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2011年 11月 30日

MOT──建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ"

2週間ぐらい前に、息子と東京都現代美術館で開催中の「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ" 」展を見てきた。
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SANAAとの共同企画で、都市化や環境問題、人口の急増などさまざまな問題を抱えているなかで、建築家やアーティストがどのように考え、空間をつくっていくのか、それぞれの空間における実践、試みを「建築とアートが提案するPOST2011の環境」として模型、ドローイング、映像、彫刻、写真、ミクストメディアのインスタレーションなどで展開するもの。

出品作家は、妹島和世+西沢立衛/SANAAを筆頭に、藤本壮介、平田晃久、石上純也らの新しい建築の感性をもった若手、建築界の巨匠のフランク・O・ゲーリー、映画監督のヴィム・ヴェンダースをはじめ、海外のアーティストや建築家などがずらり。

ゲーリーのブルックリン橋近郊に計画された最新作《エイト・スプルース・ストリート》のスタディ模型、
SANAAの《ロレックス・ラーニングセンター》の模型が美しい~。(ここを舞台にしたヴィム・ヴェンダースの3D映像、《もし、建築が話せたら・・・》をみていたら、ホントにそこを訪れた感じがして心地よかった)

西沢立衛の豊島美術館の模型は、素材が違うだけで、ずいぶん表情が違うことが興味深かったし、AMIDのパリ建築大学(ESA)のイベントのために計画されたパヴィリオン《ゴールデン・ドーム》はユーモラス、セルガスカーノのガジェットは発見がいっぱい。

息子は課題の参考になったと言ってたけど、ワタシとしては、常設展示で、マーク・レスコと舟越桂を間近に見られてよかった♪ 栗田宏一さんのソイル・ライブラリーと、土の時間/岩手を見たとき、一瞬震災後の土のコレクションかと思っちゃった。
浅井裕介さんの公開制作の特別展示、ヤノベケンジの「ロッキング・マンモス」も気に入ったなー。
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写真は石巻市の北上川河口近くの中洲にある石ノ森萬画館(震災の影響で閉館中)。明治13年に建てられたというハリストス正教会の外観を見ることもかなわなかった。

by sustena | 2011-11-30 22:30 | Art/Museum | Comments(0)
2011年 11月 30日

中島京子『東京観光』

c0155474_21381682.jpg中島京子さんの『東京観光』(集英社 2011年8月刊)を読んだ。1カ月以上前だからあらかた忘れてしまったけれども、奇妙な味の短編が7編のっていた。

植物園に鰐を探しに行くのだが、なかなか会えない。途中で老人や、植物園の職員など、奇妙なことを言いつのるひとたちと出会う話。女の部屋で水漏れが起こり、階下の男の部屋の天井に刺青のようなしみができる。女が詫びに訪れたことをきっかけに二人は付き合うが、しばらくして男は互いの部屋を一日交換しようと言い出す・・・。

私が気に入ったのは、「シンガポールでタクシーを拾うのは難しい」という短編(ビミョーにタイトルが違うかもしれない)。

結婚5周年でシンガポール旅行を決めた。参加したのは2泊3日の激安ツアーだが、初日は東京を昼に発って夕方近く到着。3日目は早朝に出発するという正味一日のツアー。しかもホテルは地の利の悪いところ。たどりつくまでにけっこう苦労する。朝夕の食事付きというので、もったいないからと夫はホテルで食べたがる。夕食のチャンスは2回しかないってのに!妻は不満である。海外旅行先での渉外担当は妻なのだが、妻がせっせと英語であれこれしゃべるのを夫は黙って聞いていて、あとで二人きりになってから、妻の英語の間違いを指摘する。ああ、いるいるこんな人♪ めちゃ共感しちゃった。だんだん険悪になっていく二人。ついに2日目は別々の行動をすることになったのだが・・・。

「コワリョーフの鼻」はゴーゴリの「鼻」と芥川の「鼻」と整形手術で入れたシリコーンがずれて曲がっちゃった鼻の話をくっつけたもの。これは半分だけ楽しかったな。

まだどう書いたらいいのかちょびっと迷ってる気配の短編もあったよ。
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写真は銀座7丁目ののルイ・ヴィトンのショーウィンドウ。

by sustena | 2011-11-30 21:51 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2011年 11月 29日

