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2014年 12月 30日

今朝も寒いッ

もう晦日。朝起きてすぐの散歩は寒いので、きょうは日がかなりのぼった9時に近くの公園へ。
池面に霧が。水温より空気のほうが冷たいのだ。
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たしかに日陰ではまだ草が霜で白いし、陽のあたるところは水滴がいっぱい。
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木はすっかり葉が落ちて、鳥が探しやすいのだが、いかんせん、私の知ってる鳥はごくわずか。案内に、写真だけでなく、スズメと比べた大きさとか、特徴、見分け方など載ってるといいのになぁ・・などと思いながら、声のするほうに目を凝らす。
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ツグミにはこのところ毎日お目にかかる。この場所が特にお気に入りみたい。
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by sustena | 2014-12-30 21:59 | 小さな自然 | Comments(4)
2014年 12月 27日

今冬初めてのツグミ

近くの公園にだいぶ前からツグミが来ているという話は聞いていたんだけど、きょう初めて朝の散歩で発見。
ツグミはシベリアから越冬のためにやってくる。いわゆるさえずりをしないで押し黙ってるみたいだからツグミというそうなんだけど、ま、シベリアで恋の相手を見つけて、いまはぬくぬくしてるだけだから静かなのかなー。
暗い木陰でチャッチャッと鳴いていたのも、ツグミっぽいフォルムだったけど、私の目ではよくわからなかった。
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下池ではカワウ。頭が白いのは婚姻色かしらん。
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by sustena | 2014-12-27 11:42 | 小さな自然 | Comments(2)
2014年 12月 26日

松本コウシ写真展「午前零時のスケッチ ONE OF THESE MIDNIGHT SKETCHES」

今年最後の出社日、昼休みに銀座のニコンサロンで、松本コウシさんの写真展「午前零時のスケッチ ONE OF THESE MIDNIGHT SKETCHES」を見た。
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解体される古い社宅、その前で博物館への旅立ちを静かに待つ0系新幹線。廃棄された信号機・・・
役目を終えて葬り去られようとしているモノたちや、忘れ去られたかのようにぽつんと残されたまま、じっと息をひそめているモノたちなど、夜の闇の中、長時間露光して撮影した、ちょっとあの世に片足を突っ込んだような写真が並んでいた。
作者の松本コウシさんは、全国22府県を7年かけて、こうした風景との出逢いを求めて回ったのだという。
ソウルの花が描かれた階段や、銅像が並んでいる風景など、自動車のバックライトに照らされたリュウゼツランなど、ちょっとぞわっときたなぁ。
カラー35点・モノクロ8点。

会場では、いろいろな演奏家の奏でるバッハの無伴奏バイオリンパルティータが、暴力的なまでに大きな音で流れていたよ。

松本さんのホームページブログを訪問すると、どんな写真展かがよくわかる。

会社に戻る途中にぱちり。
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by sustena | 2014-12-26 23:39 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 12月 26日

札幌キヤノンギャラリー「長倉 洋海 写真展:その先の世界へ」

c0155474_0322557.jpg札幌で、ホテルから歩いて10分ぐらいのところにあったキヤノンギャラリーで、長倉洋海さんの「その先の世界へ」と題した写真展をやっていた。

世界の戦場の兵士や辺境の子どもたちなどをカメラにおさめてきた長倉洋海さんが、パプアニューギニアやメキシコ、スリランカなど、ここ数年訪ねた場所で撮った写真の中から30数点が並んでいた。

顔をペイントし、鳥のようにカラフルな羽を髪にいっぱいさしたニューギニアの男性たちの祭りの表情、内戦の爪痕の残るスリランカで切り花を片手にささげもつ女性、山上で風化する神々の像、一攫千金を求めて、エメラルド採掘場で疲れ切っている男たち・・・。

世界各地にいろんな生活があり、それぞれに生きることに真剣で、哀しくて雄々しくて、きらめいていて、つらいけど深く、豊かだ・・という感覚がひたひた迫ってくるのだった。

近くの北海道庁旧本庁舎
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雪吊りは兼六園とはちょっと違う
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落雪注意の看板がかわいい。
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夜はすすきのの開陽亭にて。キンキの刺身がとろんと甘かったよ。
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by sustena | 2014-12-26 23:17 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 12月 26日

すずめ焼き

知人たちとの忘年会で、すずめ焼きを買ってきてくれたひとがいた。
去年もすずめ焼きを持ってきてくれたのだが、あれはちょっと貧弱だったので、千葉の佐原ですずめ焼きを商っているお店が何軒かあるというので、わざわざ出かけて買い求め、その中で一番おいしかったのが、この麻兆のものだというのだ。

