いつもココロに?マーク

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2008年 02月 21日

銀座駅、階段の光

けさ、銀座駅から地上への階段をのぼろうとしたら(工事中のみずほ銀行のところ)、差し込んでくる光が強烈で、シルエットが美しい。「あ、撮ってみたい」と思ったけど、光のかげんとか、むずかしかった・・・。なかなかイメージ通りにいかない・・。
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# by sustena | 2008-02-21 21:34 | GRDIIレッスン | Comments(3)
2008年 02月 21日

トロピカーナな工事壁

工事現場の写真が好きなんだけど、なかなか「これ」といった写真が撮れない。でも、工事の外壁の絵はなかなか楽しい。これは渋谷でみかけた。なんかトロピカーナ。
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# by sustena | 2008-02-21 21:31 | 看板・サイン・ポスター | Comments(0)
2008年 02月 19日

マルジャン・サトラピ『刺繍-イラン女性が語る恋愛と結婚』

c0155474_23471680.jpgマルジャン・サトラピ『刺繍-イラン女性が語る恋愛と結婚』(明石書店 2006年7月)を読む。『ペルセポリス』で話題を呼んだマルジャンが、現代イラン女性の恋愛、性、結婚観について、ユーモアと毒気をちりばめて綴ったコミックエッセイである。

いやあ、なんとまぁアッケラカンと、女性たちが下ネタを繰り出すことか。女性たちの陰口まじりの「おしゃべり」は、「心の換気」なのだ。

親に決められた結婚で、好きな人に別れを告げに行き処女をなくしたナーヒード。どうしたらいいのとアドバイスを求められたマルジャンのおばあちゃん、初夜にカミソリを忍ばせ、自分の脚をちょっと切れば大丈夫と請け負ったのだが・・。まだ服も脱がないうちに大声を出し、あろうことか、相手のナニを切ってしまった、なーんて話。

あるいは、妻がいいか、愛人がいいか? 奥さんは夫のよごれたシャツ、きたないパンツ、毎日のアイロン、口臭、痔の出血、風邪、機嫌の悪さ、好き嫌い、気まぐれをぜーんぶガマンしなけりゃならない、なんてホンネ。

25年もかけて育て上げた男を、若い女に奪われたくないと、お尻の脂肪を切り取って、胸に注入し、胸が大きく、お尻が小さくヘンシンした女性。「今ではもう主人は私の胸に夢中。私が美しくてセクシーだとか、ブリジッド・バルドーに似ているとか(略)。でも、あのばかは、私の胸にキスするたびに、実はお尻にキスしているんだってことを知らないのよ・・・」。

ちなみにタイトルの「刺繍」とは、処女膜再生のこと。
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写真は、「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ2006」でのアニラ・ルビク(アルバニア)の作品、「ミラノ - 東京:往復便」。作者のスケッチをもとに十日町の主婦たちが刺繍を完成させた。アニラは、お寿司にエロチシズムを感じたという。

# by sustena | 2008-02-19 23:50 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2008年 02月 17日

柳沢保正『カメラは時の氏神-新橋カメラ屋の見た昭和写真史』

c0155474_17471512.jpgちょっと年配のカメラファンならウツキカメラの名前をご存知の方も多いのではなかろうか。店主の宇津木發生(うつき・はつお)さんは、大正7年生まれ。神田の織物問屋の跡取りになるはずが、カメラ好きが高じて国民新聞(のち東京新聞)に就職し、太平洋戦争前夜から戦時下を写真部員として過ごした。その後昭和21年に新橋にカメラ屋を開業し2005年に廃業するまで約60年間、新橋と銀座を拠点に、カメラの移り変わりを見つめてきた。

この『カメラは時の氏神-新橋カメラ屋の見た昭和写真史』(2008年2月 光人社)は、ウツキカメラ店に通いつめ、宇津木さんの話にほれこんだ朝日新聞記者の柳沢保正さんが聞き書きをまとめたもの。

第一部が「新聞写真部員の戦中奮闘記」。カメラにほれ込んでプラウベル・ローロップを買ってから、ほしいカメラが出てきては売り-買いを繰り返しそのまま仕事にせんと写真部員として国民新聞に入社。かけだし写真部員として奮闘する。宮内省で御真影を逆さまに複写しようとしたところを見つかってお目玉をくらったり、情報統制下に、苦労して撮影した写真が載らなかったり。はたまた、墜落したB29を撮りに行ったところ大きすぎて、斜めの位置から翼をやや寸詰まりに写したら、朝日新聞は同じものを主翼を正面から撮影し、翼が横にずーっと長くのびた絵柄としたため、大きさが際立って見える。あーあ、こんなふうに撮らなきゃと反省したり、戦中のエピソードが満載だ。あのころの新聞社がいかに経費におおらかだったか、また、エアブラシでの修正などあたりまえで、ソロモン海戦での大勝利を伝える写真が、伝送の状態が悪いので、各社が修正を加え、まるで違った写真になってしまったこと。玉音放送の日、人々が宮城前広場で玉砂利に伏して嘆く写真を、これまで能天気に、買軍部のいいなりの記事を書いていた新聞が、これが敗戦国民の姿だなんて、載せていいのか───といった議論が各社であったこと(とはいえ、毎日新聞は写真を大きく掲載し、しかれ、モンタージュで人数を増やしていたらしい)、各社が米軍進駐直前に不都合な書類や写真記録を処分したこと。毎日は隠したため、記録が残った。戦争中の写真で毎日新聞のものが圧倒的に多いのはそのためとか。裏話がめっぽうおもしろい。

