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カテゴリ:読んだ本のこと( 395 )


2017年 04月 27日

苅谷夏子『フクロウが来た』

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苅谷夏子さんの『フクロウが来た ぽーのいる暮らし』を読んだ。

クリームイエローの表紙に、中島良二さんの描いた、本の上にちょこんとのった愛らしいフクロウのイラストがひたとこっちを見てる。かわいい♪ それだけで、この本の温かさが伝わってくるんだけど、工藤直子さんの腰巻きがまたいいのだ。

ふわふわ・・・もふもふ・・・じみじみ
せつなく・・・いとしく・・・あたふた
そんな肌ざわりと想いに満ちた本です。フクロウを育てた気持ちになりました。

これ以上、何を付け加える必要があるだろう!!

でも、久しぶりのブログのエントリーなのでちょっとだけ書く。

ふっふっふ、この本の主人公、「ぽー」に私は会ったことがあるのだよ。
以前、写真で紹介もしたことがある。この子です!

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でも、もう4歳になったぽーは、ずいぶんたくましくなったに違いない。

この本は、2012年の初夏、作者が家の近くにあるフクロウカフェに出かけ、猛禽類のいる暮らしにふれるところから話が始まる。
そこに繰り返し通ううち、ウラルフクロウとモリフクロウのハイブリッドの赤ちゃんを見て、飼わないというカターイ決意はどこへやら、フクロウを迎え入れることになる。

といってもペット、という存在とはちょっと違う。
フクロウが自然界に属するものだからこそ、作者はフクロウに惹かれ、深く知りたい、いっしょに暮らそうと思う。その一方で、手に入れてしまえば、フクロウは自然から離されてしまう。その矛盾を抱えながら、自分の都合に合わせるのではなく、ぽーにとっての自然を大事に大事にしようと作者は決意するのだ。

ところで、夏子さんがぽーに初めて出会ったとき、同じ箱に入っていた"箱きょうだい"の「小豆ちゃん」の飼い主は、理系の勉強をした人で、毎日欠かさず餌をどれだけ食べたかや体重をしっかり記録する。かたや夏子さんは国文出身で、大村はまに鍛えられた人だから、理系的な客観データは望めない代わりに、主観的な観察を丁寧にし、かつ、読者がまるで自分がぽーをしかと観察している気分になるくらい、ありありと眼に浮かぶように教えてくれる。

シャープの液晶テレビのアクオスが好きなこと、うんちをするときは、すり足でしずしずと15cmくらい後ずさりすること、リビングの高い位置にあるカーテンレールがお気に入りで、初めてそこに立つことができ、さらに食器棚に飛び乗ることができたときは本当に誇らしそうだったこと、雨が好きで、窓の外を飽きることなく眺めていること。。。。

夏子さんが実家の階段から落ちて全治3ヶ月の重傷を負い、リビングにベッドを置いてぽーと一緒に過ごした日々の記述も忘れがたい。
うんちの始末がすぐにできるよう部屋に置いてあったトイレットペーパーをつかんで感触を楽しんでいたぽーが、何かのはずみで床に転がったロールをつかんで一気に飛び立った場面。トイレットペーパーがおもしろいようにほどけて、
「ぽーの慌てたような羽音と私のくすくす笑いが、白い紙の渦の中に広がった」

いつもは一気読みする私だが、ゆっくりじっくり、夏子さんの記すひとことひとことを、味わいながら読む。

ぽーが初めて雪を見た日。
「・・・見ても見ても、雪はとめどなく降り、ぽーはそれでもまた見ている。不思議なのだろう。窓辺に寄りかかる私の肩の上に飛び移って、並んで一緒に雪を見続けた。ぽーの顔のあたりの和毛と私の耳のうぶ毛が触れ合う音が、世にも繊細な音として耳の奥に伝わってきて、無音の雪景色に添えられた。ポップコーンに似たぽーの体臭がふんわりと香る」。

いかん、いかん、いくらでも引用を続けたくなってしまうなあ。
宝物のような本ですー

そうそう、ぽーのアルバムが4ページぶんあるのだが、残念なことにモノクロ。
(もっともこの本の雰囲気にはカラーがいまいち似合わない部分もあるからやむなし、かな)
そんな人にはインスタグラムとブログがある。