翌日、さっそく食べてみる。じゃーん、これです。
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あわてて撮ったので、なんだか黒っぽくて、肝焼きなのーって感じだけど、小鮒を背開きにして竹串に刺し、しょう油、ザラメ、みりん、酒のタレをつけて焼いたもの。最近は開かずにそのまま串刺しにしたのもあるんだって。

ところで、なぜすずめ焼きというのか、麻兆のホームページによると・・・・。
お殿様が狩に来た時、お付の者が近くの川でとれた鮒を開いて焼き食卓に出したところ、それを見た殿様が、「これはすずめの焼いたものか?」と聞いたのが始まりとか。

もっとジャリジャリした味かと思ったら、小さいくせに意外とふうわりとして香ばしく、お酒がずんずんススんだのでした。

by sustena | 2014-12-26 22:53 | 食べ物 | Comments(4)
2014年 12月 26日

本田 由紀『もじれる社会─戦後日本型循環モデルを超えて』

c0155474_0131753.jpgタイトルになんなんだ? と思って、本田 由紀先生の『もじれる社会』(筑摩新書 2014年10月刊)を読む。もじれるというのは、筆者の造語かと思っていたら、ちゃんと辞書に載っているらしい。超高齢社会が進展し、問題が山積みの現代日本社会にたちこめている、「もつれ」+「こじれ」=「もじれ」た、悶々とした状況を指すらしい。

本田先生は東京大学大学院教育学研究科教授で、『若者と仕事』、『多元化する「能力」と日本社会』『「家庭教育」の隘路』『軋む社会』など、戦後日本型循環モデルがほころび、ハイパー・メリトクラシーが進むいまを、分析している社会学者であります。

この本は、2007年から2013年にさまざまな雑誌に綴った本田先生の論考やインタビューをまとめたもので、新書だけに読みやすく、先生のオハコの戦後日本型循環モデルの終焉についてかじるにはいいけれど、ちょっと食い足りない気分が残るのは、まぁ仕方がないか。

戦後循環型モデルとは、高度経済成長期から安定成長期にかけて主流をなした、教育・仕事・家族という3つの社会領域の間に形成された日本社会の基本構造をさす。

政府が学校教育への支出を抑制している分を、家庭が学校外教育で補いながら子どもの将来を支え、高校や大学では教員や就職部の支援を受けながら就職活動をし、在学中に内定を得、労働界に新規労働力を提供、企業で正社員となった彼らが得る給料で家族を形成し、子どもの教育をサポートするという、教育・仕事・家族それぞれの社会領域のアウトプットを、次のインプットとしてソゾ着込むような矢印が一方向的に成立しており、日本政府は公共事業を代表とする産業政策を通じて仕事の世界を支えてさえいれば、教育や家族に対する直接の財政支出を低水準に抑制できたのだ。
しかし、教育と仕事を結ぶ矢印があまりにも強くなったがゆえに、教育の世界のの中では、いい生成をとっていい高校や大学に入り、いい会社に入るために勉強するというような動機付けが蔓延してしまった。 また父親が家族を養うために、会社人間、社地区と呼ばれる企業組織の従属につながる・・などさまざまな矛盾や綻びが生じ、さらにこの循環そのものが、バベル崩壊以後変容していく。ことに仕事の領域での非正社員の増加などによる格差拡大が深刻化している。

日本社会では「能力」をめぐる社会的フレームワークが、学力および人間力(いったいいこれをどう測れるというのだ!)という二つの「垂直的多様化」=格差化に偏り、すべての人々が居場所と出番を持つことができる「水平的多様化」の面ではきわめて脆弱である。加えて「能力」の形成と発揮をめぐる責任が個人および家族(とくに母親!)に帰属されているため、多大な弊害をもたらしている。

分析はご説ごもっとも。。では処方箋は・・となると、とほほの気分になるのも仕方ないかなぁ。
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第1章 社会の「悲惨」と「希望」
1「悲惨」について
2「希望」の現場より

第2章 戦後日本型循環モデルの終焉
1 格闘する思想
2 激動する社会の中に生きる若者と仕事、教育

第3章 若者と雇用
1 若者にとって働くことはいかなる意味をもっているのか―「能力発揮」という呪縛
2 若者と雇用をめぐる現状―何が求められているのか

第4章 教育のアポリア
1 普通科高校における“教育の職業的意義”のあり方
2 専門高校の意義を再発見する
3 いじめ・体罰・自殺の社会的土壌

第5章 母親・家族への圧力
1 いま、家庭教育を救うには
2 不安の中で先祖返りする若者たち―「夫は外、妻は家庭」意識の増加
3 親としてのあり方
4 「人間力」の圧力―女性たちは何を求められているのか?)

