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2010年 11月 30日

夜市───台北3

台湾は夕食を食べてから本格稼働という感じで、二晩とも夜市をぶらついた。
あーあ、夕食を半分にしておけばよかった、と思うほど、目移りがしたのでありました。
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ストラックアウトとか、弓やピストルなどの的当てのゲームもいろいろあって、この女のひとは、片っ端から命中させていた。GRDIII
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下から5枚目以外はすべてGXR+A12

by sustena | 2010-11-30 23:25 | | Comments(10)
2010年 11月 29日

龍山寺の夜───台北2

2日目の夕食後、夜の龍山寺にお参りしようと出向いたところ、ものすごい人出である。
いったい何ごとぞ、と思ったら、太鼓を叩き、にぎやかな音曲とともに、イルミネーションでピカピカ光るクルマが次々にやってきては、爆竹を鳴らしてる。そのうちに仮面をかぶった背の高いひとがたもやって来るではないか!踊るような足どりで、龍山寺に入って、ぐるりまわって門を出て行く。しばらくすると空には花火が上がり、すぐそばで打ち上げ花火をシュシュッとあげるひとがいて頭上に灰が降るわ、選挙応援のプラカードを掲げた集団もあらわれるわで、なんだかオモチャ箱をひっくりかえしたような騒ぎである。
いったい祭りなのか、選挙前の一大イベントなのか?? ボーゼンと見ていたのだった。
外の騒ぎをよそに、本殿の中では熱心に祈る人たちが。
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by sustena | 2010-11-29 23:14 | | Comments(8)
2010年 11月 28日

なんともハデな選挙戦───台北1

2泊3日で台北に行ってきた。
台北は二十数年ぶりで、以前行ったときには、ちょっと裏道に入ると、生干しのヘビなんかを売ってそうなおどろおどろしい気配があったのだけれど、そんな雰囲気はほとんど残っていないのだった。

ちょうど27日は5大市長選と台北の市議会議員選挙とあって、候補者ののぼり旗やポスターが、もうあちこちにある。
歩道橋を見上げればこんな感じ。
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オバマにならって・・・
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これはアイドルのブロマイドのような・・・。しかもハートまで。やりすぎ~。
(でもあとで調べたら、けっこう有名な市議さんなのだった)
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ビルも、塀も、カードレールも、公園のなかも、パスのラッピングも、とにかくなんでもありなんである。
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路地にも街宣車が隊列を組んで入ってくる。
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太鼓をならし、通りすぎるときに、爆竹がドッカーン。ときには子どももトラックの荷台にズラッと並んで旗を振っている。実ににぎにぎしいのであった。
こうして迎えた投票日。さて、結果は……。
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by sustena | 2010-11-28 23:18 | | Comments(8)
2010年 11月 24日

国立劇場「通し狂言 国性爺合戦」

c0155474_23315997.jpg先日、国立劇場で近松門左衛門の「国性爺合戦」 を見た。
タイトルは超有名で、ストーリーもなんとなく知っていたけれども、ちゃんとした舞台を見るのはこれが初めて。
鄭成功が中国に渡って滅亡寸前の明朝を復興させようと、清朝を相手に奮戦したという史実を題材にとったもの。


明朝と佞臣の李蹈天の内通により韃靼国に攻め込まれてしまう。帝の妹栴檀皇女は海に逃れ日本に漂着し、かつての忠臣の老一官とその妻の渚、息子の和藤内に助けられる。3人は、皇女の話を聞き、中国に渡り、老一官の娘、錦祥女が嫁いだ先の五常軍甘輝将軍の支援を得ようとするが、甘輝将軍はすでに韃靼への中世を誓ったあとだった・・・。

獅子ヶ城楼門の場はちょっぴり眠かったけれど、千里ヶ竹の場での虎とのからみや、 肥前国平戸の浦の場で、和藤内(團十 郎)が海を眺めていた場面はかっこいい!最後はいつもの人情話に。
藤十郎が娘のようであったなぁ。
  序 幕  大明御殿の場
        肥前国平戸の浦の場