ブログはこちら→poowl.wordpress.com

腰巻きの隅の応募券で先着200名にぽーの羽根のプレゼントもうれしいところ。応募しちゃおうかなー



by sustena | 2017-04-27 16:17 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2017年 01月 07日

村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』

c0155474_22535448.jpg村上春樹の紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』(2015年11月刊 文藝春秋)。1年ぐらい待ってようやく予約順番が回ってきたので、読む。

これは、2004年から2015年にかけて、「AGORA」や「太陽」「TITLE」に掲載された紀行文をまとめたもの。
目次は次の通り。

チャールズ河畔の小径―ボストン1
緑の苔と温泉のあるところ―アイスランド
おいしいものが食べたい―オレゴン州ポートランド・メイン州ポートランド
懐かしいふたつの島で―ミコノス島・スペッツェス島
もしタイムマシーンがあったなら―ニューヨークのジャズ・クラブ
シベリウスとカウリスマキを訪ねて―フィンランド
大いなるメコン川の畔で―ルアンプラバン(ラオス)
野球と鯨とドーナッツ―ボストン2
白い道と赤いワイン―トスカナ(イタリア)
漱石からくまモンまで―熊本県(日本)

ああー、行ってみたいッてところばかりではあるんだけど、とくにこれを読んでガゼン出かけたくなったのがラオスですね。

ラオスの世界遺産の仏都、ルアンプラバンでの滞在を記していて、ここは日本の京都みたいにいたるところに寺院があるので、とにかく僧侶の数が多いんだそうだ。

「鮮やかなオレンジ色の僧衣をまとったたくさんの坊主頭の僧侶たちが、街のあらゆる通りを、あらゆる方向に行き来している。彼らはとても静かに裸足で歩き、どこまでも柔和な笑みを顔に浮かべ、ひそやかな声でなにごとかを語り合う。オレンジ色と、腰に巻いた帯の黄色の組み合わせが目に鮮やかだ」

村上春樹のエッセイだよなぁと思うのはこのあとだ。

「僧侶の多くは強い日差しを避けるために傘をさしているのだが、傘は残念ながらごく普通の黒いこうもり雨傘であることが多い。僕は思うのだけれど、誰かが──たとえばどこかのNPOなり海外援助部門なりが──僧侶に合わせてオレンジ色の素敵な傘を、あるいは帯に合わせて黄色の傘を、彼らのために作ってあげるべきではないのだろうか。そうすれば色彩の統一感がいっそう際立ち、ルアンプラバンの風景は今にも増して印象的なものになるに違いない。そして僧侶としての彼らのアイデンティティーも、より揺らぎないものになるのではないか。ヤクルト・スワローズの熱心なファンが、緑色の傘を携えて勇んで神宮球場に行くみたいに」

なーんて勝手な物思いにふけるのである。そして、人々が朝早くから托鉢僧に寄進する様子、朝市に並ぶ新鮮でグロテスクな魚、メコン川やアマンタカというリゾートホテルでのラウンド・ガムラン奏者の演奏がエリック・ドルフィみたいだったことなどを記していく。

私は村上春樹の小説よりは、肩の凝らないエッセイのほうがダンゼン好きで──もっとも今回の旅行記よりは、工場見学をまとめたものとか、ギリシャに滞在したときのことを書いた「遠い太鼓」のほうが、共感できる。なぜって、この本の場合、いいご身分だよね、ってヒガミ心がよぎらないこともないからなんだけど、このラオスの1本だけで、まーいっかーって思っちゃうのだった。

今朝もジョウビタキとカワセミ。
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年末に咲き始めたロウバイが、イッキにほころび始めた感じ。
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by sustena | 2017-01-07 22:56 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2017年 01月 03日

中島京子『彼女に関する十二章』

c0155474_17203690.jpgお正月、ぐーたらしながら、中島京子の『彼女に関する十二章』という小説を読む。

書き出しは「どうやらあがったようだわ」。
雨の話じゃない。月のモノのことである。

主人公は結婚25年の50歳をすぎた宇藤聖子。夫の守は編集プロダクションを経営していて、企業のPR誌に伊藤整の『女性に関する十二章』を今ふうにアレンジした女性論を自分の名前で書くことになったことから、聖子もその1954年のベストセラーを読むことにする。

