いつもココロに?マーク

sustena.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:アラーキー ( 15 ) タグの人気記事


2016年 06月 22日

アラーキーのコンタクトシート

六本木のAXISビルに久しぶりに出向いた。お目当ては、IMA CONCEPT STOREで開催中の、アラーキーの「センチメンタルな旅-コンプリート・コンタクトシート」展。
c0155474_22592288.jpg

アラーキーが、陽子さんとの新婚旅行を撮った写真集「センチメンタルな旅」は、彼の「私写真宣言」ともいうべき作品で、1971年に私家版として制作されたものだが、そのコンタクトシート18枚653カットが展示されているのだ。

4泊5日の新婚旅行の間、アラーキーがどんな写真を撮り、どのカットを選び、どう並べたか。
なにしろ新床にまでカメラを持ち込んでいたのだ。ちょっとイン櫃で物憂げな陽子さんの顔、昔の旅館のたたずまい、植え込み、朝見下ろしたまちの風景、列車を待ってかがんでいる様子・・・・
当時の凍ったままの時間や濃密な空気が、じわじわとにじみ出してくるようだったなー。
(復刻版のこの写真集、買いたかったな・・・)

あわせてアラーキーがこれまで出版した写真集も「荒木経惟写真集アーカイブ」として一覧されていた。ものすごい量!

同じビルの2階のタカ・イシイギャラリーでは、同じくアラーキーの「写経老人A 76齢」も開催中。現在のアラーキーのミューズであるKaoRiさんをモデルにした写真のほか、「写真のすべてがあの世なんだ。あの世が楽園だっていうこと。カメラを覗いたらね、もうどこでも楽園なんだよ、今」と語るアラーキーが、空や屋上、片目の人形や怪獣のプラモ、朽ちそうな花など、エロストタナトスのまじったモノクロ写真が壁半分にずらっと並んでいる。
c0155474_2381711.jpg

六本木駅からAXISビルまでの道。
c0155474_2391273.jpg

c0155474_2392487.jpg

前もここを通ったとき、我とみたいと思って撮ったんだけど、5年以上経つのに、変わってないなんて・・・。
c0155474_23103666.jpg


by sustena | 2016-06-22 23:10 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 11月 26日

荒木経惟『往生写集』

c0155474_22221216.jpg銀座でアラーキーの写真展をやっている。一つは、資生堂ギャラリーで開催中の「荒木経惟 往生写集-東ノ空・PARADISE」(Pは鏡文字になっている)。もう一つは、資生堂本社ビル2階の打ち合わせスペースで『花椿』に連載していた著名人のポートレイト+ペインティング。

見たのはもう1カ月も前のことなんだけど、クリスマスのころまでやっているので、まだの人はぜひどうぞ。
「往生写集-東ノ空・PARADISE」 は、アラーキーが東日本大震災以降、毎朝自宅の屋上から撮り続けている空。モノクロの空を見ながら、3年半を思った。それと、銀座を行き交う人を撮りおろした最新作。これまたモノクロで、かつてアラーキーが電通に勤めていたころ、銀座のOLなどを撮っていたことと重なって、やはり過ぎた時間を感じちゃったなー。

一方の「PARADISE」 はカラー作品。朽ちかけた花と手足をもがれたり、血を流している人形や爬虫類が鮮烈なカラーで写され、ちょっとえぐいんだけど、パワフルなのー。
c0155474_22243243.jpg
c0155474_22244310.jpg

c0155474_2225312.jpg

c0155474_22251848.jpg


『花椿』ポートレイト+ペインティングは、『花椿』の穂村弘の対談「Talk」に出演したゲストを撮影した作品に、カラーのペインティングを施した写真展。写真展そのものよりも、ズラリ置いてあったバックナンバーで、銀座を舞台に、対談の二人をどう配置して撮ったのかがとても興味深かった。路上やビルの一角、電話ボックス。こんなにも自在に撮れるなんて、とタメイキものだった。

by sustena | 2014-11-26 22:32 | Art/Museum | Comments(2)
2014年 10月 14日

「アラーキーの書in 西荻窪」

このところ、11月に実施するアートイベントの事務作業その他が佳境で、本業とあいまっててんてこまい。
でもちょっと本日はジマンしたくて、久々にご近所ネタを。
それは西荻窪で開かれている「アラーキーの書」の展示。西荻窪は骨董品やがあちこちにあるんだけど、伊勢屋美術や駱駝、田螺堂など12店舗で、荒木経惟の書が並んでるのだ!