野菜大好き

取材も無事すんだし、知恩院も見たし、というわけでイッパイどこで飲もうかと高瀬川沿いを歩く。すると、ネギがでんと店の前にあって、野菜大好きなワタシはふらふらと中へ吸いよせられてしまう。
高瀬川くりお、という店でありました。

野菜の料理と鍋がいろいろあって、湯葉の刺身と、ハモ、できたての豆腐、えびいもの煮たの、牛スジのコロッケ、ふろふき大根を食べたら、おなかがいっぱいになってしまったよー。

現代の町屋風のつくりのこの店、2階から1階への急な階段は手摺りも何もなくて、落っこちそうなのだった。味は並やや上、といったところだけど、野菜がいっぱいあったので、まずまずマル。
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by sustena | 2011-11-29 22:28 | | Comments(2)
2011年 11月 29日

紅葉はいまいちだった京都

先週1泊2日で関西に出張。秋時間に紅葉狩りを♪と思ったんだけど、今年の京都はかなり紅葉が遅いみたいで、駅の掲示を見ると見ごろマークがついているのは高尾とか大原方面。
神護寺はかろうじて赤かったけど、かつて大感激した目に染みるような赤とはまったく違った。

一眼は重たかったのでGRD3を道連れにしたんだけど、こいつはGRD2よりもさらに紅葉が苦手で(もちろん大部分は私の腕のせいだとは思うんだけど)、彩度をいじったりカラーバランスを変えたりしてもまったくまともにとれず悲惨な出来。紅葉のときはゼッタイに持ち歩くものかと誓ったことだった。

知恩院のライトアップに出かけたら、遠くからでもキンキラキンに光ってた。
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山門に登れたのがラッキー♪

by sustena | 2011-11-29 22:18 | | Comments(6)
2011年 11月 29日

隈 研吾+清野 由美『新・ムラ論TOKYO』

c0155474_18103858.jpg建築家の隈研吾さんとライターの清野由美さんの対談『新・ムラ論TOKYO』(集英社新書 2011年7月刊)を読む。 同じコンビによる2008年の『新・都市論TOKYO』では、21世紀の東京に出現した超高層再開発の現場をめぐったが、今回は日本全国を覆っているグローバリズムという経済至上主義のシステムのプレッシャーを逃れ、新しい「ムラ」の可能性を探ろうとして、東京におけるムラ的な場所として、駅前再開発で揺れる「下北沢」、レトロでゆるくてサブカルな「高円寺」、すれ違うだけで救出される演劇的空間の広がる「秋葉原」を、そして、地方から都市を逆照射する新しいムラとして信州の「小布施」を訪れ、考察を重ねる。

隈は言う。20世紀は村が失われた世紀であったと。持ち家願望と空間の商品化によって、土地も建築も人間から切り離され、フラフラとあてどもなく漂い続ける商品となり、村が徹底的に荒廃してしまったと。

しかし、いま村を破壊するシステムそれ自体が自壊を始めた。
また、東日本を襲った3.11の津波の驚くべき破壊力を目の当たりにして、それでもなお、そこに蓄積された時間と想いは決して流し去ることはできないことを私たちは知った。だからこそ、場所というもののたくましさ、しぶとさに再度目を向け、サイト・スペシフィックな暮らしを立ち上げなくてはならない。

とはいえ、新しいムラはどうして可能か? 二人はいろいろな言葉を重ねるが、ちょっと頭でっかちすぎるよねぇぇ・・・という気がしなくもない。でも、たとえば、このラインナップに秋葉原を入れたことについて、たとえばこんなふうに語るのである。

隈 新自由主義経済のアンチテーゼとしてムラが語られる時って、どうしてもキレイごとばかりになりがちでしょう。

清野 大地の恵みとか、自然との共生とか、サスティナビリティ(持続可能性)とか、ロハスとか。

隈 でも人間の欲望は、貪欲にしても、性欲にしても、そういうキレイで前向きなことにあこがれる一方で、キレイではないこと、後ろ暗いことに、どうしようもなく向かうものでもあります。持続可能性とよく言いますが、その原理の半分は、人間のヘンタイ性の持続可能性のことだといってもいいくらいで、そのもう一つのダークな面を語らずして「ムラ論」なんかは成立しないと思うからです。(以下略)