この伊藤整のエッセイと、ビミョーにシンクロしながら話が展開していくのだ。

一人息子で大学院で哲学を学ぶ勉が女っ気がないと心配したり、聖子が初恋の相手だったという男性の息子(久世穣/アメリカ女性とのハーフである)とひょんなことから交流が始まったり、NPO法人「サポートステーションゆらゆら」に出入りする元ホームレスの調整ボランティアの片瀬さんが気になってしまったり、かと思うと、突然息子が家に連れてきたトヨトミチカコにガッカリしたり。夫の弟でゲイの小次郎くんがスパイスのように登場したりする12話で構成されている。

ちなみに伊藤整の『女性に関する十二章』の目次は次の通り。

第一章 結婚と幸福
 第二章 女性の姿形
 第三章 哀れなる男性
 第四章 妻は世間の代表者
 第五章 五十歩と百歩
 第六章 愛とは何か
 第七章 正義と愛情
 第八章 苦悩について
 第九章 情緒について
 第十章 生命の意識
 第十一章 家庭とは何か
 第十二章 この世は生きるに値するか

第2章のタイトルが「男性の姿形」であるほかは、ぜーんぶ同じである。

たとえば第3章では、伊藤整の次の文章が引用される。

「ある女性を愛して結婚したから、即ち性の独占を女性に誓ったから、妻のみで満ち足りているというのは、男性の本来の姿でありません」「即ち、普通のノーマルな男性は、妻を愛しているに拘らず、機会があれば、数多くの女性に接したいという衝動を元来与えられているものなのです。もし男性一般がそのような、可能な限り到る所に子孫を残そうという健康な本能を与えられていなかったならば、人類は大分前に滅びている筈であります。この傾向は女性にもあることは事実ですが遙かに弱いもののようです」
(ゲッ、伊藤整のこの本は読んだことがなかったけど、こんなことが書いてあったのか!)

PR誌のタイトルを「種をまく人」にしたいとクライアントが言い出したとぼやく夫との軽妙なやりとりがあり、アメリカからやってきた久世穣クンの異母兄弟を見て、彼の父・久世佑太=「種をまく人」だという思いにとらわれちゃったりするのであります。

共感したり笑い転げるうち、最後にはなんとなくホンワカして、イッキ読み。たくらみに満ちた楽しい小説です。

写真はけさ公園で見たカワセミ。弁天島といつものボート乗り場と、別々のコだった。
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by sustena | 2017-01-03 17:18 | 読んだ本のこと | Comments(6)
2016年 05月 05日

村上春樹『職業としての小説家』

c0155474_1423567.jpg日本では滅多に講演やサイン会を行わず、自作について、あるいは小説家としての自らの生き方についてほとんど語ることのない村上春樹が、私的講演録の形でスイッチ・パブリッシングの「MONKEY」に連載していたものに書き下ろしを加え、単行本として昨秋出版された『職業としての小説家』(2015年9月刊)を読む。

全編、語りかけるトーンで書かれているので、とても読みやすい。
小説の世界に参入することは簡単だけど、ずっと小説家であり続けることは、むずかしい。この書では、大学を出て、ジャズバーを経営していた村上春樹が、小説を書き始めて、自分の文体をつくりあげ、日本の文壇、文学界のジョーシキとは異なる彼なりのやり方で、小説家として生きてきた、その心構えや、書き続けるための体力や素材の見つけ方、アメリカで戦うための戦略エトセトラを記してる。

ちょっと意外だったのは、日本の出版界や批評家に対するウラミツラミというか、違和感をかなりあけすけに語っているところ。

自身へのさまざまな攻撃が、同時代の日本文学関係者が感じていたフラストレーションの発散、つまり、主流派純文学というメインストリームが存在感や影響力を急速に失うというパラダイムの転換、メルトダウン的な文化状況に我慢がならなかったことにあるのだろうと振り返りつつ
「僕の書いているものを、あるいは僕という存在そのものを『本来あるべき状況を損ない、破壊した元凶のひとつ』として白血球がウィルスを攻撃するみたいに排除しようとしたのではないか」
とまで書いているんである!