はじまりは,「ドンと行こうぜ ホンダラ大作戦」という、西荻でこの2月に開催された骨董・古本のイベントで、題字をアラーキーに依頼したこと。ついでに梁塵秘抄などの揮毫をお願いし、主催者が厚かましくも、もっと書いて・・とお願いし、ついには今回の書道展に発展したという。

写真もだけど、書も味があるんだよねぇ・・・・。
おなじみの「123死」とか「愛は怖い」とか、「禅裸」とか、造語・掛詞系はいっぱいあります。
11月9日まで開催されてますー。ぜひ西荻窪までおいでくださいませ。
c0155474_22465869.jpg

c0155474_22455170.jpg

c0155474_2247913.jpg

c0155474_22471994.jpg

c0155474_22472937.jpg


by sustena | 2014-10-14 22:47 | Art/Museum | Comments(2)
2014年 08月 24日

荒木経惟「往生写集」

c0155474_23131714.jpgアラーキーの「往生写集」(2014年4月刊 平凡社)は、心にしみる写真集だ。

今年の4月22日から6月29日まで豊田市美術館で開催された「荒木経惟 往生写集」展にあわせて出版された写真集で、アラーキーの第1回太陽賞受賞作「さっちん」、陽子さんとの新婚旅行「センチメンタルな旅」、なくなったあとに出した「冬の旅」、愛猫の死を撮った「チロ愛死」、電通時代に地下鉄の乗客を撮った「地下鉄」 や「銀座」などの作品から、昨年の「8月」「去年の戦後」「道路」、そして「東の空」と、50におよぶ新旧の作品300点が並ぶ。

アラーキーが繰り返し語っていた言葉を思い起こす。

写真を撮るというのは瞬間を止めることなの。
アタシの言葉でいうと息を止めるというか、仮死状態にすること。
それをプリントで見せる時に生き返らせるわけ。
だから生と死や彼岸と此岸とか、この道を行ったり来たりして、
よろよろしながら日記をつけるように撮っている感じなんだね。

ことに、壊れたレンズで撮った「8月」、花の中に少女の人形をおいて撮った「堕楽園」・・いやいや、挙げ出すと全部イイ、になっちゃうな。

けさ、久しぶりに近くの公園を散歩。アオサギが獰猛な顔をして、あちこちを眺めていた。
c0155474_23124979.jpg

空景(1990)、センチメンタルな旅(1971)、愛のバルコニー(1982-2011)、Aノ楽園(1998)、チロ愛死(2010)、冬の旅(1991)、センチメンタルな旅・春の旅(2010)、空景(1989-1990)、堕楽園(2011)、PARADISE(Pは左右反転が正式表記。2014)、さっちん(1964)、アラーキーのニッポン(仮、2005-2013)、新潟エレジー(1988)、裔像(1978)、センチメンタルな京都の夜(1972/2014)、東京夏物語(2005)、銀座(1965-1967)、 地下鉄'72(1972)、8月(2013)、去年の戦後(2013)、道路(2013)、東ノ空(2014)
メランコリックな旅 浜田優
荒木の地獄 マリオ・ペルニオーラ
Aと私たちみんなの秘密 藤野可織

by sustena | 2014-08-24 22:48 | 読んだ本のこと | Comments(6)
2014年 06月 07日

荒木経惟 「左眼ノ恋」

c0155474_15153276.jpg江東区清澄のタカ・イシイギャラリーで、アラーキーの「左眼ノ恋」と題した個展が開かれている。

アラーキーは、前立腺癌に続いて、去年の10月に右眼網膜中心動脈閉塞症によって、なんと右目の視力を失ってしまったのだという。とはいえ、相変わらず精力的に撮影を続けている。この個展では、昨年末から今年初めにかけて撮った写真の中から65点を選び展示してあった。どの写真も、ポジフィルムの右側を黒いマジックで塗りつぶしたものをプリントしてあった。

片目が見えないということは、写真家にとってどれほどの衝撃なのだろう。

シーラカンス(それとも鯉? )のオブジェを持った女性や、女性のヌード、いつもの屋上の怪獣たち、毒々しいまでの花、町なかの風景など、撮影対象はさまざま。前立腺癌を発表したあとに、同ギャラリーで開いた「空2」では癌や死という文字を空に書いていたことを思い出す。癌も、失明も写真の力としていくアラーキー。