なーんてぶち上げながらメイドカフェへ出かけて、頼んだ「みっくすじゅーちゅ」が登場し、メイドから"りす声"で魔法をかけてくださいね~とお願いされ、萌え、萌え、フリ、フリ、おいしくなあれ♡とやることに目を白黒させてるんであーる。

つまつるっと読める。

第1回 下北沢(「自由」を謳歌する路地裏に、戦後の巨大道路計画が忍び寄る ほか)
第2回 高円寺(高円寺を「ムラ」たらしめているものとは ほか)
第3回 秋葉原(アキバムラのヘンタイ性こそが日本の未来を拓く ほか)
第4回 小布施(小布施という町の「都市性」、「町並み修景事業」という頭脳パズル ほか)
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by sustena | 2011-11-29 00:04 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2011年 11月 27日

仙台で飲んだ酒

仙台では、前回泊まってコストパフォーマンスと朝食が気に入ったドーミーインにまたも宿をとった。どこで飲もうかなぁとフラフラ歩いて入ったのが「ねぎぼうず」というお店。やはり地元のお酒にしようと、石巻の日高見と、塩釜の於茂多加を飲む。
金華山のしめサバに、松島の穴子焼き、白子の玉子とじとフロフキ大根の鳥味噌、揚サトイモのカニあんかけを頼んだけど、穴子がサイコーだったなぁ。
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by sustena | 2011-11-27 16:26 | | Comments(2)
2011年 11月 27日

大野更紗『困ってるひと』

c0155474_16405371.jpg仙台からの帰りの新幹線で、大野更紗さんの『困ってるひと』(ポプラ社 2011年6月刊)をイッキ読み。

これは、Fasciitis-panniculitis syndrome (筋膜炎脂肪織炎症候群)という原因不明の難病(皮膚筋炎という難病も併発)を発症したウラ若き大学院生の闘病記、というより、自らの難病難民的な状況からいかに脱出したかを綴ったエッセイである。

更紗さんは福島県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科に入学後、ビルマ(ミャンマー)の民主化運動や人権問題に関心を持ち、NGOで精力的に活動を始める。卒業後は上智大学大学院(グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻)で、ビルマの難民の研究に携わってきたひと。

しかし、大学院に進学し、タイでの留学も決定してさらに研究を、と燃えていたときに、原因不明の病にかかってしまう。最初はいったいどんな病気かワカラナイ。地元の病院でサジを投げられ、ようやく難病専門の病院で山のような検査のあと(麻酔をせずに筋肉を切って細胞を検査するというおそろしい検査だってあるのだ)、ようよう病名の診断がくだる。それが筋膜炎脂肪織炎症候群という、初めて聞いたよーという難病だった。

難病というのは、本来なら自分を守ってくいれるはずの免疫システムが暴走し、自己と非自己を区別できなくなって、自分自身に攻撃を始めるので、医学がこれだけススんできた今でもなかなか有効な治療がない。おしりがパンパンに腫れたあとに、細胞がドドッと崩れてしまい、おしりが陥没するという、若い女性にとって大ショックな事態にも陥る。

もう死んでしまいたいと思うほどの苦痛のなかで、更紗さんは、これまで難民を研究してきたけれど、自分が難民だよねぇと実感する。そして病院に入院して、友人知人に手助けを頼み続けていくうちに、自分も友人たちも疲弊していくことに気づく。そんなドン底の状態でも、好きな人ができ、主体的に暮らしていくためには、退院するしかない!と自らの道と切り開いていく。

この本は、清く正しく美しくけなげな闘病記ではない。日本の医療行政の問題や行政の支援を得るめんどくささと闘いながら、それでも前向きに社会とかかわっていこうとする決意編なのである。

冒頭で「脱出」と書いたが、更紗さんは決して治ったわけではなく、今も通院を続け、「ステロイドを一日20ミリ服用し、解熱鎮痛剤、病態や副作用を抑える薬、安定剤、内服薬だけで諸々30錠前後、目薬や塗り薬、湿布、特殊なテープ、何十種類もの薬によって、室内での安静状態で、なんとか最低限の行動を維持している。それでも痛みや症状は抑えきれず、24時間途切れることなく、熱、倦怠感、痛み、挙げればきりのないさまざまな全身の症状、苦痛」が続いているそーなんである。