自分の作品は、社会的ランドスライドが起きる状況で、共感され、よく読まれているようだ、と分析しているところも興味深かったな。そういう状況下では、不確かな現実を、新たなメタファー・システムをうまく連結させ、主観世界と客観世界を行き来させることによってアジャストしなければならないわけだが、自分の小説が提供する物語のリアリティーが、そういうアジャストメントの歯車としてたまたまグローバルにうまく機能したんだと。

同時期に出版された、読者からの質問に答えた『村上さんのところ』とあわせ読むと、いっそうナルホドって感じるんじゃないかなぁ。
ハルキストって呼んでくれるな、「村上主義者」にして、だって。

目次
第一回 小説家は寛容な人種なのか
第二回 小説家になった頃
第三回 文学賞について
第四回 オリジナリティーについて
第五回 さて、何を書けばいいのか?
第六回 時間を味方につける―長編小説を書くこと
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第八回 学校について
第九回 どんな人物を登場させようか?
第十回 誰のために書くのか?
第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

写真は東急プラザ銀座の屋上。けっこう気持ちいい。
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by sustena | 2016-05-05 14:27 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2016年 05月 04日

大隅 典子『脳からみた自閉症―「障害」と「個性」のあいだ』

c0155474_21592635.jpg東北大学大学院医学系研究科の大隅典子先生の『脳からみた自閉症―「障害」と「個性」のあいだ』(ブルーバックス 2016年4月刊)を読む。

自閉症と診断される人の割合は、2014年には68人に1人で、40年前の70倍という。小学校の2クラスに一人ぐらいはいる勘定で、決してまれな障害ではない。
しかし、親の育て方が悪い(冷蔵庫マザー理論)から、あるいは小さいときの三種混合ワクチンの副作用、などといった誤解も多いという。

自閉症は、脳ができあがるまでのちょっとしたバグが原因で生じる発達障害であり、健常者との明確な境界はなく、症状もさまざまな「スペクトラム(連続体)」だ。

この書では、ひとつの受精卵から脳がどのようにできていくのか、ニューロンやグリア細胞、アストロサイトの役割、シナプスがどのようにネットワークをつくるのか、そして、効率よい情報伝達のためにいかにシナプスが刈り込まれるのか、興奮と抑制の機能をになうニューロンのバランスをどうとっていくのかなど、脳の発生発達の複雑精巧なプロセスを詳細に伝えながら、その過程で生じるリスクをわかりやすく解説する。このパートが実にわかりやすい。

その上で、脳と自閉症の関係が現在どこまで明らかになっていているのか、原因を探るためにマウスなどを使ってどんな実験が行われているのかなどを、最新の内外の研究成果を交えて紹介していく。DNAや遺伝子、ゲノムといった基本についても、ものすごくていねいに記載されていて感動♪

それにしても、なぜ近年自閉症がこんなに増えているのか。もちろん、自閉症の定義や診断技術の進歩によって増えた、という事情もあるだろう。それ以外にも、たとえば母親のダイエットなど、妊娠中の環境の変化や、父親の加齢なども考えられる、と大隅先生は指摘する。

なんと、50歳以上の父親の子どもの自閉症発症リスクは、20代の父親の1.6倍にもなるという。
(えー、卵子の数は女性が生まれたときから卵巣にある数百個だけだけど、精巣には精子のタネの精原細胞が膨大にあって、それらが1個につき1024個もの精子をつくり、また幹細胞として自分自身を増殖させていく。こうして、一日につくられる精子の数は5000~数億個、それがずーっと続くので、コピーミスが起きるリスクが圧倒的に高く、最近の研究で、父親由来のコピーミスによるドゥノボ変異が多いことも分かってきたんだって。つまり、卵子の老化だけが問題じゃないってこと)。

自閉症について、基本的なことを知りたい、正確な科学リテラシーを身につけたいという人はぜひ。

目次
第1章 自閉症とは何か
第2章 脳はどのように発生発達するのか
第3章 ここまでわかった脳と自閉症の関係
第4章 自閉症を解き明かすための動物実験
第5章 自閉症を起こす遺伝子はあるのか
第6章 増加する自閉症にいかに対処するか
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by sustena | 2016-05-04 22:03 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2016年 04月 06日

井上荒野『ママがやった』

c0155474_23193770.jpg先日、井上荒野の『ママがやった』(文藝春秋 2016年1月刊)を読んだ。

創太が母親に電話をかけると、こちらからも電話しようと思っていたところだったと母親の百々子が言う。ただ電話では話しにくいことだから、というので居酒屋「ひらく」を営む母のところに行くと、父が死んでいた。母が殺したのだ。酔いつぶれて寝ている父親の顔の上に、水で濡らしたタオルをかぶせて、その上に枕を置き、全体重で押さえたのだという。その理由を母は語らない。

