いつもココロに?マーク

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2008年 02月 03日

豆まき

東京は今年二度目の雪。近くの神社で豆まきがあるというので、長靴をはいて出かけた。
親子が袋を持って三々五々やってくる。小学生以下は一番前の特等席が準備してあって、時間になると、スーツ姿のおじさんがぞうぞろ。えーっ、袴じゃないの?なんだか、がっかり・・・。
太鼓の音と同時に、袋入りの豆やみかん、おもちゃなどがまかれ、我先に奪い合っていた。このときの写真はなんだかあわててて失敗。
というわけで、始まる前の一枚をアップ。
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# by sustena | 2008-02-03 17:47 | GRDIIレッスン | Comments(0)
2008年 02月 03日

小笠原喜康『議論のウソ』

日本大学文理学部・小笠原喜康教授の『議論のウソ』(講談社現代新書)を読む。
メディアをにぎわすさまざまな言説のホントのところはどうなのか、どんなスタンスで物事を考えるべきかを、4つのウソを取り上げて考えた本。

少年凶悪犯が10年前の倍だという、ある日のニュースに材を取り、統計の魔力について論じた「統計のウソ」、ゲームばっかりやっていると、痴呆の脳になってしまうかもしれないとして、世の母親たちを震撼せしめた「ゲーム脳の恐怖」のマヤカシについて論じた「権威のウソ」、優先席では携帯電話の電源はオフに、という常識は、携帯電話や医療用機器の妨害電波排除能力向上によってさほど影響を与えなくなっているにもかかわらず、旧態依然のルールがいまだ続いている。時間とともに何が正しいかも変わってくることをまとめた「時間が作るウソ」、ゆとり教育によって子どもたちの学力が危ない!と一大批判が起きたが、OECDの学力調査で測ることができる能力を養ってこなかったにもかかわらず、マスコミもこぞってゆとり教育批判に走るのはヘンと指摘する「ムード先行のウソ」。なるほど、見出しだけでわかった気になっていたなぁ、自分でホントのことを調べもせず鵜呑みにしていたなぁ、と思い当たることが多かった。

たとえば、冒頭の少年凶悪犯が10年前の倍という話。たしかに10年前と比較すると凶悪犯の総数は1.93倍で約2倍高くなっている。しかし、子細にみるとどうなるか。

凶悪犯が増えているのは、強盗が増えているからであって、強盗か恐喝か、どちらに分類するかは検挙側の姿勢でかなり左右される数字であることに触れたあと、われわれがよく見る少年非行の増加グラフは、実は発生数ではなく、検挙数であることに注意をうながす。
次に少年非行の内訳を見ると、最も多いのは窃盗犯で56%(うち半数は万引、2割は自転車盗)、凶悪犯は2%であった。また32%を占めている「その他」のうちの8割は「占有離脱物横領」という比較的軽微なもの。そして、検挙数の増加は、これら万引や自転車盗、占有離脱物横領などの「初発型非行」の増加とパラレルであって、それは少年非行の「前兆」をキャッチするために、警視庁が取り締まり強化に乗り出した時期と一致することを、他のデータなども駆使しながら解説する。

つまり、ここで重要なのは、センセーショナルな凶悪犯が2倍という数字に踊らされることなく、むしろ、軽微な犯罪の蔓延こそ問題であるとその背景をキチンと吟味していくことなのだ。

統計やデータは、ある意図をもって引用されることも多い。私たちは「わかりやすさ」や「正解」をすぐに追い求めたがり、どこかで聞いた「結論」でもってナットクしがちだけれど、ウソに自覚的になること、そしてわからないときは、結論を留保することも必要なのであーる。

ところで、この本は、ワタシが物事に騙されないように、と思って読んだわけではなく、息子の小論文対策の指導のヒントになるかなーと思って借りてきたのであります。web2.0から、環境問題、人工知能、都市と農村など、いろいろなテーマのうち、私だったらどんな論文を出題するかなーと、思い描きつつ、自分のアタマでモノを考えようとしない息子を叱咤激励しているこのごろ。うーん、ドロ縄だわ・・・。
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写真は、昨日この本を読みながら過ごした新宿高野本店のキウィジュース。おいしかった♪