  二幕目  千里ヶ竹の場

  三幕目  獅子ヶ城楼門の場

  四幕目  獅子ヶ城甘輝館の場
         同 紅流しの場
         同 元の甘輝館の場
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GXR+P10

by sustena | 2010-11-24 23:56 | Theatre/Cinema | Comments(12)
2010年 11月 23日

現代能楽集V『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』

シアタートラムで「現代能楽集V」を観る。脳の題材を現代に移しかえ、新たな物語をつむぎだすこのシリーズはけっこう気に入っていて、今回は3つの作品のオムニバス。

『弱法師』をもとにした『春独丸』、鬼界ヶ島に流された成経と康頼、俊寛が、大赦によって帰郷が叶うと思いきや、俊寛だけが取り残される『俊寛』より『俊寛さん』、庭掃の老人が女に恋をし、綾張りの鼓が鳴ったら思いが叶うと鼓を渡されたが、鼓は鳴らず、池に身を投げた老人が悪鬼となって現れる『綾の鼓』をもとにした『愛の鼓動』。

『春独丸』は、小野寺修二の振り付けがいまいち意味不明で、盲目の占い師から政治家になった春独丸を岡本健一、女を久世星佳が演じて、岡本健一の動きや声には惹かれるんだけど、ちょっとわかりにくかったなぁ・・・。

『俊寛さん』は軽い幕間狂言といった雰囲気で、不倫やら横領で離れ小島にやってきた俊寛(小須田康人)と成経(玉置孝匡)、康頼(粕谷吉洋)がのんびりゆるーい生活をしているところに、赦免吏のベンガルと麻生絵里子がやって来る。帰りたくないんだか、一人ぽっちがいやなんだか・・。ひたすらコミカルでありました。

死刑囚のスイッチを押す男3人がバーで飲んでいるところから始まる『愛の鼓動』では、監獄で4人(だったかな」を殺して死刑を待つ女囚を西田尚美、かつて絵を描き、モネの睡蓮に永遠を見た刑務所の官吏がベンガル。
最後の水に浮かぶ睡蓮がいまひとつ美しくなかったな・・・。
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GXR+A12

by sustena | 2010-11-23 01:10 | Theatre/Cinema | Comments(2)
2010年 11月 23日

水村美苗『本格小説』上下

c0155474_0191457.jpgもうずいぶんと経つけれど、リビアに出かけたときに、飛行機で読みふけったのが水村美苗の『本格小説』(2002年9月刊 新潮社)であった。

実はこれは読むのは二度目で、出た当初に図書館で借りて読み、あまりのおやしろさに、購入したものだった(ここ十年というもの、本は基本的に買わない。借りて読んで、また読みたいと思った本だけを買うことを基本方針としているのであります。まぁそうは言っても、うかうかと本は増えてしまうのだけれど)。

再読しようと思い立ったのは、「日本語が亡びるとき」を読んで、この企みに満ちた小説のことを思い出したからであった。軽井沢を舞台に、戦前~戦後へと時代が大きくうつりかわるなか、三枝家に仕えた女中の冨美子が、花のように美しい3姉妹の次女の娘・よう子と、車夫のもとで育ち、のちにアメリカで大富豪となった東太郎の嵐が丘ばりの大悲恋の堂々たるメロドラマを編集者の祐介に語っていく。

いまの時代に大小説は成り立つのか、明治以後今日の日本がいったいどんな国となったかを、アメリカにすむ作者のもとに訪れた祐介が、「小説のような話」を伝えるという入れ子構造と挿入した写真などの道具立てで、小説世界にからめとられちゃうのである。
(息子に読ませているのだが、きゃつときたら、ホントの話だと思って、東太郎をgoogleで検索した、なんて言っていた。それはまぁ、あまりにナイーブというかバカッちょだけれども)