父の拓人は、母よりも7歳若い。ひょろりとした体型で甘ったるい顔立ち。身勝手で、無責任で10歳ぐらいのガキのような精神年齢だが、なぜか若い頃から女がたえなかった。女の心のスキにすっと入り込む不思議な魅力を持った男だったのだろう。

結婚したときからそのことを重々知っていて、半世紀連れ立った男をなぜ百々子は殺してしまったのか。

この小説は、そんな父と母、二人の姉と創太、姉の家族たちなど、ある一家の愛の形を、視点や時間の流れを変えながら語っていく。
拓人の話しぶり、茶目っ気を秘めた目つきなどが目に浮かぶよう。井上荒野の父の井上光晴も、こんな男だったんだろうか・・・と思いながら読んだ。

各扉のタイトルわまりのラインが奇妙な味だったなぁ。
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ママがやった/五、六回/ ミック・ジャガーごっこ/コネティカットの分譲霊園/恥/はやくうちに帰りたい/自転車/縦覧謝絶

by sustena | 2016-04-06 23:39 | 読んだ本のこと | Comments(0)
2016年 03月 17日

四月は少しつめたくて

c0155474_221404.jpg少し少女趣味ではあるんだけれど、谷川直子さんの『四月は少しつめたくて』(河出書房新社 2015年4月刊)という小説がよかった。

詩を書けなくなった大物詩人・藤堂隆雄の担当になった、果実社の今泉桜子。大手出版社の女性誌の編集者だったが、あることをきっかけに退職し、「月刊現代詩」に就職したのだ。病気で入院している社長のかわりに藤堂の担当となり、藤堂に新作を依頼することになったのだが、詩についてはほとんど素人で、藤堂にパチンコや競馬場に連れていかれ、金を貸すはめに・・・。桜子は藤堂に振り回されながらも、藤堂のもとに通うが、大詩人は一向に詩を書いてくれない。

詩を書かなくなった藤堂が食い扶持を得ているのが、カルチャーセンターの詩の教室だった。そこには、イケメンの藤堂ファンの女性が集っているのだが、その教室に一人の母親が加わる。清水まひろである。クラスメートが自殺未遂をしたのは、娘のクルミのせいだと難癖をつけられて以来、家族に対してもまったく口をきかなくなった一人娘を心配し、なんとか元の活発な娘に戻す手がかりを得たいと、娘の部屋にあった詩集の作者のもとを訪ねたのだった。

この小説は、詩をつくることを求める桜子と藤堂の話と、詩とは何かについて教える詩人と生徒たちの2つの物語が平行で進み、後半には両方の世界がまじわっていく。
登場人物たちは、詩とは何か、いまやすっかり軽くなってしまった歌詞やLINEやSNSで飛び交う言葉は詩とどう違うのか、なんてことをしきりに話す。そして、どうしたら相手に届く言葉を紡ぎだせるのか、意味を失った言葉にもう一度意味を持たせるためにはどうしたらよいかについて、真剣に悩む。といっても、こむずかしい話ではなくて、登場人物たちの会話に共感しながら、私たちも同じ問いをかみしめる感じ。

最後、ふたたひ詩を書くことを宣言する藤堂のセリフ。

詩とは、心の内側に下りていくための階段だ。
詩の言葉というのは特別なんだ。すべてを吐き出してギリギリまで痩せているか、あるいはあらゆるものを飲み尽くし見事に丸々と太っていなくちゃならない。
何度繰り返されても消費されない強さを持った言葉、それが詩の言葉のあり方なんだ。

この小説は、タイトルと同じ、こんな言葉から始まる。

四月は少しつめたくて、それから少し背伸びしている。
だから私は四月が好きだ。

そしてストーリーはじわじわっと展開し、最後の5ページのあたりでは、

・・駅の改札を出ると、四月のにおいがした。同じ景色なのに四月はどこか新しく見える。だからわたしは四月が好きだ。

と、1年が経ち、

整った蛍光灯の光が、少しだけとんがった四月の空気を静かにかくはんして、いま生まれた感情を夜のすみずみまで伝えてゆく。
朝になったら、開いたばかりの桜を見つけにいこう、とわたしは思った。

で終わる。
これは、藤堂、桜子、まひろとクルミ、それぞれの再生の物語なのだ。
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by sustena | 2016-03-17 22:14 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2016年 03月 08日