第二部は「新橋カメラ屋繁盛記」。新橋に開業してから今日までの移り変わりを描く。進駐軍の横流しのカメラが飛ぶように売れたこと。24時間体制のDPが大いに繁盛したこと。ライカM3出現の衝撃。カメラの歴史など、とんと知らない私にもすこぶるおもしろかったので、戦後のカメラ事情に興味のある向きは、膝を打つことうけあいだ。

しかし、カメラがオートになり、「押せば写るもの」となって、カメラは家電製品と同じになってしまう。さらにデジカメが登場し、インターネットオークションなどが隆盛になる。それは古き良きカメラ屋の終焉でもあった。
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   むろんカメラ屋はなくなりはしない。カメラ好きもちゃんといるし、店先での語らいもネットでは得られないものである。
   しかし、現実に客が別ルートから安いものを買っている以上、カメラ屋もその現実と向かい合わざるをえない。そのうえでカメラ屋になにができるか。適応できないところは消えていくしかない。そうして、いくつもの店が扉を閉めた。
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新橋、銀座界隈は戦前からずっと日本のカメラ屋のメッカであったが、その数も今は十指に満たない。

最後の一文。

ここで六十年を過ごした發生にとって、カメラは終生変わることのない友、「時の氏神」であった。しかし、そのカメラの氏神は、最後に微笑んではくれなかったのである。
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写真は、銀座交詢ビル横。学生時代に銀座でバイトをしていたとき、能楽堂ビル近くのカメラ屋さんにお世話になったことを思い出した。ニコンが並んでたビルもいまはマツモトキヨシである。

# by sustena | 2008-02-17 17:50 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2008年 02月 17日

アン・リー「ラスト コーション」

ル・シネマで、アン・リー監督の「ラスト コーション 色l戒」を観る。
Lust,Cautionというとサッパリわからないけど、言ってみれば肉欲と警告ですね(私は綴りを見るまでは、最後の警告かなーなんて思ってた)。

1940年代の日本占領下の上海。傀儡政権の特務機関の顔役イーを、トニー・レオンが、彼を色仕掛けで落とす女スパイ、ワン・チアチーをタン・ウェイが演じる。
私は、どこかちょっぴり情けない感じの(つまりムキムキハンサムとはちょっと違う)トニーレオンの大ファンなのであります。今回も、孤独でくらーい目をしたイーを冷たくそして熱く演じていた。タン・ウェイもすばらしい。二人の性描写は、中国映画でここまでやっていいのかと驚きました、はい。(それにしても、映倫め)

ストーリーで私がもっとも惹かれたのが、イーを殺そうとするのが、最初は大学の演劇サークルメンバーのたわいない思いつきからだったという点だ。抗日の芝居の主人公役で大喝采を浴びた少女が、イーに近づく。最初は演技で、主演女優のつもりだったろう。幼稚な計画が失敗に終わり、屋敷を引っ越そうとするメンバーたちのもとに、彼らの行動はすべて知っていたのだとやってきた男を、メンバーが殺す場面。単に頭で描いていただけの人を殺すという行為から、実際に手を下すことになる、その大きな落差(学生たちがみな、はまり役)。

ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。

写真は、東急百貨店本店から、工事中のブックファーストを望む。
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# by sustena | 2008-02-17 16:42 | Theatre/Cinema | Comments(0)
2008年 02月 17日

東京マラソン

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本日は、息子の受験の日。東京マラソンとぶつかるというので、念のため最寄り駅までいっしょに行くことにした。親バカであります。
駅からは一本道だったので、地上に上がったところでおサラバ。田町駅前の歩道橋から、クルマのいない第一京浜を記念にパチリ。

# by sustena | 2008-02-17 16:04 | GRDIIレッスン | Comments(0)
2008年 02月 16日

光の春

朝近くの公園を散歩。梅がちらほら咲き始めた。あーん、いい光がほしい。
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すぐ近くにコサギがいますよ、と散歩してたおじさんが教えてくれた。
池面にお日様の光がまぶしくて、避けて撮ったらまるで平凡。
逆光をうまく活かせないかと思ったけど、まるでダメ(小2枚)。いい手がないかなぁ。どなたか、コツを教えてくださーい。
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# by sustena | 2008-02-16 14:18 | GRDIIレッスン | Comments(3)
2008年 02月 16日

梅田望夫『ウェブ進化論』

梅田望夫『ウェブ進化論─本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書 2006年2月)を読んだ。2年前の新書。ふつうこの手のネットの話となると、2年も経つとすっかり古くなるものだけれど、この本は、いま読んでもわくわくする。

