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カテゴリ:読んだ本のこと( 399 )


2017年 10月 19日

上村修孝『昆虫の交尾は、味わい深い・・・。』

c0155474_22093019.jpg慶應義塾大学商学部・上村修孝准教授の『昆虫の交尾は、味わい深い・・・。』(岩波科学ライブラリー 2017年08月刊)を読む。

ページを繰るとまず目に飛び込んでくるのが6枚の写真だ。オニヤンマ、大カマキリ、ミンミンゼミ、アゲハチョウ、コクワガタ、クロヤマアリのオスの交尾器がどれかというクイズで、くねったチューブや左右非対称なトゲのついたもの、整然と並ぶノコギリの歯など、いずれも実に奇ッ怪な形で、それぞれまったく違う! 

正解は本文を読んでいく途中でちょっとずつ明かされていくが、読み進むうち、生き物にとって性とは何かやオスとメスそれぞれの遺伝子を残す戦略のユニークさ、進化の不思議に「おお!」と感嘆せずにはおれない。

ちなみに、交尾器の進化は、形の進化の中では最も速いんだそうだ。このため交尾器を観察しない限り種を見分けられないことも多いという。1000万種といわれる昆虫それぞれがオンリーワンの交尾器を持っているわけ。
            
形だけじゃない、昆虫の交尾姿勢もさまざまだ。例えばカブトムシはオスがメスの上に乗る。逆にコオロギやキリギリスの仲間の多くは、メスがオスの背後から背中に乗る。するとオスはフック状になった交尾器でメスの腹部をひっかけて自分の体に引き寄せる・・・と、今度はこれが刺激になってメスは小さなペニスみたいな突起をオスへと押し当てて精子の詰まった精包を受け取るのだ。

バッタの交尾は、メスの上にオスが乗っかるのだが、オスの腹部はS字を描き、その先端がメスの下側に絡み合っているし、トンボの場合は特有のハート型の姿勢だ(みんな、見たことある? これは、メスの腹端の交尾器とオスの副性器(ここに精子が移動している)がかみあって、オスが腹端でメスの頭部をつかまえるとこの形になるんだって。こう書いても、絵がないとわからないよいね。

交尾を成立を知るために「お尻にも眼がある」アゲハチョウのオスの話や、今年イグノーベル賞にも輝いたメスにペニスがあるトリカヘチャタテなど、へーえと思う話題がいっぱいだ。

上村先生が昆虫の交尾の研究にハマったのは、腹部の先にはさみを持つ、ハサミムシというマイナーな昆虫に出会ったこと。このハサミムシの交尾を邪魔すると、あわてて交尾を中断した二匹の間に何やら極細のピアノ線のようなチューブが見える。これはいったい何か?を探ることから研究がスタートした。それこそ、メスに挿入されて精子を渡すための射精管端枝だ。この先端を電子顕微鏡で見ると、耳かきのようなカエシがついている。研究の結果、これで別のオスの精子をかき出しているのだが、メスの受精嚢は細長くくねくねした迷路のようにひたすら長く、カエシはすべてをかき出せるほど長くはない。それはなぜなのか・・?

マレーシアに留学してトコジラミの交尾器を研究したときの話も興味深かった。
オスは動くものに見さかいなくとびかかって交尾を挑む。そしてメスの背中に乗った状態で、メスの右わき腹のスリットがある副生殖器めがけて、腹の先をカールさせ「スパーマリッジ」と呼ばれる器官に精子を注入する。ここは精子を捕食して消化する血球細胞のいるところなのだ。

さて、トコジラミの研究にあたっては、飼育するために必要なものがある。それは血! それまでは飼育担当の学生が血を提供していたのだが、就職で研究室を離れたため、先生が研究をしたいならご自分の腕を差し出さなければならなかった! トコジラミにさされながら研究を続けるうち、上村先生は左右にスパーマリッジのあるトコジラミを見つけ、左側のスパーマリッジの役割の探求にチャレンジする。有力な仮説を立てたところで、マレーシアを去ることになり、時間切れで仮説は検証できなかったらしいが・・・

ところで、交尾を研究するときどうするか。液体窒素を用意して、交尾のさまざまなタイミングでターゲットの昆虫を瞬間凍結するのだ!! 昆虫の身になると可哀そうなのか、交尾の途中での昇天でシアワセなのか・・・?