# by sustena | 2008-02-03 00:10 | 読んだ本のこと | Comments(4)
2008年 02月 02日

「迷子の警察音楽隊」

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シネカノン有楽町でイスラエル映画「迷子の警察音楽隊」を観る。

文化交流のためにイスラエルにやってきた、エジプトのアレキサンドリア警察音楽隊。空港についたものの出迎えはなく、独力で目的地〈ペタハ・ティクバ〉に行こうとするが、ついたところは、ホテルもない、がらーんとした辺境の町〈ベイト・ティクバ〉だった。しかも、バスは1日1本だけ。いまさら引き返すこともできない。食堂の女主人・ディナに食事を出してもらい、一行は3つのグループに分かれて、その街で一夜を過ごすことになる。

団長のトゥフィークと、ハンサムな若手団員カーレドはディナの家に。20年間、団長の助手をつとめてきたシモンら三人の楽団員は、食堂の常連のイツィクの家に。イツィクは1年近くも失業中で、しかもその日は妻の誕生日というのに!

長年対立していた、ユダヤ人とアラブ人。接点もまるでないし、いきなりなごやかに過ごせるはずもない。音楽は国境を超えて・・なんてすんなり行くのではなくて、それぞれワケアリの登場人物たちのおずおずとしたコミュニケーションが、少しずつ積み重なって、固い氷がじわじわ解けるように、あたたかい気持ちがつながっていく。

地元の若者パピ(オンナを知らないwebデザイナーとゆーイメージ)のダブルデートにくっついていったカーレドが、パピにデート指南をする場面、警察音楽隊が勇壮な行進曲でなく、なぜウム・クルスーム(いってみれば、優美で泣き節の民族音楽)を弾くなんてと尋ねるディナに、「なぜ人に魂が必要なのかと聞くのと同じだ」とトゥフィークが答える場面、作曲中の協奏曲のエンディングに悩むシモンに、イツィクが「協奏曲のラストは、派手に盛り上げるのではなく、明かりと赤ん坊が眠るベッドがある小部屋のように、静まって、深い寂しさが漂う感じ……」という意味のことを話しかける場面。どれもじわ~っと効いてくる。

キャストはいずれもハマリ役。監督は1973年イスラエル生まれのエラン・コリリン。オススメ。

写真は夕方の銀座。空の色がとろんとしていて、工事中の壁の前に占い屋さんが出ている。

# by sustena | 2008-02-02 22:08 | Theatre/Cinema | Comments(1)
2008年 02月 02日

西荻散歩

西荻図書館からの帰り道、探検気分でいつもとは違う道を通ると、なんということもないアパートだけど、赤い手すりが効いていたのでパチリ。
ひょっとしてスクエアモードで撮るといいかもしれないと思ったけど、まだ28ミリの画角をカラダにしみこませている途中なので、断念。
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チャリを漕いでいて、あっ、この角度のこの絵、と思う一瞬があって、GRDIIを取り出すのだけど、頭に浮かんだイメージと、液晶越しに切り取られるフレーム(や光の具合)が未熟者だからピッタシということは少なくて、でもたとえば、構図の場合、液晶を覗きながらウロウロすると、もっといけない。最初にここ、と思った地点がしっくりくる、ということを繰り返している。
この写真は関根橋の近くのおうち。ここの前を通ったというだけの証拠写真にとどまってますねー。
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# by sustena | 2008-02-02 21:16 | まち散歩 | Comments(1)
2008年 02月 01日

新宿駅前

所用があって、新宿紀伊国屋へ。地下を通らずに、新宿駅から地上に上がる。
もっか、オートにお任せの場合と、スナップモードのとき、マニュアルでメートルをだいたいあわせて撮る場合と、どれが一番ピントがあいやすいかを実験中。
というわけで、なんということもないけど、撮っただけの写真を並べてみる。
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ちゃんと構えて撮っていないこともあって、結論は出ないままなのでした。