思い出されたのは、「日本語・・・」のエピグラフである。夏目漱石の『三四郎』から次の一節が引用されていた。
---------------------------
「然し是からは日本も段々発展するでせう」と弁護した。
すると、かの男は、すましたもので、
「亡びるね」と云つた。
---------------------------

この『本格小説』でも、下巻の最後のほうで東太郎と祐介がこんな会話を交わす。

「こんな国になるときは思っていませんでした」
(略)
「でも何となくもっとましな国になると思っていました」
(略)
「何がいけないんでしょうか」
(略)
「軽薄なんでしょうか?」
(略)
「軽薄……」
男はそうくり返してからぽつっと言った。
「軽薄を通り越して希薄ですね」
シャンペン・グラスを眼線まで上げて泡を眺めながら続けた。
「この泡みたいな感じ……ほとんど存在していないような感じがする」
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GXR+A12

by sustena | 2010-11-23 00:43 | 読んだ本のこと | Comments(4)
2010年 11月 21日

東京都写真美術館「ラヴズ・ボディ──生と性を巡る表現」

東京都写真美術館で開催中の「ラヴズ・ボディ──生と性を巡る表現」を見てきた。これは1980年代から現在にかけて、主に欧米のアーティストが、エイズによってあぶり出された社会的偏見や差別のなかで、どのようにエイズと向き合って制作活動をしたか、セクシュアリティやアートと政治のもんだいなどをいかに表現してきたかを、8人の作家(ウイリアム・ヤン、AAブロンソン、ピーター・フジャー、デヴィッド・ヴォイナロヴィッチ、エルヴェ・ギベール、フェリックス・ゴンザレス=トレス、スニル・グプタ、ハスラー・アキラ)の作品を通して見つめたもの。

エイズで療養中のかつての恋人を撮った写真とその様子を綴ったウイリアム・ヤンの19点の「独白劇〈悲しみ〉より《アラン》」、レズビアンとゲイの2組のカップルから生まれた赤ん坊を抱く「アンナとマーク」のAAブロンソン、「ウエストサイドの駐車場」「夜のガソリンスタンド」や「足の指を舐めるダニエル・シュック」などのピーター・フジャーのモノクロの写真はとてもなまめかしかった。
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300mmマクロで撮ってみた。芯の部分、人がいるみたい~。
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帰りに「香り家」という蕎麦屋で一杯。
舞茸となすの柚子おろし和えでいくらでもお酒が飲めたなぁ。
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GXR+P10

by sustena | 2010-11-21 22:28 | Art/Museum | Comments(4)
2010年 11月 21日

野間秀樹『ハングルの誕生─音から文字を創る』

c0155474_2253160.jpg朝鮮言語学の権威・野間秀樹さんの『ハングルの誕生』(平凡社新書 2010年5月刊)を読む。

朝鮮半島の人びとがいま使っているハングルは、世宗の命により1443年に創られ、1446年に「訓民正音」という書物の形で交付された。漢字文化のまっただなかで、いかなる情熱によってハングルが誕生したのか、音の成り立ちの精緻な分析をもとに、実に合理的な仕組みで組み立てられた文字であることをつまびらかにしていく。

ごくごく簡単にいうと、ハングルは母音、子音といった音を著す字母を、ひとつの音節単位で組み合わせて示す仕組みで、しかもそのひとつひとつの字形は、たとえば28字の正音は、発音するときの喉や舌の形などを
かたどったものだという。

したがって、朝鮮語だけでなく、他言語を記すこともできる。2009年8月に、それまで文字を用いてなかったインドネシアの少数民族のチアチア語がハングルで表記することが公的に採択されたが、日本語のあいうえおだって、記すことができる。

朝鮮語というのは、日本語以上にオノマトペがとりわけ盛んな言語で、口語文だけでなく、重厚な文章でも頻出する。漢字で朝鮮語のオノマトペを記すのはたいそう困難だったが、文字の発明によって、心のひだに分け入るオノマトペをラクラクと表現することができるようになった。