最終ページは袋とじ。ネコやイヌ、イノシシ、ヤマアラシ、ヒツジ、ワラビー、ガラゴの交尾器のイラストとその謎が載っている。でも哺乳類の交尾器の形の謎を解き明かすのは、寿命サイクルや交尾時期なども関係しているから、相当ムズカシイだろうな。
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この写真は、アミメが世界一美しいといわれるクモらしいんだけど(サツマノミダマシ?)、アミがきれいに撮れなかった。秋はジョロウグモの大きなメスが目立ちますね。近くに小さいオスが交尾のチャンスを狙っているけど、メスは動くものをすぐ食べちゃうので、食べられないようにメスの食事のときの交尾を狙うんだって。おっと、クモは昆虫じゃなかったっけ。



第1章 オスとは? メスとは? 交尾とは?
 [コラム] そこまでするか! ゲニタリ屋

第2章 交尾をめぐる飽くなき攻防
 [コラム] 昆虫の性転換と雌雄モザイク

第3章 パズルは解けるか? 長―――い、交尾器の秘密

第4章 北へ南へ、新たな謎との出会い
 [コラム] 現場をおさえろ! 交尾中の昆虫の固定法・観察法

第5章 主役はメス!――交尾器研究の最前線へ

あとがき
付録 昆虫の交尾器・精子を見てみよう



by sustena | 2017-10-19 22:10 | 読んだ本のこと | Comments(4)
2017年 09月 30日

ベストセラー2種

このところ小説から遠ざかっていたんだけど、話題になったものを2つ読んだ。

一つは、(ようやく今ごろになって・・・図書館の予約がやっと回ってきたのだ)村上春樹の『騎士団長殺し』。第1部「顕れるイデア編」第2部「遷ろうメタファー編」(新潮社 2017年2月刊)。

道具立てなど、さすがうまいものであります。ちょうど3か月前にイタリア旅行でドン・ジョバンニを観たこともあって、騎士団長を登場させたことに興味を惹かれたし(でも、プラハで観た人形劇のドン・ジョバンニのほうがイメージに近いな)、妻に去られた絵描き(肖像画専門)に、リッチな謎めいた依頼人、夜中に鳴る鈴・・・。
そして穴を通り抜けて・・と、ちょっと中期の作品に近い感じ。

比喩なんかはいつもの村上節で、つるつる読めるんだけど、絵解きをしようとするととたんつまらなくなる。パズルのピースは途中までするする埋めていけるけど、最後になんだか、ぽっかり穴が開いたまま、凝りすぎのピースが残っちゃうみたいな。
それと、ナチスの暗殺事件にかかわった老画家についても、ちょっと通り一遍というか、食い足りない部分があったなぁ。
でもこれだけ長いのに最後まで読ませはするのだった。

もう一つは、燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社 2017年6月刊)
燃え殻さんは、テレビ美術制作会社に勤めている人。昼休みに始めたtwiitterが共感を呼んで、13万5600人ものフォロワーを持つ。この小説もweb連載に加筆修正を行ったというが、140字ではないけれど、10行程度の段落ごとに、ひとつの情景が浮かんでくる感じ。

エクレアの工場でバイトの休み時間に文通欄を観ていた主人公が、釣り文句にひかれて文通を始める。相手のブスの元カノや、テレビの字幕制作会社で出会った仲間との思い出などが、たんたんとしたつぶやきみたいに綴られていく。90年代っぽいー。

目次は
最愛のブスに“友達リクエストが送信されました”
暗闇から手を伸ばせ
ビューティフル・ドリーマーは何度観ましたか?
好きな人ってなに? そう思って生きてきたの
そしてまたサヨナラのはじまり
「海行きたいね」と彼女は言った
1999年に地球は滅亡しなかった
ギリギリの国でつかまえて
東京発の銀河鉄道
雨のよく降るこの星では
東京という街に心底愛されたひと
あの子が知らない男に抱かれている90分は、永遠みたいに長かった
ワンルームのプラネタリウム
ボクたちはみんな大人になれなかった
君が旅に出るいくつかの理由
やつらの足音のバラード
永遠も半ばを過ぎて
必ず朝が夜になるように
バック・トゥ・ザ・ノーフューチャー

「初めて入る古本屋で立ち読みをした。店構えがいいラーメン屋を見つけてはふたりでよく食べた。美味しいもの、美しいもの、面白いものに出会った時、これを知ったら絶対喜ぶなという人が近くにいることを、ボクは幸せと呼びたい」