by sustena | 2014-12-26 00:15 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2014年 12月 25日

Akari Uragami"Nikutai no Umi"

鵜の木にあるHasu no hanaというコーヒーの飲めるギャラリーで、浦上智Akari Uragamさんの「Nikutai no Umi」という個展をやっている。

ろうけつ染めとキルティングのテクニックを取り入れた色彩豊かなコスチュームや、スケッチ、魚の目に触発された布のオブジェなどのほか、ストールやハンカチーフ、 バッグ、色鮮やかなタイツが展示販売されていた。
ハンカチのサイズは50センチ四方なんだけど、あとひとまわり大きかったら、きっと衝動買いしていたな・・・。

Akariさんの作品は、ひびのこづえをさらにパワフルにした感じ。優秀賞を受賞した、武蔵美の卒業製作や、西太后が着たんじゃないかと思われるような、たっぷりとした存在感のある綿入れ的なコスチュームやからだの内側や脳を想起させる作品で構成され、魚やさまざまな生命の皮膚が広がっている宇宙みたいなの。まさに展覧会のタイトル通り。
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by sustena | 2014-12-25 23:30 | Art/Museum | Comments(0)
2014年 12月 25日

坂口恭平『現実脱出論』

c0155474_23165671.jpg息子が、坂口恭平さんの『現実脱出論』(講談社現代新書2014年9月刊)がおもしろかったので読んでみてというので、手に取る。坂口さんは早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、卒業研究でホームレスの「0円ハウス」を研究。その自由さや発想の奥行きを紹介するとともに、そこから「独立国家のつくりかた」へと思想を広げていった、建築家であり、作家、絵描き、歌い手、ときどき新政府内閣総理大臣という、とんでもないすてきな人。
そんな坂口さんが、『独立国家のつくりかた』のころから構想し、どうやって社会を変えていこうか、無意識の領域に目を向け、そこに言葉を届かせなければと思ってまとめたのがこの本という。

エッセイ風論考というべきだろうか?

私たちが「それが現実だから」と諦める「現実」は、実は、ある規則にしたがって、余分な情報をカットしデータが軽量化された空間で、集団がうまくコミュニケーションできるためのバーチャルな存在であって、そこにしがみつかなきゃいけない唯一無二のものじゃないんだってことを、いろんな角度から伝えてる。

一人ひとりが感じている世界と「現実」とはいろんなズレがある。だれしも感じたことがあるんじゃないだろうか。たとえば空いている居酒屋は狭く、混んでくると広く感じられる、あるいはみんなが同じ授業を受けている教室だって、生徒の考えていることはそれぞれに違うし、みんなが同じ空間を認識してるわけじゃない。家族がまだ起き出していない朝の時間と、午後の時間は流れ方が違う・・・・。
時間から逃げることはできないけれど、時間に窮屈さを感じていても、つきあい方を変えればうまく併走することができる。

坂口さんは高校生のころ、何歳で死ぬのだろうかと考えたときに、勝手に初期設定をし、98歳で死ぬことにして、98歳の自分を想像してみたという。するとぼんやりとイメージできたのは、能天気な徘徊老人だった。そんな愉快な老人で死ねるなら、この先どんな人生を歩んでいくだろうなどとあれこれ考える必要がなくなった。98歳が未来の姿であるというより、10代の自分の中にも、98歳の自分が生命を持っているように感じられたという。つまり、0歳から順番に単線的に年をとるのではなく、時間はアコーディオンのような蛇腹のようなものではないか? 今はたまたま17歳という調性を持っているが、ゼロ歳の自分も98歳の自分を含まれている。こんなふうに伸縮自在な時間を考えることも現実脱出法のひとつだ。

ところて坂口さんは躁鬱病である。どんな状態かを伝えるのは難しいというが、たとえば、F1車でブッ飛ばしていたのが、いつの間にか細い路地に入り込み身動きがとれなくなって、レーサーの資格を剥奪され、仕事もなく家にこもるようになり、それでは食べていけないから廃車置き場で見つけたおんぼろトラックで廃品回収を始める・・といった生活を周期的に繰り返しているようなものなんだそうだ。鬱のときは死にたくなってしまう。治そうとするのにも疲れ切って、躁鬱の症状を生まれつき搭載されていた「機械の運動」と捉えることにした。そして「死にたいと思うのは脳の誤作動のせいである」という家訓をつくった。これも現実脱出の術のひとつだ。(もっとも、誤作動だとわかってはいても、鬱のときはやっぱりしんどい。そんなときは、自分の感覚だけを絶対として自力で治そうとするのではなく、自分の知覚のひとつとして他者の感じている現実を取り入れののがいいという。)