タイトルは、20歳の頃に影響を受けたエド・ヴァン・デル・エルスケンの写真集『セーヌ左岸の恋』と左眼だけで見ているというかけことば。

タカ・イシイギャラリーの近く。この手書きの文字が気に入ってパチリ。
c0155474_20552321.jpg

たまにはモノクロで。
c0155474_22334144.jpg


by sustena | 2014-06-07 20:56 | Art/Museum | Comments(2)
2011年 07月 30日

『天才アラーキー 写真ノ愛・情』

c0155474_1881942.jpg『天才アラーキー 写真ノ愛・情』(2011年5月刊 集英社新書)を読む。
『天才アラーキー写真ノ方法』『天才アラーキー写真ノ時間』に続くシリーズ第3弾。和多田進さんが写真を選び、アートデザイナーの鈴木一誌さんと編集の女性も加わって、選んだ写真を中心に、アラーキーに写真についてあれこれ聞いた話をまとめたもの。

ほとんど、これまでいろいろな本で書かれた内容ばかりで、写真も、「遺作空2」やチロちゃんの死を撮った個展などで見たものも多いから新たな発見はほとんどなかった。それでもあらためてアラーキーの写真を見ながら、アラーキーのしゃべりにひたっていると、すぐそばで解説してもらってる気になる。私は第4章のバルコニーの写真と、第6章の街のスナップが大好き。それとつくづく思ったのは、やはり癌というインパクトはめちゃ、大きいんだなぁということ。

いくつか印象に残った文章を抜き書きしておく。

いまの写真はデザイン感覚っていうか、空間というか絵の方が気になっちゃっう写真のほうが多いような気がするけれど、アラーキーの場合は、時と空間とどっちを重要視するかというと、時のことがものすごく大切ってこと。「そん時が写ってる写真」を大切にすべし。

そして街では、通りすぎていく状況に対してのすばやい所作があるだけでいい。もたもたしてるうちに状況は通り過ぎちゃったりする。
「ひととひととのぶつかりあい、それぞれの人生が街でまざり合う・・・。そう、みんな個人だっていうときの一瞬の反応はさぁ、とっさでなきゃぁとらえられないの」。

そして、街の気配をとらえるということ。
c0155474_22433185.jpg


by sustena | 2011-07-30 22:43 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2011年 06月 20日

荒木経惟+中上紀 『再びのソウル「記憶」』

c0155474_21415372.jpg図書館にアラーキーの写真集『再びのソウル「記憶」』(アートン 2004年10月刊)があったので借りてくる。

アラーキーの韓国行きは1982年にはじまり、1984年に中上健次と共著で『物語ソウル』を出版。その20年後、アラーキーは再び、健次が愛した、急速な近代化の中で消えゆく路地や、タル・トンネ(貧民街)」を健次の娘とともに歩く。もうひとつのセンチメンタル・ジャーニー。

インチョンの空港からソウル市内へ。アラーキーお得意のクルマド、近代化から取り残されたような路地、たまにしか通らない線路を歩くカップルやそこを犬とともに散歩するおばさん、坂道、食べかけのデザート、ミョンドンの繁華街を歩くひとたち、夕闇を走る子ども・・・。

次から次にうつりゆく写真に、ときどき、いかにもアラーキーらしいアングルや表情がすべりこむ。

巻末にやはり父と同様に作家になった紀の「流木のソウル」と題した短編が収められている。

・・・ソウルの夢は、果てしなく続く。流木のように漂う数え切れないほどの記憶の断片が、物語になっていく。父のいない物語。いや、父はいないのではなく、別のものに姿を変え、確かに存在していた。線路際に咲く花。通りに充満する肉を焼く匂いの粒子。彼女を作る細胞の一つ一つ。ただ、姿が見えず声が聞こえない。それだけこのことだった。・・・・

ソウルの空気が甦ってくるような写真集だった。
c0155474_213861.jpg
c0155474_21381544.jpg
c0155474_21382361.jpg


by sustena | 2011-06-20 21:39 | 読んだ本のこと | Comments(6)
2010年 11月 20日

荒木経惟「愛ノ時間」

c0155474_0514381.jpgライカ銀座サロンで、アラーキーの「愛ノ時間」という写真展をやっている。からだの線がくずれた中年女性のヌードや、美人のアンニュイな表情までいろいろで、たった14点だけど、モノのプリントの美しさにぽぉぉーっとなってしまうのであります。
展示されている写真は全部ライカで撮ったものだそーです。
12月5日まで。