↑この話をずーっと引き延ばしたようなお話です。といっては身もふたもないか。

「丸山町の坂の途中、神泉に近い場所に安さだけが取り柄のラブホテルがある。そこはかつてボクの憂鬱の安全地帯だった。
あの部屋の中で、彼女と一緒に過ごしていた時は、世界にふたりぼっちだった。
一度、大雨の夜にどうしようもない不安にかられて、誰もいなくなったオフィスから彼女に電話をかけた。「不安でさ、この仕事をずっとやっていける気がしないんだ。どうしよう」まくしたてるボクに彼女は「うんうん」と繰り返し話を聞いてくれた。そしてどんな愚痴でも、最後に「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」と言ってくれた。自分より好きになった人の根拠もない言葉ひとつで、やり過ごせた夜が確かにあった」

こんなセリフで切なくなる読者も多いのかなー

公園ではヒガンバナもアザミもフヨウもオシマイに。
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by sustena | 2017-09-30 17:15 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2017年 08月 21日

最近読んだ本

最近、あまり本を読めていない。

大竹昭子『間取りと妄想』(亜紀書房 2017年6月)は、マドリストである大竹さんが、13の間取りから物語を紡ぎ出したもの。

船の舳先にいるような/隣人/四角い窓はない/仕込み部屋/ふたごの家
カウンターは偉大/どちらのドアが先?/浴室と柿の木/巻貝/家の中に町がある
カメラのように/月を吸う/夢に見ました

間取りを見ながら動線や、どんな風景が見えるのかを創造しながら読むのが楽しい。
どれもいろんな仕掛けがあって、ほぉ、そう来たか」、と作者のたくらみにニヤリとしてしまう。

恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎 2016年9月)は、浜松を思わせる架空の都市を舞台にしたピアノコンクールに挑戦する演奏家たちを描く。久しぶりに小説を一気読み。それにしても、よくもまぁこんなにも音楽語りが続くこと! 登場する音楽をもう一度ちゃんと聴いてみたいなと思った。

こだま『夫のちんぽが入らない』(扶桑社 2017年1月)は、タイトルには一瞬驚いたが(朝日新聞に広告が載ったけれども、タイトルは入れられなかった)、読むと、このタイトルしかないよねぇ。
コミュニケーションが苦手な主人公が、地方の大学に通うために下宿したときに出会った男性は、すっと人の心に入り込むのびやかな心のひとで、ひかれあうが、どうしたわけか性生活ができない。二人の出会いから結婚まで、そしてどうにか入れようともがく前半がとてもテンポがいい。
しかし、教師となった主人公が、学級崩壊に見舞われるあたりから、読むのがちょっとしんどくなる部分が。
装丁がとてもきれいー

ヒアリ騒動もあって、ガゼン、蟻がどのように増えるのか興味がわいたので、関連書籍を何冊か読む。
そのなかで、京都大学の松浦健二先生の『シロアリ 女王様、その他がありましたか!』(岩波科学ライブラリー202 2013年2月)は最高!
お恥ずかしいことに、この本を読んで初めて知ったのだが、シロアリはアリの仲間ではなくて、分類的にはゴキブリの仲間なんだって。

松浦先生は、小学校6年で岩田久二雄の『ハチの生活』という本に出会い、炬燵でシロアリを飼い始める、」シャーレの壁を上ることができないので、脱走する心配はないんだそうです。
多くのハチやアリのコロニーが女権社会であるのに対して(オスは巣を飛び立ってメスと交尾すると死んでしまい、メスだけでコロニーを創設する)、シロアリは一夫一妻で巣をつくり、王と女王が存在する。ワーカーや兵アリもオスとメスがいる男女同権社会なんだそうだ。
結婚飛行で同棲カップルが誕生する謎や、単独メスの巣でも卵が産まれる謎、女王が君臨している間、他のメスが二次女王となるのを抑止する仕組み、シロアリの卵に化ける、一見ボールのようなカビの話など、「へーえ」の連続なのだった。
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by sustena | 2017-08-21 11:04 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2017年 06月 29日

村上慧『家をせおって歩く』

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アーティストの村上慧さんは、1988年生まれ。2011年3月に武蔵野美術大学を卒業したものの就職する気になれず、バイトをしながら芸術活動を続けようと仲間とアトリエを探し、格安の物件を見つけた。その契約日が、くしくも3月11日。当時、ツイッターなどでは「この震災から日本は変わる」という言説が飛び交っていて、村上さんも「ここから日本が変わるのか」と思いながら、家の改装・ペンキ塗りを進めていたという。