これまでハングルの仕組みも何も知らなかったから、へーえ・・・・の連続であります。
資料や索引も充実しているし、言語学にあまり興味のない当方にも、その奥深さをうかがわせるに十二分の内容ではあったが、それまで主流だった漢字の読み書きすらできなかった層に、どのようにこの文字を広めて行ったかの部分はいささか物足りなく、また、ハングル成立叙事詩を高らかに謳いあげすぎの部分は、少々ウンザリしちゃったことも告白しちゃおうっと。

第1章 ハングルと言語をめぐって
第2章 “正音”誕生の磁場
第3章 “正音”の仕掛け
第4章 “正音”エクリチュール革命―ハングルの誕生
第5章 “正音”エクリチュールの創出
第6章 “正音”―ゲシュタルト(かたち)の変革
第7章 “正音”から“ハングル”へ
終章 普遍への契機としての“訓民正音”

この窓、ちょっとハングルみたいじゃない?(無理すぎ~)
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GXR+P10

by sustena | 2010-11-21 22:06 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2010年 11月 20日

新国立劇場『やけたトタン屋根の上の猫』

新国立劇場で上演中の松本祐子:演出、テネシー・ウィリアムズ:作の「やけたトタン屋根の上の猫」(翻訳:常田景子)を見た。

アメリカ南部の大きなお屋敷の一室が舞台である。
幕があくと、この家の次男ブリック(北村有起哉)とその妻マギー(寺島しのぶ)が登場する。本日は、この家の主ビッグ・ダディ(木場勝己)の誕生パーティなのだ。ビッグ・ダディは、一代で大農場を築き上げたが、癌にかかり余命幾ばくもない。しかし本人だけはそのことを知らない。
マギーは、長男グーパー(三上市朗)とその妻メイ(広岡由里子)と、彼らの5人の子どもたちが、いかにこれ見よがしに遺産をねらってビッグ・ダディをヨイショしているかについての憤懣をとうとうと述べ立てる。しかし、ブリックはまったく関心を示さない。どころか、妻を嫌悪しているふうだ。ブリックは、愛する友人の死をきっかけに酒びたりになってしまったのである……。

一幕目、寺島はぶっ通しでしゃべるわけなのだが、これが実にすっと耳に入ってきて、このところ寝不足なので、ひょっとして寝ちゃったらどうしよう・・・と思っていたのだけれども、この夫婦の間の不穏な緊張感に目が釘付けになってしまった。

2幕目は、登場人物が二人の部屋にやってきて、それぞれの思惑が入り乱れ、家族の虚構があらわになっていく。圧巻は、父と次男ブリックの二人のセリフの応酬である。酒に逃げる理由を問いただし、健康診断の結果が過敏性腸症候群だったと、死の恐怖から解き放たれ、意気軒昂な父に、うっかり誕生パーティが今回だけだということをみんな知ってると口走ってしまうブリック。

メイ役の広岡由里子と、ビッグ・ダディの妻の銀粉蝶がいささか騒々しく、下世話すぎる感じだったのはちょっと残念。

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GXR+A12

by sustena | 2010-11-20 23:25 | Theatre/Cinema | Comments(6)
2010年 11月 20日

荒木経惟「愛ノ時間」

c0155474_0514381.jpgライカ銀座サロンで、アラーキーの「愛ノ時間」という写真展をやっている。からだの線がくずれた中年女性のヌードや、美人のアンニュイな表情までいろいろで、たった14点だけど、モノのプリントの美しさにぽぉぉーっとなってしまうのであります。
展示されている写真は全部ライカで撮ったものだそーです。
12月5日まで。

↓ダメダメ写真なのだけれども、影が気になって捨てられない。
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by sustena | 2010-11-20 22:42 | Art/Museum | Comments(6)