# by sustena | 2008-02-01 20:57 | GRDIIレッスン | Comments(1)
2008年 01月 31日

三浦しをん『あやつられ文楽鑑賞』

c0155474_2323047.jpg三浦しをん『あやつられ文楽鑑賞』(ポプラ社 2007年5月) は、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞した三浦しをんの文楽にハマったエッセイである。文楽の解説本や入門本はこれまでもいろいろ読んだのだけれど、背伸びせず、通ぶらず、好奇心マンマンで、文楽のハテナに迫る作者の筆致が実に快い。

楽屋を訪問して、燕二郎(現・燕三)、勘十郎、咲大夫に素人の素朴な質問をぶつける。
文楽人形ってけっこう重たくてそれを支えるにはかなりの指の力が必要なんだけど、勘十郎に「指の力って、どうやったらつくんですか?」「人指し指と中指で電話帳を挟んで持ちあげ、ブルブル震えがくるまで中空で維持してました」。ナルホド・・・。

襲名披露の燕三からは、超絶技巧の三味線よりも、一音で模様を奏でるほうが難しいことを聞き出し、「大リーグボール三号のようなものですよ」なんてセリフをひきだしている!

ストーリーの紹介も実にうまい。現代感覚たっぷり。たとえば、『仮名手本忠臣蔵』の「祇園一力茶」屋の段で、由良助の比喩をほめ、わかりやすい礼を紹介してくれる。仇討ちを果たしてもやりそこなっても、「どちらでも死なねばならぬ、といふは、人参呑んで首くくる様なもの」。また、足軽なのに命を捨てて仇討ちしようなんて「そりや青海苔貰ふた礼に、太々神楽を打つやうなもの」。床下で盗み聞きしていた九太夫をおかるの兄・平右衛門に引き渡すとき「加茂川で水雑炊を食らはせい」。なんとヤクザ顔負け!とうなるのである。

あるいは、「山科閑居の段」。雪の玉が何を表しているかと、由良助が力弥になぞかけする場面の二人の会話を、まるで「会社の朝礼での部長の訓示」みたいだと絶妙のたとえ。そして、いつも出てくるのが遅い由良助を、遅いぞー、用心深くて陰険だぞー、とケナすのである。

複雑にからんだ筋を上手にときほぐしつつ、「仮名手本忠臣蔵」が、決して仇討ち成功おめでとうではなく、「忠義に対する懐疑的な視点」を大切にしているホンであることを、書き留めている。

『女殺油地獄』の魅力の伝えっぷりもほれぼれしてしまう。油屋のお吉に与兵衛が金をせびる場面。お吉と与兵衛がどんなカンケイだったかを、こんなふうに語る。
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無軌道なふるまいばかりの与兵衛であるが、お吉に対しては非常に誠実である。たとえばお吉が、金を貸すのを渋り「あなたとイイ仲じゃないかという夫の疑いを晴らすのが大変だった」と言ったシーン、(略)からかって挑発しているのも、お吉のほうである。夫が留守の夜の家で、若い男と二人っきりなのだ。(略)それなのに、「夫の疑いを晴らすのが大変だったわぁ」とは、なにごとか。私が与兵衛だったら、「で、お吉さんはどうやって疑いを晴らしたんだろう」とモヤモヤムラムラしちゃうところだ。(略)ガバチョ!と押し倒してるところだ。
 え、ケダモノですか、私。でもお吉の発言は、二十三歳の若者に対して、それぐらい威力があるというか、あまりにも心ない無神経な言葉だと思うのである。意地悪だなあ、人妻は。
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ね、文楽って、現代の人間の心理とゼンゼンかわらないんだなぁ、なんてナットクしちゃうでしょ? 一方、荒唐無稽なスジや、ご都合主義なところ、理不尽なところなどは、ありえねー、って感じなので、ああ、素直にそんなふうに感情をぶつけて見てもいいのね、ミーハーでいいのね、と同じ素人鑑賞者としては、ホッとするんである。

文楽の魅力とは何か。いろいろあるけれど、物であるはずの人形が、大夫、三味線、人形と三者の力によって、命がふきこまれ、人間以上にひとの心を体現する瞬間。純度の高い悲しみと劇的高揚を覚える。その「文楽マジック」が発動するからなのだ。

同じ作者の文楽が舞台となった『仏果を得ず』も読みたいのだけれど、こちらは図書館で100人待ち。そうそ、杉山其日庵の「浄瑠璃素人講釈」(岩波文庫)も要チェック!