しかし原発事故は泥沼化し、次第にみんなその状態に慣れ、あんなにタイヘんなことが起きても日本はちっとも変わらない。でも、「震災でもこの国は変われない」とぶーたれるのではなく、村上さんは、社会のありように対する根本的な問いに対するアクションとして、発砲スチロールで家を作り日本のあちこちを歩いてゆく。

この絵本は、2014年4月から2015年3月9日まで、180回もの引っ越しをした記録だ。

目次は———

     はじめに
     家の紹介(高さ150cm、80cm×120cm)
     持ち物の紹介
     土地を探す
     間取り図を描く
     食べる
     眠る
     家の絵を描く
     歩く
     出会う
     乗り物を使う(トラック、フェリー、電車)
     家を守る(台風をやりすごす、家の修理)
     家を置いたところ全集
     いくつかのできごと
     わいちさん(大船渡市の片山和一良さんが自分でつくった大津波資料館の話)
     地図
     おわりに(大きさを155×135×80にしたことetc)


家に住むために大切なのは眠ることで、そのためには家を置く土地を借りなければならない。見知らぬ土地での交渉から始まるわけだが、幸いどの町にも協力してくれる人が現れる。
発砲スチロールの家にはお風呂もトイレもないので、銭湯や公衆トイレやコンビニを探すことになる。トイレやお風呂を見つけたら、それを間取り図に落とし込んでいく。お風呂場まで電車で20分ぐらいかかることも。とっても大きな間取り!

歩くときに注意しなければならないのは、自働車と風だ。歩いている時は視界が狭いので景色はあまり楽しめないのだが、のぞき窓となる通気孔ごしの写真も2点あった。ふーん、こんなふうに見えるのか。

「ナルホド」と思ったのは「家を守る」というパートである。台風をどうやり過ごすか?
「普通は台風などから身を守ってくれるのが家というものですが、この家の場合は私が台風から守ってやらないといけません」

家や土地って何だろう、ってことを考えながら読んだ。

おわりに、で村上さんは言う
「土地を借りる交渉をするということは、地域の中に入り込んでいくことです。それまでの生活との違いを感じながらも、そこに適応するために自分を変えるということです。
・・・(略)・・・新しい土地には新しい世界があります。そしてその新しい世界はまた、誰かにとっての故郷なのです。私たちはそれぞれに違う故郷を持ちつつも、ともに生きているのだと思います」

毎夏に、地元の小学校で行っている「まいまいハウス」のイベントがある。当初は自分で作った段ボールを背負い、近くの公園や神社の駐車場で過ごしたが、参加人数が増え、歩くのが危ないこともあって、体育館でのお泊りイベントになってしまったが、スタート当初、段ボールを背負った子どもたちが歩く風景はちょっと良かった。
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それと、近くの公園で毎年秋に開催しているアートイベントで、2004年にアーティストの高島亮三さんが「ジンネル」という作品を出したことも思い出した。
ケンネルならぬ「人寝る」で、入り口には犬マークならぬ人マークがある。ちょっと中で休んでみて、というわけである。アートもいろいろだー。
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村上慧さんのサイトはこちら→http://satoshimurakami.net/


by sustena | 2017-06-29 16:54 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2017年 04月 27日

苅谷夏子『フクロウが来た』

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苅谷夏子さんの『フクロウが来た ぽーのいる暮らし』を読んだ。

クリームイエローの表紙に、中島良二さんの描いた、本の上にちょこんとのった愛らしいフクロウのイラストがひたとこっちを見てる。かわいい♪ それだけで、この本の温かさが伝わってくるんだけど、工藤直子さんの腰巻きがまたいいのだ。

ふわふわ・・・もふもふ・・・じみじみ
せつなく・・・いとしく・・・あたふた
そんな肌ざわりと想いに満ちた本です。フクロウを育てた気持ちになりました。

これ以上、何を付け加える必要があるだろう!!

でも、久しぶりのブログのエントリーなのでちょっとだけ書く。

ふっふっふ、この本の主人公、「ぽー」に私は会ったことがあるのだよ。
以前、写真で紹介もしたことがある。この子です!