『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』

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エクスナレッジから2015年12月に刊行された『Frank Gehry フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』は、アイデアの塊で、独創的な建築をつくるゲーリーが、いかにして卓越した建築家であり続けているのか、その秘密に、丹念なインタビューと数多くの写真やスケッチで迫った本。

原著の発行は2009年で、インタビュアーは『ロサンゼルス・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』の元記者で、美術ライターのバーバラ・アイゼンバーグ。日本語訳は岡本由香子さん。とても読みやすい訳文だ。

ゲーリーは1929年2月29日、フランク・オーウェン・ゴールドバークとして゛カナダのトロントに生まれた。父はボクサー・トラック運転手、セールスマンとして家族を養ったが、絵を描くのは犂だった。ポーランド生まれの母は、成人してから高校に入り直した。バイオリンをたしなみ、息子に芸術と音楽の世界を教えたという。その後一家は1947年にロサンゼルスに移住し、授業料がタダのロサンゼルス・シティ・カレッジの夜学部に入学。そこで美術と建築を受講し、南カリフォルニア大学の時間外の陶芸のプログラムで学んだりしていた。そして建築の才能を見いだされ、夜間の建築デザインのクラスに進むことになる。その後、1954年秋から1956年にかけて、アメリカ陸軍に入隊し、建築の専門家としてさまざまな経験を重ねていく。

改姓したのは1954年。本人の希望というより、娘が、ユダヤ人という出自によって差別されたりからかわれたりしないため、ドイツ系スイス人によくある名前で、Gがつく名前ということで選んだのだという。

最初に就職したのは、有名建築家、ヴィクター・グルーエンの事務所。ゲーリーはそこで、ショッピング・センターや個人の社宅、店舗の設計などをこなす。そのころはずっと伝統的な設計を手がけていたらしい。

建築の勉強をしていたころに惹かれたのはコルビュジエ。彼の絵を見て身震いがしたという。
「二次元の世界で自分の言語を確立していることに心惹かれた」という。「コルビュジエの絵を見て、それから彼の建築を見て、彼が独自の言語を創造していることに気づいた。彼は発想を絵にしている。彼にとって絵を描くことは、アイデアをつかむための方法なんだ」
そして、自分はどうやって表現すればいいかを考えて、その答えがスケッチと悟る。その後彼はいろいろなアーティストと友だちになり、彼らの発想をぐいぐい自分のものにしていくことになる。


有名になるにつれ、世間が抱くゲーリー像に、あるときはいらだつ。
「ぼくのつくるものは妄想の産物で、機能性だの周囲の環境だのといったことはまったく無視しているという印象を持つ人が多いからだ。ぼくの身勝手がなぜかまかり通って、いかにも機能していいるように見せかけていると、そういうふうに思われる。50も60も模型をつくって、予算内に収まるように、工期に間に合うように四苦八苦して、技術的問題をはじめとしたもろもろの障害を乗り越えて、ようやく完成したことは評価してもらえない。
アーティストと見なされるということは、ビジネスの能力がないと思われることに等しい。・・・・ (略)
見たこともないような並外れた作品を発表すると、予算やスケジュールやクライアントや周辺環境に無頓着なやつだと決めつける。エゴの塊だと。そういう建築家もいるかもしれないが、ぼくは違う」

バーバラが、インタビューした人たちの何人かが、ゲーリーノ最大の長所は人の話をとん聞くところだと言っていた。オンタリオ美術館の館長などは、ゲーリーが初期の段階からどんな美術館にしたいのかをしつこいほど質問してきたと書いていると伝えると

「その部分は文字を大きくしておいてくれ。ゲーリーは聞く耳を持っている。エゴの塊ではないってね」

ゲーリーは、過去の建築や絵、自然から着想を得ることが多いという。

年に一度はコルビュジエのロンシャンの礼拝堂を訪れるようにしているんだそうだ。「あれを見ると涙が出るんだ。あまりにも美しい。ほとんど完璧といっていい。魂が震える場所だよ」と語る。「コルビュジエの作品はよく勉強したから、あの形状がどこから来て、あの域に到達するまでにどれほどの苦労があったかもわかる。コルビュジエはあの建築に7年の歳月をかけたんだ。ぼくは彼が考えたすべての設計案を研究したよ」

