、こんなふうに、住宅史をたどるような形で1/10~1/50スケールの模型や写真パネル、図面、大型出力写真、そして3分前後から10分強の映像とともに、まとまって見ることができて、とても興味深かった。

小さな住宅の中にも、その建築家の原点のようなものがしっかりうかがえて、たとえば、丹下の自邸は、香川県庁東館とよく似てるし、原広司の原邸なども、駒場の東京大学生産技術研究所や京都駅ビルとそっくり。菊竹のスカイハウスも、江戸東京博物館みたーい。(写真は原邸「南側バルコニーを見る」の大型出力写真より)
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東や清家や増沢、丹下の住宅は住んで暮らすシーンを想像できるんだけど、原や石山、伊東の作品など、いったい暮らすうちにたまるゴミといいましょうか、雑多で片づかないものをいったいどこに置いたらいいのー? など、ワタシはここで生活できるだろうか?なんて目で見てしまったよ。

毛綱毅曠の《反住器》はメビウスの輪みたいで、歩いているうちに、外と中がぐるぐるしそうだったけど、映像にごちゃついた洋服や断ボールなども写りこんでいたので、ホントにここで暮らしたんだ・・・としみじみと思ったね。(というわけで、キテレツではあるんだけど、けっこう親近感がわいた)

東孝光《塔の家》の展示では、実寸大の2階平面図と台所模型が置かれて、6坪弱のスペースをどう使ったかをリアルに想像できた。
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伊東豊雄の初期の《中野本町の家》は、すでに壊されて今はないんだって。
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お昼は、美術館のレストランで。パスタセットについてくる焼きたてだという玉葱パンがおいしかったけど、これとサラダでけっこうおなかがいっぱいに・・・。
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食後に常設展と、館外&1階の彫刻を見た。常設展では小村雪岱がよかった!とくに《おせん》シリーズの傘。それとゴーギャンのタヒチ時代の木版。
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ジャコモ・マンズーの《枢機卿》1979
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重村三雄《階段》1989 彫刻は3体でワンセットなのかも。もう1体あった。
北浦和にあるこの美術館、オープンは1982年ともう30年以上も前なんだけど、実際に出向くのは初めて。
黒川紀章の設計なんだって。
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by sustena | 2014-08-29 00:21 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 02月 02日

エネマネハウス

先月末に、省エネルギーセンター主催の「ENEX2014」で、大学と企業の連携によって、“2030年の家”をテーマに、先進的な技術や新たな住まい方を提案したエネマネハウスの展示があったので、出かけてきた。

夏に公募したプランの中から、慶應義塾大学、芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、早稲田大学の5大学が選ばれ、東雲駅近くの駐車場に、1大学実際に20m×20mの敷地内に、45平米から70平米のモデルハウスを実際に建設。会期中のエネルギー消費量や室内の温度、湿度などがリアルタイムに会場に表示されていた。もちろん、中にも入れる。

「エネルギー」のほか、「ライフ」「アジア」の3つをコンセプトに、それぞれ工夫を凝らしていたが、私が気に入ったのは、積水ハウスとコラボした東大と、四角い箱にせず、デザインを工夫していた慶應のプラン。

東大のウリの一つは、360度くるくるまわる裏面に透明断熱材を配した光を通すフスマみたいな建具。昼間に蓄熱した建具を、夕方くるっと室内側に向けると、部屋の中に放熱されるとあたたかいんだってー。また太陽の向きを追尾する可動式の太陽光発電ルーバーを並べて、夏はそれがせりだして庇になるという提案をしていた。

省エネハウスいうと断熱材をいっぱい入れて、機密性の高い家ばかりが目立つけれど、開口部がどーんとあるので、風の通りもよさそう(外部環境を取り込む、と表現してた)。しかし、夏場はきっと、家の中まで太陽光が入り込むに違いない。学生に聞いたら、ちゃんと計算しているから入ってこないし、窓辺にハニカム構造の3㎝ほどの厚いスクリーンみたいなものを下ろせば、日差しが入り込まないと言ってたけど、どうなのかなぁ・・・・。

早稲田は浴室とキッチンをセットにしたて生活インフラをパッケージにしたアジアにもっていく、なんて説明してたけど、キッチンのコンロと冷蔵庫の間にエアコンを配置していたのは、ちょっとありえないと思うなー。

慶應はOMソーラーを入れた施工がうまくなかったとかで省エネ性能はあまりよくなかったけど、実際に住むという観点から選ぶとこの案がいいかな。

もっともどの案も、高温多湿のアジア向きではないよねぇ。(もっともアジアって、大雑把すぎるキーワードだよね。中東や南アジア、シルクロードのど真ん中はまるで違うのでは???)

東大の「CITY ECOX」
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早稲田ののびのびハウス
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慶應の共進化住宅
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by sustena | 2014-02-02 22:29 | Art/Museum | Comments(0)