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でも、もう4歳になったぽーは、ずいぶんたくましくなったに違いない。

この本は、2012年の初夏、作者が家の近くにあるフクロウカフェに出かけ、猛禽類のいる暮らしにふれるところから話が始まる。
そこに繰り返し通ううち、ウラルフクロウとモリフクロウのハイブリッドの赤ちゃんを見て、飼わないというカターイ決意はどこへやら、フクロウを迎え入れることになる。

といってもペット、という存在とはちょっと違う。
フクロウが自然界に属するものだからこそ、作者はフクロウに惹かれ、深く知りたい、いっしょに暮らそうと思う。その一方で、手に入れてしまえば、フクロウは自然から離されてしまう。その矛盾を抱えながら、自分の都合に合わせるのではなく、ぽーにとっての自然を大事に大事にしようと作者は決意するのだ。

ところで、夏子さんがぽーに初めて出会ったとき、同じ箱に入っていた"箱きょうだい"の「小豆ちゃん」の飼い主は、理系の勉強をした人で、毎日欠かさず餌をどれだけ食べたかや体重をしっかり記録する。かたや夏子さんは国文出身で、大村はまに鍛えられた人だから、理系的な客観データは望めない代わりに、主観的な観察を丁寧にし、かつ、読者がまるで自分がぽーをしかと観察している気分になるくらい、ありありと眼に浮かぶように教えてくれる。

シャープの液晶テレビのアクオスが好きなこと、うんちをするときは、すり足でしずしずと15cmくらい後ずさりすること、リビングの高い位置にあるカーテンレールがお気に入りで、初めてそこに立つことができ、さらに食器棚に飛び乗ることができたときは本当に誇らしそうだったこと、雨が好きで、窓の外を飽きることなく眺めていること。。。。

夏子さんが実家の階段から落ちて全治3ヶ月の重傷を負い、リビングにベッドを置いてぽーと一緒に過ごした日々の記述も忘れがたい。
うんちの始末がすぐにできるよう部屋に置いてあったトイレットペーパーをつかんで感触を楽しんでいたぽーが、何かのはずみで床に転がったロールをつかんで一気に飛び立った場面。トイレットペーパーがおもしろいようにほどけて、
「ぽーの慌てたような羽音と私のくすくす笑いが、白い紙の渦の中に広がった」

いつもは一気読みする私だが、ゆっくりじっくり、夏子さんの記すひとことひとことを、味わいながら読む。

ぽーが初めて雪を見た日。
「・・・見ても見ても、雪はとめどなく降り、ぽーはそれでもまた見ている。不思議なのだろう。窓辺に寄りかかる私の肩の上に飛び移って、並んで一緒に雪を見続けた。ぽーの顔のあたりの和毛と私の耳のうぶ毛が触れ合う音が、世にも繊細な音として耳の奥に伝わってきて、無音の雪景色に添えられた。ポップコーンに似たぽーの体臭がふんわりと香る」。

いかん、いかん、いくらでも引用を続けたくなってしまうなあ。
宝物のような本ですー

そうそう、ぽーのアルバムが4ページぶんあるのだが、残念なことにモノクロ。
(もっともこの本の雰囲気にはカラーがいまいち似合わない部分もあるからやむなし、かな)
そんな人にはインスタグラムとブログがある。

ブログはこちら→poowl.wordpress.com

腰巻きの隅の応募券で先着200名にぽーの羽根のプレゼントもうれしいところ。応募しちゃおうかなー



by sustena | 2017-04-27 16:17 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2017年 01月 07日

村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』

c0155474_22535448.jpg村上春樹の紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』(2015年11月刊 文藝春秋)。1年ぐらい待ってようやく予約順番が回ってきたので、読む。

これは、2004年から2015年にかけて、「AGORA」や「太陽」「TITLE」に掲載された紀行文をまとめたもの。
目次は次の通り。

チャールズ河畔の小径―ボストン1
緑の苔と温泉のあるところ―アイスランド
おいしいものが食べたい―オレゴン州ポートランド・メイン州ポートランド
懐かしいふたつの島で―ミコノス島・スペッツェス島
もしタイムマシーンがあったなら―ニューヨークのジャズ・クラブ
シベリウスとカウリスマキを訪ねて―フィンランド
大いなるメコン川の畔で―ルアンプラバン(ラオス)
野球と鯨とドーナッツ―ボストン2
白い道と赤いワイン―トスカナ(イタリア)
漱石からくまモンまで―熊本県(日本)