「偉大なものを前にすると膝の力が行けるんだ。キリストにいばらの冠をかぶせる(ヒエロニムス・ボスの)絵を 見たときもそうなった。イスラエルでやっているプロジェクトの発想の源になった絵だ」「とっくに始まっていたから、べつにボスの絵を真似したわけじゃない。でも、偉大な作品を見ると勇気が湧く。・・・・このまま進んでいいんだと思える」


3カ月前にゲーリーの建築の進め方の展覧会を見ただけに、さらになるほど!と思うことが多かったな。

A5変型 308ページ 4色。

■目次
はじめに
“夢の家”をデザインする
第1部 学び
    始まり、ゲーリー上等兵、次のステップへ、芸術作品とトイレ
第2部 自分の言語を確立する
    ゲーリー 海を渡る、ミシシッピ川の美術の神殿
    待ちに待ったヒーローの帰還
    ディズニー・ホールのコンペを振り返って
    ビルバオ・イフェクト
第3部 さらなる高みへ
    事務所のゲーリー
    天才たちと交わる
    スクリーンで、そしてティファニーで
    大陸の端と端で アトランティック・ヤードとグランド・アベニュー再開発
    ガラスの家の人々
    ゲーリー、犬小屋を建てる
    故郷へ
    引退までのカウントダウン
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by sustena | 2016-03-08 00:30 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2016年 01月 07日

宮本輝『田園発 港行き自転車』

c0155474_2341767.jpg富山が舞台となっているということで、宮本輝の『田園発 港行き自転車』上下巻(集英社 2015年4月刊)を読む。根っからのストーリーテラーによる小説の王道という感じだったけど、最初二十数ページはちょっとかったるいな・・・というのが正直なところだった。

でも、岩瀬や北前船廻船問屋の森家などの見知った名前が出てくることと、登場人物の話す富山弁に、そうそう、こんなふうに話すんだよねぇ・・・と思って読み進めるうちに、作者がはりめぐらせた、らせんのワナにはまり、止まらなくなってしまった。

しかしなんだって富山が舞台でこんなに富山弁てんこもりなわけ・・?と思ったら、この小説は、2012年1月1日~2014年11月2日まで北日本新聞に連載された新聞小説なのだった。原稿用紙にして1200枚。

宮本輝は9月初旬、富山の入善町黒部川の堤に立ち、右に雲一つない立山連峰、後に黒部川の急流、左は富山湾、目の前には広大な田園地帯が広がっている風景を目にして「これで書ける」と思ったという。そして、黒部川にかかる赤いアーチの「愛本橋」で富山にしては珍しく晴れ渡った夜空を見て、ゴッホの『星月夜』を連想し、この小説の主要なモチーフに加えたのだそうだ。

それにしても、宮本輝は神戸生まれのはず。よくこんなに富山のことを・・と思ったら、小学4年生から1年間、富山に住んだことがあって、夏休みによく自転車でをちこち漕ぎまわったのだとか(もちろん相当入念に取材をしたのだろうが)。

物語は、東京の暮らしに疲れ、田園が広がる故郷の富山へと帰る脇田千晴の送別会での別れの挨拶から始まる。次の章では、絵本作家として活躍する賀川真帆の視点から話がつむぎ出される。カガワサイクルの社長だった真帆の父は、15年前に出張で宮崎に出かけたはずなのに、滑川駅で亡くなってしまったのだ。なぜ父が富山で死んだのか、そんなわだかまりを持ち続けていた真帆は、編集者とともに富山に出かけることになる。そのとき富山の岩瀬から滑川へのツーリング用自転車を用立ててくれた男性は、あとの章で、真帆の父と知り合いだったことが分かる。一方、千晴の親戚の夏目佑樹は、父はいないが、彼と話すだれもにあたたかい気持ちをもたらす不思議な魅力を持った男の子だった。佑樹は真帆の絵本の大ファンで、5歳のときに、 まほ先生宛にファンレターを書いたこともあった・・・・・。

こんなふうに、富山と京都、東京を舞台にして、主要人物が交錯しあい、不思議な縁でつながっていることが少しずつわかっていく。

あとがきで宮本輝はこんなふうに記す。
自然界で螺旋がベースになっていることに興味を持っていて、人間のつながりにおいても螺旋状のしくみがあり、「ありえないような出会いや驚愕するような偶然をもたらすことに途轍もない神秘性を感じる」と。