↓ダメダメ写真なのだけれども、影が気になって捨てられない。
c0155474_22415729.jpg


by sustena | 2010-11-20 22:42 | Art/Museum | Comments(6)
2010年 08月 21日

荒木経惟『いい顔してる人』

c0155474_23384316.jpg図書館の新規購入図書の中に荒木経惟の『いい顔してる人』(2010年6月刊 PHP研究所)があったので、さっそく借り出す。
アラーキーの人物写真がたくさん載ってるのかなァという期待ははずれ。顔はいろんなその人の想いや生き方を映し出す、顔こそヌードなんだという話、周りの人、隣の人との関係性がいい顔をつくるって話、トシをとったらシワに誇りを持てるようなのがいい顔なんだって話とか、彼がこれまで撮った写真も時折例に出しながら、アラーキー節で「いい顔」について語りおろしたもの。
これまであちこちで読んだ話と共通しているんだけど、がんがわかってからの聞き書きなので、その話題も時折顔をのぞかせる。空2の話や、先日見た死んだチロちゃんを撮ったときの話も出てくる。

アラーキーだなぁと思ったのは、最後のほうのこんな話。

陽子さんをなくして、棺桶に入った彼女の写真も撮った、死化粧しtれ白くは塗ってくれていてもどこか黒っぽい。

「それをオレは、撮った写真をプリントアウトイするときに、顔の部分をちょっと覆い焼きしてさ、光を感じさせるようにしたわけ。顔の辺りだけハイライトにして、光を放っているような雰囲気に。
それがオレなりの、写真家としてのメイクアップなの。嘘つきですよ。でも、嘘がいちばん大切なんだよーう。写真を撮るときは、愛するっていう嘘がないとだめなの」

そして言うのである。

「ハイチの震災のあとにさ、少年の死体にハエがたかっているような写真があったろう? その現実を撮った写真はすごいなあとは思うけど、オレにはそれ、撮れないよ。
なぜならばオレは、あのハエを払っちゃうから。
ハエのたかる現実が本当のことなんだとしたら、それを払って、がれきの中で笑顔の写真を撮ることは、嘘つきというのかもしんない。
でもなあ、少年少女という存在には、本当にがれきの中で笑い続けるくらいの生命力があるってことを、撮っているかもしれないんだよ。
オレはね、そう信じるんだ。(略)
たとえ死がすぐそばにあったとしても「ずっとずっと生きているんだ!」っていう、あの圧倒的な感じをオレは撮りたい。「アタシの写真は私しゃし案だ」って言ってきてるのは、そういうことなんだから。
嘘つきとは写真であり、写真とは愛であり信じる力なんだよ・・・・なんつって。

第1章 顔こそヌードだ
第2章 いい顔のつくり方
第3章 女のいい顔
第4章 男のいい顔
第5章 顔は見られてこそ磨かれる
第6章 みんなが知ってるあの人の顔
第7章 街が顔をつくる
第8章 死に顔で人生がわかる
c0155474_9264933.jpg


by sustena | 2010-08-21 11:01 | 読んだ本のこと | Comments(4)
2009年 12月 26日

荒木経惟「遺作 空2」

c0155474_1542214.jpg清澄白河の、タカ・イシイギャラリーで、アラーキーの「遺作 空2」という写真展をやっている。
アラーキーがいつも撮ってるバルコニーから見た空に、赤や黄、緑、白、黒のペイントをぬりたくったもの、死亡記事を張り付けたり、古代文字を描いたり、エロスいっぱいの花や、ヌードや、目をコラージュした写真がずらーっと並ぶ。

  なんで「空2」かって、「に」や「ニ」じゃダメなんだ。
  「2」じゃないと。
  昔から言ってるけど,写真というのは現実や人生の模倣、現実の贋作であって創作じゃないんだよ。
  だから2番目のコトなんだよね。
  全部、0(霊)感でやってるんだけどさ。
  空に何かを描いて「もうひとつの私の空」を創るっていう気分もあった。
  ・・・死のことを思うと生のことを思うようになるね。

新潮社から、写真集も出版。ページを繰ると、123死と描かれた空が出てくる。「死」の文字が大きく浮かび上がったものも。癌の手術を経て、死を思い浮かべつつ、空がキャンパスとなった写真展。写真の枠におさまりきらない凄味があるのだった。

DVDのアラキネマジック 空2がすごくよかった。
c0155474_0574977.jpg

エレベーターの中でぱちり。
c0155474_058936.jpg


by sustena | 2009-12-26 01:02 | Art/Museum | Comments(6)