ああー、行ってみたいッてところばかりではあるんだけど、とくにこれを読んでガゼン出かけたくなったのがラオスですね。

ラオスの世界遺産の仏都、ルアンプラバンでの滞在を記していて、ここは日本の京都みたいにいたるところに寺院があるので、とにかく僧侶の数が多いんだそうだ。

「鮮やかなオレンジ色の僧衣をまとったたくさんの坊主頭の僧侶たちが、街のあらゆる通りを、あらゆる方向に行き来している。彼らはとても静かに裸足で歩き、どこまでも柔和な笑みを顔に浮かべ、ひそやかな声でなにごとかを語り合う。オレンジ色と、腰に巻いた帯の黄色の組み合わせが目に鮮やかだ」

村上春樹のエッセイだよなぁと思うのはこのあとだ。

「僧侶の多くは強い日差しを避けるために傘をさしているのだが、傘は残念ながらごく普通の黒いこうもり雨傘であることが多い。僕は思うのだけれど、誰かが──たとえばどこかのNPOなり海外援助部門なりが──僧侶に合わせてオレンジ色の素敵な傘を、あるいは帯に合わせて黄色の傘を、彼らのために作ってあげるべきではないのだろうか。そうすれば色彩の統一感がいっそう際立ち、ルアンプラバンの風景は今にも増して印象的なものになるに違いない。そして僧侶としての彼らのアイデンティティーも、より揺らぎないものになるのではないか。ヤクルト・スワローズの熱心なファンが、緑色の傘を携えて勇んで神宮球場に行くみたいに」

なーんて勝手な物思いにふけるのである。そして、人々が朝早くから托鉢僧に寄進する様子、朝市に並ぶ新鮮でグロテスクな魚、メコン川やアマンタカというリゾートホテルでのラウンド・ガムラン奏者の演奏がエリック・ドルフィみたいだったことなどを記していく。

私は村上春樹の小説よりは、肩の凝らないエッセイのほうがダンゼン好きで──もっとも今回の旅行記よりは、工場見学をまとめたものとか、ギリシャに滞在したときのことを書いた「遠い太鼓」のほうが、共感できる。なぜって、この本の場合、いいご身分だよね、ってヒガミ心がよぎらないこともないからなんだけど、このラオスの1本だけで、まーいっかーって思っちゃうのだった。

今朝もジョウビタキとカワセミ。
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年末に咲き始めたロウバイが、イッキにほころび始めた感じ。
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by sustena | 2017-01-07 22:56 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2017年 01月 03日

中島京子『彼女に関する十二章』

c0155474_17203690.jpgお正月、ぐーたらしながら、中島京子の『彼女に関する十二章』という小説を読む。

書き出しは「どうやらあがったようだわ」。
雨の話じゃない。月のモノのことである。

主人公は結婚25年の50歳をすぎた宇藤聖子。夫の守は編集プロダクションを経営していて、企業のPR誌に伊藤整の『女性に関する十二章』を今ふうにアレンジした女性論を自分の名前で書くことになったことから、聖子もその1954年のベストセラーを読むことにする。

この伊藤整のエッセイと、ビミョーにシンクロしながら話が展開していくのだ。

一人息子で大学院で哲学を学ぶ勉が女っ気がないと心配したり、聖子が初恋の相手だったという男性の息子(久世穣/アメリカ女性とのハーフである)とひょんなことから交流が始まったり、NPO法人「サポートステーションゆらゆら」に出入りする元ホームレスの調整ボランティアの片瀬さんが気になってしまったり、かと思うと、突然息子が家に連れてきたトヨトミチカコにガッカリしたり。夫の弟でゲイの小次郎くんがスパイスのように登場したりする12話で構成されている。

ちなみに伊藤整の『女性に関する十二章』の目次は次の通り。

第一章 結婚と幸福
 第二章 女性の姿形
 第三章 哀れなる男性
 第四章 妻は世間の代表者
 第五章 五十歩と百歩
 第六章 愛とは何か
 第七章 正義と愛情
 第八章 苦悩について
 第九章 情緒について
 第十章 生命の意識
 第十一章 家庭とは何か
 第十二章 この世は生きるに値するか

第2章のタイトルが「男性の姿形」であるほかは、ぜーんぶ同じである。

たとえば第3章では、伊藤整の次の文章が引用される。

「ある女性を愛して結婚したから、即ち性の独占を女性に誓ったから、妻のみで満ち足りているというのは、男性の本来の姿でありません」「即ち、普通のノーマルな男性は、妻を愛しているに拘らず、機会があれば、数多くの女性に接したいという衝動を元来与えられているものなのです。もし男性一般がそのような、可能な限り到る所に子孫を残そうという健康な本能を与えられていなかったならば、人類は大分前に滅びている筈であります。この傾向は女性にもあることは事実ですが遙かに弱いもののようです」
(ゲッ、伊藤整のこの本は読んだことがなかったけど、こんなことが書いてあったのか!)