私たち一人ひとりの持っている知覚はそれぞれ違う。それぞれの人が、巣のように内側に形成した空間を持っていて、そのままで意思疎通を行うのは困難だ。そこで、それぞれの知覚や人間の内奥の思考をなるべく正確に投影するために言語化しようとする行為が求められる。それこそが創造である。

・・とこんなふうに、まとめてみても、坂口さんの迫力のある言葉はゼンゼン伝わらないなぁ。

ところで、『独立国家のつくりかた』を上梓したあと、丸一年ほど坂口さんは「新政府いのちの電話」というホットラインを開設し、「死にたくなったら電話して、自身のケータイ電話番号を公開して、24時間電話相談を受け付けたりしていた。さすがにご本人そのものが躁鬱病、たいへんなエネルギーが必要だったため続けられなかったというが、それでもこの本でもあとがきのところに電話番号が書いてある。なんというか、やはり、すさまじいエネルギーだ・・とつくづくと思うのである。

生きづらい思いをしている人などがこの本を読んでふっとラクになることがあるんだろうか? それとも才能のある人だからなーと思うだけかなぁ。
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プロローグ 現実さんへの手紙

第1章 疑問の萌芽
1 現実からの招待状
2 それは学習机であり、巣の材料でもありる
3 膨張する居酒屋

第2章 語り得ない知覚たち
1 目の創造活動
2 臭覚
3 匂いの建築
4 手が届かない快感
5 聴いたことのない懐かしい音楽
6 線の言語

第3章 時間と空間
1 時間について
2 空間について
3 トヨちゃんのぬいぐるみ王国

第4章 躁鬱が教えてくれたこと
1 躁鬱という機械
2 空き地のような他者の感覚
3 機械からの問い
4 現実を他者化する

第5章 ノックの音が聞こえたら
1 ものがたり
2 半現実のつくりかた
3 振る舞い言語
第6章 だから人は創造し続ける
1 思考という巣
2 創造とは何か
3 なぜ思考を伝達てようと試みるのか
4 現実へ

エピローグ ダンダールと林檎

あとがき

by sustena | 2014-12-25 23:18 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2014年 12月 18日

嵐を呼ぶ女

16-17日と札幌出張だった。天気予報は爆弾低気圧の襲来で、最大レベルの警戒を呼びかけている。やばっ。

いったいに、私は晴れ女で、天気をやきもきしても、概ねかなりの確率で晴れていたのだが、先日の金沢といい、今回の札幌といい、真逆・・・。息子などは「晴れ女じゃなくて、嵐を呼ぶ女」なんじゃない?とケラケラ笑って言う。でも、変更のきかないダイナミックパッケージを予約しちゃったし(予算を切り詰めなければいけない仕事なのだ)、とにかく行くっきゃない。

16日は新千歳空港に着いたときには雪が舞っていた。そこで、早めに宿に戻り、スパでぬくぬく。夜、あちこちのニュースをハシゴしてチェックしたところ、「明日は出歩かないように」なんて言ってる。どうなるかなぁ。ひょっとして、札幌にずっと足止めになるかもしれない・・・と、思っていたんだけど、なんとまぁ翌朝は晴天!ホテルの部屋から外を見るとキラキラしてる♪
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やっぱり、晴れ女じゃん♪と思ったけど、雪道はツルツル凍っていて、めちゃ歩きにくかったなぁ。

by sustena | 2014-12-18 23:44 | | Comments(8)
2014年 12月 10日

雪の金沢2

翌朝、ホテルの窓から外を見たら・・・・。やっぱりちょっと積もっていた。
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朝食は、3階のレストランから外をボケッと眺めながら。
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400メートルぐらいのところに兼六園があったので、足下が心配だったけど、散歩がてら出かける。
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歩いていると、途中、木からドサッと雪が落ちてくるから油断ならない。すでに何人もが通ったところに雪がうっすらとつもっていたりするとけっこうすべるし、ぺたんこの革靴ではかなり無謀だった・・・。
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兼六園は、夏場などはちょっと馬鹿っぽい公園なんだけど(天下の名園にそういってはイケナイと思いつつ)、雪はステキな風情。この時期、有名な雪吊りがあちこちに。
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中国からの観光客が目立ってました。
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どちらかというとモノトーンの風情に、ときたま、赤い色が目に飛び込んでくる。
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お城の石垣もこんな感じ
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ホテルに戻るころは、靴の中がグショグショでたいへんなことに・・・・。
取材を終えて小松飛行場に。1時間ほど遅れてようよう出発。なんとか飛び立ってホッとしたのだった。
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by sustena | 2014-12-10 00:28 | | Comments(6)