2017年 01月 10日

絹の道

3連休のまんなかの日曜日、東京の西の八王子市鑓水にある絹の道資料館に出かけた。
手がけている広報誌の「街道」シリーズに掲載する材料を探しに出かけたのである。

「絹の道」というのは、幕末、ことに日米修好通商条約が結ばれてから、明治初期にかけて、埼玉や群馬、山梨長野などの養蚕地帯から八王子へと生糸が集められ、この地を通って横浜港へと運ばれたシルクロードのこと。
なんと当時の輸出品の大半が生糸だったというのだ。

天気がよければ、ずーっと旧街道をたどっていくのも一興なのだが、何しろ日曜日は寒かった。資料館の中は暖房もなくめちゃ寒かったので、ほうほうのていで逃げ出してきたのだった。

養蚕用の下敷きの紙が興味深かったなー。
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資料館に行く途中、どんど焼きの準備をしていた。
私の故郷ではどんど焼きはしていなかったので、こんなに高くくみ上げるんだーとちょっと感動したよー。
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by sustena | 2017-01-10 21:31 | Art/Museum | Comments(6)
Commented by iwamoto at 2017-01-12 20:52 x
空気を汚すってことで、中止が多くなっていましたが、復活しつつあるとか。
クレーム屋さんを煙に巻いて欲しいです。
Commented by sustena at 2017-01-12 23:11
いっときダイオキシンが出るとかいろいろありましたからね。こんなに大きなものだとは思いもしませんでした。近くに行ってびっくり。いろいろな木で三角錐の形にしてました。
Commented by Cakeater at 2017-01-15 11:48 x
火がついてからしか行ったことがないので、こんな盛り付けするなんて知らなかった。haha
出席日数三分の一の虚弱児だったから、小学生の時はほとんど記憶がないし、それ以前は記憶が怪しい(でも火の暑さと前年の飾り類を炎に向かって投げた記憶があるんで、連れて行ってもらってるはず)。阿佐ヶ谷も天沼も規模は小さいけどやってますね。いつも火が消えた後ばかり見てますが。haha
絹の道は女子大生に手を出して殺したどっかの大学の先生が死体を埋めたところで(その事件の後、国文科の教授が、うまく別れられないやつが学生に手を出すから、こんな不始末に終わるんだ,女とのつきあい方ってのをしらないんだなと、講義の最中にうそぶいたのが印象的で記憶に残ってる事件なんですねえ)、82、3年ごろだから10年以上立ったころ幽霊が出るといううわさが広まって、それならひとつ見てやろうかいとわざわざ歩きに行ったことがあります。冬の散歩道として悪くなかったけど、そんな資料館があったかなあ。大塚山公園のどこかに最近建てたのかなあ。そうか30年以上鑓水のあたりには行ってないのか。また歩くのもわるくないですねえ。
Commented by esiko1837 at 2017-01-15 14:01
この絹の道は、一昨年あたりの大河ドラマ「花燃ゆ」に出てきました。
井上真央さん主演のもので、案外に面白くて、珍しく最後まで見たので覚えています。

どんど焼き・・うちのあたりでは「どんと祭」と言い、まさに今日でした。
各地域ごとにやっていて、私の地域では係りの人がしめ縄などで囲った河原の場所に
みんなが持ってきて焼いてもらいます。
昔は河原でゴミ焼きをしていた人がいたものですが、
今はこのどんと祭だけです。
こんな高くするのは見たことがありません。
Commented by sustena at 2017-01-15 23:10
Cakeaterさん、絹の道と死体の話し、ぜーんぜん知りませんでした。資料館は1990年に八木下要右衛門家屋敷跡に作られたものだから、そのころはなかったはず。それにしても幽霊見たさにわざわざ行くなんて・・・。
Commented by sustena at 2017-01-15 23:14
esikoさん、大河にも出ただなんて!広報誌に載せるネタとしてはマイナーだし、日本にも絹の道があったという話題だけでは・・・とクライアントが渋るので、証拠集めに行ったんですけど、webで調べた以上のことはわからなくてガッカリしたんです。
どんど焼きとか左義長とかいろいろ呼び名はありますけど、名前しか知らなかったので、初めて準備風景を見て感動して近くに行ったら、あまり近づくとキケンだ、とすぐに追い払われてしまったのでした。


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