PR誌のタイトルを「種をまく人」にしたいとクライアントが言い出したとぼやく夫との軽妙なやりとりがあり、アメリカからやってきた久世穣クンの異母兄弟を見て、彼の父・久世佑太=「種をまく人」だという思いにとらわれちゃったりするのであります。

共感したり笑い転げるうち、最後にはなんとなくホンワカして、イッキ読み。たくらみに満ちた楽しい小説です。

写真はけさ公園で見たカワセミ。弁天島といつものボート乗り場と、別々のコだった。
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by sustena | 2017-01-03 17:18 | 読んだ本のこと | Comments(6)
2016年 05月 05日

村上春樹『職業としての小説家』

c0155474_1423567.jpg日本では滅多に講演やサイン会を行わず、自作について、あるいは小説家としての自らの生き方についてほとんど語ることのない村上春樹が、私的講演録の形でスイッチ・パブリッシングの「MONKEY」に連載していたものに書き下ろしを加え、単行本として昨秋出版された『職業としての小説家』(2015年9月刊)を読む。

全編、語りかけるトーンで書かれているので、とても読みやすい。
小説の世界に参入することは簡単だけど、ずっと小説家であり続けることは、むずかしい。この書では、大学を出て、ジャズバーを経営していた村上春樹が、小説を書き始めて、自分の文体をつくりあげ、日本の文壇、文学界のジョーシキとは異なる彼なりのやり方で、小説家として生きてきた、その心構えや、書き続けるための体力や素材の見つけ方、アメリカで戦うための戦略エトセトラを記してる。

ちょっと意外だったのは、日本の出版界や批評家に対するウラミツラミというか、違和感をかなりあけすけに語っているところ。

自身へのさまざまな攻撃が、同時代の日本文学関係者が感じていたフラストレーションの発散、つまり、主流派純文学というメインストリームが存在感や影響力を急速に失うというパラダイムの転換、メルトダウン的な文化状況に我慢がならなかったことにあるのだろうと振り返りつつ
「僕の書いているものを、あるいは僕という存在そのものを『本来あるべき状況を損ない、破壊した元凶のひとつ』として白血球がウィルスを攻撃するみたいに排除しようとしたのではないか」
とまで書いているんである!

自分の作品は、社会的ランドスライドが起きる状況で、共感され、よく読まれているようだ、と分析しているところも興味深かったな。そういう状況下では、不確かな現実を、新たなメタファー・システムをうまく連結させ、主観世界と客観世界を行き来させることによってアジャストしなければならないわけだが、自分の小説が提供する物語のリアリティーが、そういうアジャストメントの歯車としてたまたまグローバルにうまく機能したんだと。

同時期に出版された、読者からの質問に答えた『村上さんのところ』とあわせ読むと、いっそうナルホドって感じるんじゃないかなぁ。
ハルキストって呼んでくれるな、「村上主義者」にして、だって。

目次
第一回 小説家は寛容な人種なのか
第二回 小説家になった頃
第三回 文学賞について
第四回 オリジナリティーについて
第五回 さて、何を書けばいいのか?
第六回 時間を味方につける―長編小説を書くこと
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第八回 学校について
第九回 どんな人物を登場させようか?
第十回 誰のために書くのか?
第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

写真は東急プラザ銀座の屋上。けっこう気持ちいい。
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by sustena | 2016-05-05 14:27 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2016年 05月 04日

大隅 典子『脳からみた自閉症―「障害」と「個性」のあいだ』

c0155474_21592635.jpg東北大学大学院医学系研究科の大隅典子先生の『脳からみた自閉症―「障害」と「個性」のあいだ』(ブルーバックス 2016年4月刊)を読む。