生きることがチョー苦痛で困難テンコモリ、でも、絶望はしない、と決めた更紗さんは言うのである。「人生は、アメイジングなんですよ」。

ポプラ社のHPでも全文が読める→http://www.poplarbeech.com/komatteruhito/005097.html

更紗さんのブログはこちら→http://wsary.blogspot.com/

絶望は、しない―わたし、難病女子
わたし、何の難病?―難民研究女子、医療難民となる
わたし、ビルマ女子―ムーミン少女、激戦地のムーミン谷へ
わたし、入院する―医療難民、オアシスへ辿り着く
わたし、壊れる―難病女子、生き検査地獄へ落ちる
わたし、絶叫する―難病女子、この世の、最果てへ
わたし、瀕死です―うら若き女子、ご危篤となる
わたし、シバかれる―難病ビギナー、大難病リーグ養成ギプス学校入学
わたし、死にたい―「難」の「当事者」となる
わたし、流出する―おしり大虐事件
わたし、溺れる―「制度」のマリアナ海溝へ
わたし、マジ難民―難民研究女子、援助の「ワナ」にはまる
わたし、生きたい(かも)―難病のソナタ
わたし、引っ越す―難病史上最大の作戦
わたし、書類です―難病難民女子、ペーパー移住する
わたし、家出する―難民、シャバに出る
わたし、はじまる―難病女子の、バースデイ
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by sustena | 2011-11-27 16:25 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2011年 11月 26日

仙台へ

24・25日に仙台へ、震災のときの話を取材に出かけた。
あの日以来、東北に出かけたことはなく、8カ月経ったいまどんな状況なのがちょっとでも見ておこうと、取材のあと、仙台駅から一番近い海水浴場として知られる荒浜付近と、石巻、女川に足をのばした。

津波の被害の映像は繰り返しテレビや新聞、webでも目にしたし、その規模も何度も耳にし、航空写真や衛星画像でも見ていて、ある程度思い描いてはいた。現地に出かけた人の話を聞き、写真を見せてもらってもいたから、既視感があるかもしれないな、と考えてもいた。

でも、実際に目にした津波のツメアトの大きさたるや、8カ月経ってもなお、圧倒的だった。

瓦礫はかなり片付けられ、道もでき、地震で崩れた屋根はきれいになってはいたけれども、それでもいまなお、ひしゃげたテレビやクルマのドアの一部がつきささり、ビデオテープの切れ端が風に舞い、建物の外壁の一部だけが茫漠と広がる大地にぽつんと難破船みたいに残ってる風景があちこちに見られた。

若林区荒浜は仙台駅から車で約30分のところにある。報道では、東部道路の東側まで津波が来たという。家々の土台だけがある。
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スポーツ大会で入賞した記念だろうか。メダルがかけられていた。
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日が暮れていく。
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石巻港へと向かう道路近くに残った家では、ピアノと額だけがそのまま。
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石巻の巨大な缶詰が横倒し。(偶然この位置だったから今もまだ残っていて、」このままにするか撤去するか議論されているということだった)
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女川の瓦礫の中間処理施設の塀には、子どもたちの絵と、太陽がふり注ぐ大きな木の絵が描かれていた。
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呆然としたまま、ただただ歩いた。
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by sustena | 2011-11-26 23:34 | | Comments(10)
2011年 11月 18日

電柱の影

なんだかやけに電線がこみ入っているなぁ・・と思ったら
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電柱の影が壁に描いてあったのだった。
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by sustena | 2011-11-18 00:57 | まち散歩 | Comments(16)
2011年 11月 15日

毛皮ハンタイ

息子にハトムギ化粧水を買ってこいと頼まれて、昼間仕事でテンパっていたけれども弁当を買うついでに会社の外に出たのである。急いでいたので、サイフぐらいしか持って出なかったのだが、こういうときに限って、いかにもの場面に遭遇する。

はい、それは、COACHの前に陣取って毛皮反対(もうちょっとイロイロ説明してあった)のプラカードを掲げたNGO(たぶん)。檻が3つ並んでて、その中に美女がポーズしてたのよー。

もちろんこんなニュースは、新聞やニュースに取り上げてほしくてやるわけで、美しいひとでなくては意味がないよねぇ・・・。ロートルケータイでぱちり。
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by sustena | 2011-11-15 21:44 | まち散歩 | Comments(12)