著者の梅田さんは1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業後、東京大学大学院情報科学科修士課程を修了。1994年からシリコンバレーに在住。インターネットで世界が変わるという熱気を肌で感じてきた人だ。2005年からは(株)はてなの取締役として、IT分野の創造的な進化をリードしてきた。

インターネットが登場して10年。インターネットの真の意味は、「不特定多数無限大の人々とのつながりを持つためのコストがほぼゼロになった」ことだと筆者はいう。「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」。この3つのインパクトによって、ネット世界が大きく発展しはじめた。

たとえば、今や「総表現社会」である。フツーの人が文章を書き、写真を撮り、音楽をつくり、映像を作る、そしてそれをインターネット上で発信する。これまでは、フツーの人の作品など、鑑賞に値するものはたいしてないし、玉石混淆の厖大なコンテンツからどう「玉」を選びだせるというのだ、と冷笑半分だった。それがGoogleがネット上に「情報発電所」ともいうべき巨大コンピューターシステムを構築し、ウェブサイト相互に張り巡らされるリンクの関係を分析することによって、知の世界の秩序に地殻変動をもたらした。何かを発信すれば、だれかが検索エンジンで見つけて読んでくれる。読むに値する内容ならば、ソーシャルブックマークなどで、その発見を共有できる時代なのだ。(著者の知的生産ツールとしてのブログ活用法の話など、とても興味深い)

マイクロソフトが、ネットの「こちら側」で、一人ひとりのコンピュータにソフトウェアを配布するビジネスを展開し巨大になったのが、1995年。ウィンドウズ95が登場し、ナローバンドのインターネットで、ホームページを開設して何を発信するか?にしのぎを削っていた時代だった。

10年後、いまやわくわくするような変化はネットの「あちら側」で起きている。たとえばアマゾンは、自社が取り扱っている厖大な商品データベースを活用して、誰もがネットビジネスをスタートできるよう、プログラムを提供することにした。アマゾンはそれによって15%の手数料を得るのである。こうしてアマゾンはネット小売り業者から、eコマースのプラットフォーム企業へと変貌をとげた。

これはほんの一例。今起きている地殻変動の多くは「ネット上の不特定多数の人々を受動的なサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」によるもの。それがweb2.0の本質である。

ネット上で、誰もが執筆・編集に参加できる百科事典「ウィキペディア」もその一例。web2.0では、「個」がボランティアとして参加することで「全体」としての価値が創出される。「ウィキペディア」には間違いが多いとけなす人もいる。しかし、ネットの負の部分にばかり注目して、閉鎖的になっても、もはやこの流れには抗しえない。

ネット世界の可能性を過小評価し、悲観的にシニカルになるよりも、「不特定多数無限大」への信頼をベースに、いかにweb2.0時代のビジネスを生み出していくかが重要ではないかと筆者はいう。日本に必要なのは、創造性や行動を刺激する「オプティミズムに支えられたビジョン」なのだ。筆者自らの実践が、読む者に勇気を与えてくれる。

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# by sustena | 2008-02-16 03:00 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2008年 02月 15日

膝が・・・!

それは、とても寒い2月13日のことであった。
埼玉県羽生にあるショッピングセンターに取材に出かけて、屋上の太陽光発電パネルを写真におさめようと思ったのである。全体が入らないので、ちょっと高い場所を探したら、うまい具合に柵があった。で、ひょいっとのぼって撮ったのだ。でも、やっぱり高さが足りない。やーめた、あたしゃカメラマンじゃないんだし。と降りようとして、私の目測より、10センチばかりその柵が高かった。アレ、足が届かない・・、一瞬焦って、ズリッとなって、アッ、着いたと思った途端、ちょっと体重をかけ間違えて、やばーいと思ってるうちにこけてしまった。

しばらく起き上がれない。よかった、GRDIIは無事。でも膝がやばそう。一度スキーで靱帯を損傷したことがあったけど、同じ場所だ。
ボーゼンとひっくり返っていること2分ぐらい?? ようやく感覚が戻ってきて、なんとか立つことができた。でも、左膝にゼンゼン力が入らない。

あ~、ここ2~3日、プレゼンテーション準備で、1日1時間ほどしか寝てなかったからなー、いやいやトシで反射神経がにぶったか、などと思ってもアトの祭りである。
よろよろと屋上を離れ(だれもみていなくてよかったー)、フードコートでしばし時間をつぶす。館内ロケハンと言って出たので、多少戻りが遅くても大丈夫。
膝を曲げなければなんとか歩ける。ホッ。バリアフリーに配慮した施設だけあって、歩きやすい。あちこちにベンチがあるのもありがたい。
そのあと5時間、なんとか仕事をこなして、帰宅。翌日はプレゼン2つと、クライアントとの打ち合わせがひとつ。そして本日もまた終日取材。
きのう医者に行ったら、湿布、サポーター、消炎用飲み薬。といって、湿布を貼ってくれただけだった。
本日夕方は階段もそろそろ昇り降りができるように。あーあ、おバカなsustena。
この写真は羽生駅のロータリー。雲がきれいだった。
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# by sustena | 2008-02-15 23:48 | つれづれ | Comments(0)