自閉症と診断される人の割合は、2014年には68人に1人で、40年前の70倍という。小学校の2クラスに一人ぐらいはいる勘定で、決してまれな障害ではない。
しかし、親の育て方が悪い(冷蔵庫マザー理論)から、あるいは小さいときの三種混合ワクチンの副作用、などといった誤解も多いという。

自閉症は、脳ができあがるまでのちょっとしたバグが原因で生じる発達障害であり、健常者との明確な境界はなく、症状もさまざまな「スペクトラム(連続体)」だ。

この書では、ひとつの受精卵から脳がどのようにできていくのか、ニューロンやグリア細胞、アストロサイトの役割、シナプスがどのようにネットワークをつくるのか、そして、効率よい情報伝達のためにいかにシナプスが刈り込まれるのか、興奮と抑制の機能をになうニューロンのバランスをどうとっていくのかなど、脳の発生発達の複雑精巧なプロセスを詳細に伝えながら、その過程で生じるリスクをわかりやすく解説する。このパートが実にわかりやすい。

その上で、脳と自閉症の関係が現在どこまで明らかになっていているのか、原因を探るためにマウスなどを使ってどんな実験が行われているのかなどを、最新の内外の研究成果を交えて紹介していく。DNAや遺伝子、ゲノムといった基本についても、ものすごくていねいに記載されていて感動♪

それにしても、なぜ近年自閉症がこんなに増えているのか。もちろん、自閉症の定義や診断技術の進歩によって増えた、という事情もあるだろう。それ以外にも、たとえば母親のダイエットなど、妊娠中の環境の変化や、父親の加齢なども考えられる、と大隅先生は指摘する。

なんと、50歳以上の父親の子どもの自閉症発症リスクは、20代の父親の1.6倍にもなるという。
(えー、卵子の数は女性が生まれたときから卵巣にある数百個だけだけど、精巣には精子のタネの精原細胞が膨大にあって、それらが1個につき1024個もの精子をつくり、また幹細胞として自分自身を増殖させていく。こうして、一日につくられる精子の数は5000~数億個、それがずーっと続くので、コピーミスが起きるリスクが圧倒的に高く、最近の研究で、父親由来のコピーミスによるドゥノボ変異が多いことも分かってきたんだって。つまり、卵子の老化だけが問題じゃないってこと)。

自閉症について、基本的なことを知りたい、正確な科学リテラシーを身につけたいという人はぜひ。

目次
第1章 自閉症とは何か
第2章 脳はどのように発生発達するのか
第3章 ここまでわかった脳と自閉症の関係
第4章 自閉症を解き明かすための動物実験
第5章 自閉症を起こす遺伝子はあるのか
第6章 増加する自閉症にいかに対処するか
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by sustena | 2016-05-04 22:03 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2016年 04月 06日

井上荒野『ママがやった』

c0155474_23193770.jpg先日、井上荒野の『ママがやった』(文藝春秋 2016年1月刊)を読んだ。

創太が母親に電話をかけると、こちらからも電話しようと思っていたところだったと母親の百々子が言う。ただ電話では話しにくいことだから、というので居酒屋「ひらく」を営む母のところに行くと、父が死んでいた。母が殺したのだ。酔いつぶれて寝ている父親の顔の上に、水で濡らしたタオルをかぶせて、その上に枕を置き、全体重で押さえたのだという。その理由を母は語らない。

父の拓人は、母よりも7歳若い。ひょろりとした体型で甘ったるい顔立ち。身勝手で、無責任で10歳ぐらいのガキのような精神年齢だが、なぜか若い頃から女がたえなかった。女の心のスキにすっと入り込む不思議な魅力を持った男だったのだろう。

結婚したときからそのことを重々知っていて、半世紀連れ立った男をなぜ百々子は殺してしまったのか。

この小説は、そんな父と母、二人の姉と創太、姉の家族たちなど、ある一家の愛の形を、視点や時間の流れを変えながら語っていく。
拓人の話しぶり、茶目っ気を秘めた目つきなどが目に浮かぶよう。井上荒野の父の井上光晴も、こんな男だったんだろうか・・・と思いながら読んだ。

各扉のタイトルわまりのラインが奇妙な味だったなぁ。
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ママがやった/五、六回/ ミック・ジャガーごっこ/コネティカットの分譲霊園/恥/はやくうちに帰りたい/自転車/縦覧謝絶

by sustena | 2016-04-06 23:39 | 読んだ本のこと | Comments(0)