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この写真は、琴平町の金比羅大芝居(金丸座)。2004年DiMAGE7i F2.8 1/4秒 ISO200
こんなところで、歌舞伎を観てみたいなぁ。文楽なら京都南座にも、大阪の国立文楽劇場にも、そして内子座にも行ってみたいなぁ。

# by sustena | 2008-01-31 23:16 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2008年 01月 30日

低圧引込盤

本日は淡路町へ。奥まったところにある年季の入った家の雰囲気がすてきだったのだけれど、かんかん日和で、向こうはめちゃ日が当たっていて、手前はモロ日陰。だめだー、こんな被写体は一番苦手だ~。
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あきらめて、帰社を急ぐ道すがらに、聞き慣れない名称のものが。「J形低圧引込盤」とある。分電盤とか、配電盤とか、まるで私にはチンプンカンプン。それにしてもこの落書きはいったい・・・。引込盤だけドアップにしてみたけど、なんだかサマにならず、ひいて撮ったものをアップ。でも迫力がないわ~。
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# by sustena | 2008-01-30 22:43 | GRDIIレッスン | Comments(2)
2008年 01月 29日

撮影チャンスなし

きょうは、ほとんど撮ることができなかった。
「あっ、これっ」て思うシーンがなかったのだ。午前中は会議、午後にクライアントのところに行くときも、同僚が二人一緒だったし。
というので、1枚だけ。エスカレーターを降りるとき、ホームで女のひとが二人せっせとケータイをしていて、その配置がよかった。でも、カメラをごそごそ取り出すのに時間がかかっちゃった。

たしかリコーの社長だっけ、GX100とGRデジタルを比較して、こんなふうに表現していた。GRDは切り出しナイフ。ハッと思ったときに懐から取り出して一閃、スパッと切っちゃう。一方、GX100は多機能アーミーナイフ。用途にあわせてジックリと。

わたしの愛機はナマクラか、いえ、私のウデです(;o;)
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何人かがズラッとケータイをやってるところをねらおうと思うんだけど、これがなかなか手頃なターゲットがいない。

# by sustena | 2008-01-29 22:04 | GRDIIレッスン | Comments(1)
2008年 01月 28日

モノクロ2題

モノクロの気分というものがあって、どんなとき、モノクロを撮りたくなるのかよくわからない。きょうは2枚をアップ。1枚は、神宮前にあるプロダクションに行くときに、フト上を見上げたときの電線のくねくねがなんだかゲージツしてたから。下はちょびっとトリミングするほうがいいかも。
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もひとつは、勤め先のあるビルの1階でショーウィンドウの飾りつけをする人。こちらはちょっとトーンカーブをいじりました。
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先日読んだアラーキーの『写真への旅』での「一日だけの写真展」でのアラーキーのアジ演説を。
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ともかく、パーチバチ撮って、バンバン写真展をやろう。可愛い赤ちゃんを撮ったら、隣近所に見せて歩こう。回覧板があったら、それにはりつけて移動写真展にしてしまおう。七五三の写真は、郷里のおじいちゃんおばあちゃんに送るだけでなく、電話帳で住所を調べて赤の他人様にまで送ってみよう。きっと手紙がくる。それが批評というもんよ。団地だったら、掲示板にはるのもいいなあ。

(略)・・君のふみこさんの写真を定期入れに入れて、わざと校庭に落とすのよ。そうだなあ、鉄棒のあたりがリアルでいいなあ。そうすると、だれかが拾って、いろんな生徒に見せるだろ。君のところにもどってくるまでに、百人以上の生徒が見るだろうな。ちょっとカッコイイ写真展じゃない。やってみたら。

とにかく、バーチバチ撮って、バンバン他人様に見てもらうことです。写真展は、どこでも、いつでもできるのです。
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こうやってへたくそな写真をブログにアップしてるのも、写真展の一種かなあ。

# by sustena | 2008-01-28 23:34 | GRDIIレッスン | Comments(0)