この小説に悪人は出てこない。気持ちのいい、まっすぐな人ばかり(一人だけ、佑樹の出自について心ないことを口にする者はいるけれど)。

こんど小説の舞台となったところを歩いてみたいと思ったことだった。

昨年6月、富山取材に出かけた北陸新幹線の窓から。
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by sustena | 2016-01-07 23:04 | 読んだ本のこと | Comments(2)
2016年 01月 02日

百歳までの読書術

c0155474_16212890.jpg津野海太郎の『百歳までの読書術』(2015年7月刊 本の雑誌社)についてもう少し。

これは「本の雑誌」に2012年2月から2015年2月号までに連載された同名のエッセイに加筆・再構成したもの。内容的には70歳からの読書術、という方が正解だけど、百歳の方がインパクトがあるよね。

津野さんは言う。60代はほんの過渡期に過ぎない。70代に入って体力・気力・記憶力がすさまじい速度でおとろえはじめ、本物の、それこそハンパじゃない老年が向こうからバンバンあきれるほどの迫力で押し寄せてくるのだと。本だけ読んでのんびり暮らそうなんざ、幻想なんだと。そう脅しておいて、老人読書の現実をいろんな作家の例を引きながら楽しそうに教えてくれる。

津野さんの読書スタイルも変わった。
60代までは歩きながら読むのが普通だったが、意外にも、自分の部屋できちんと椅子に座って読むようになった。OSR(オン・ザ・ストリート・リーディング)からDTR(デスクトップ・リーディング)というわけである。(私も最近はあまりOSRをしない。これはもっぱら視力がおとろえたためである)。

本を処分するのも疲れるので、なるべく図書館を利用するようになる。 何しろ図書館のデジタルネットワーク化(専門的にはOPAC Online Public Access Contributionと呼ぶ)が進んで、近くの図書館でも400万点もの蔵書を持っているようなものなんだから。そして、新刊本、旧刊本を自在に読みふけるわけ。

例えば昔古本屋などで買って未読のままになっていた本を、フト魔が差して読んでしまう。あるいは青春時代に感動した本をもう一度読んでみる。すると思いがけない発見があったり、その後に新事実が発見されたり(岩田宏というか、小笠原豊樹の『マヤコフスキー事件』の例など興味深い)、あるいは読み手のこちとらの年齢・経験によって読み方が変わる。そして芋づる式にいろいろ手を出し、読書の領域を八方に広げているうち、あるときパッと凍って、そうか!となったりね。そんな自在さが楽しいと、るんるんしてるんですね、津野サン。

森於菟が71歳のときに書いた『耄碌寸前』の結びの文句(肩ひじはったタンカだよねぇ)に共感しつつも、それって、柔軟性が欠けてるんじゃないの。昔が良かったとブーたれるのは、単に自分が若かったってだけじゃないのかしらん、とつぶやくのだ
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若者たちよ、諸君がみているものは人生ではない。それは諸君の生理であり、血であり、増殖する細胞なのだ。諸君は増殖する細胞を失った老人にとって死は夢の続きであり、望みうる唯一の生かもしれないと、一度でも思ったことがあるだろうか。若者よ、諸君は私に関係がなく、私は諸君に関係がない。私と諸君の間には言葉すら不要なのだ。
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高速度で老いおとろえてゆくじぶんへの抑えがたい好奇心に満ち満ちてるんだって。
かくありたし。

【目次】

 老人読書もけっこう過激なのだ

<壱>
 本を捨てない人たち
 減らすのだって楽じゃない
 路上読書の終わり
 新しいクセ
 遅読がよくて速読はダメなのか
 月光読書という夢
 「正しい読書」なんてあるの?
 本を増やさない法
 近所の図書館を使いこなす
 退職老人、図書館に行く
 渡部型と中野型

<弐>
 背丈がちぢまった
 ニベもない話
 私の時代が遠ざかる
 もの忘れ日記
 漢字が書けない
 老人演技がへたになった
 八方にでてパッと凍る
 〈死者の国〉から
 本から本へ渡り歩く
 老人にしかできない読書
 ロマンチック・トライアングル

<参>
 映画はカプセルの中で
 いまは興味がない
 病院にも「本の道」があった
 幻覚に見放されて
 友達は大切にしなければ
 書くより読むほうがいい
 むかしの本を読みかえす
 怖くもなんともない
 古いタイプライター
 もうろくのレッスン

あとがき

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by sustena | 2016-01-02 11:02 | 読んだ本のこと | Comments(6)