2015年 09月 27日

「赤倉の学童」

9月13日に終わった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。日本有数の豪雪地の越後妻有を舞台にして3年に一度行われる国際芸術祭で、今年が6回目。2回目から出かけるようになり、これまで6回出向いた(2度出かけたときがある)。そのときどきの目玉のアートを見るというよりは、里山とカマボコ型の倉庫や独特の民家のある風景に会いたさに行く、というのが正直なところで、2015年も会期オシマイのころに、知人とともに赴いた。

いくつか印象に残る作品があったが、忘れがたかったのが、ナウィン・ラワンチャイクンとナウィンプロダクションによる《赤倉の学童》という作品である。

ナウィン・ラワンチャイクンは1971年タイ・チェンマイ生まれのアーティスト。現在チェンマイと福岡で活動し、町に生きる人々と美術が直接出会うような作品を通して、社会における美術のあり方を問いかけているという。

今回は、限界集落のひとつ、赤倉で住民全員にインタビュー。
里山での暮らしや古老の知恵、人々をつなぐ紐帯のありようを見つめる作品で、旧赤倉小学校の校庭の2本の桜の木の間に、バチカン宮殿のラファエロ作の名画《アテネの学堂》を模し、住民一人一人を描いた絵画を描いた。彼のインタビューと作品制作のプロセスを編集したビデオ作品が、体育館に流れる。そのビデオは、ナウィンさんから赤倉のみなさんへの手紙の形をとっていて、その手紙を、住民がかわるがわる読み上げるのだ。

ナウィンさんは、年老いたひとたちがいまでも赤倉小学校の校歌を歌えることに興味をもつ。このビデオでも、みんなの歌っている姿が印象的。そしてインタビューや村人との交流を重ね、祭りに参加するなかで、村人一人ひとりの姿をアテネの賢人たちと重ね合わせていく。

当初、体育館の中に設置する予定でいた作品を、校庭の桜の木の下に置き、満開の桜の下でみんなと酒を飲み交わすシーンのすてきなこと。

この芸術祭が続いてきた理由はいくつもあるだろうが、アーティストが住んでいるひとたちとかかわりながら、その地域のすばらしさを、ともに発掘していったことも大きいに違いない。
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作品の一部をアップにすると──
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赤倉小学校は2003年十日町市立十日町小学校へ統合された。旧赤倉小学校の入口の廊下に、1997年2 月、インドで開かれた日本文化紹介の催しに、10人に満たない児童たちが郷土学習で勉強した伝統芸能「赤倉神楽」を踊り、インドの伝統舞踊団と交流したときの写真が飾られていた。
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すっかり秋
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by sustena | 2015-09-27 20:52 | Art/Museum | Comments(2)
Commented by esiko1837 at 2015-09-28 21:14
読んでいて、サステナさんが毎回足を運びたくなる気持ちが伝わってきました。
見るだけの祭りじゃなくて、そこに居たいと思わせてくれる催しなのですね。
誰にでも故郷とか懐かしさを感じさせてくれる・・・感じなのでしょうね。
サステナさんのような常連さんが増えているのでは。
Commented by sustena at 2015-09-28 22:14
esikoさん、妻有に暮らすひとたちとおしゃべりするのも楽しいんです。作品の近くで、お茶やつけものを出してくれたりする場所があちこちに。それに、行くたびに地元産の食べ物が充実していて、農家のおばちゃんが腕をふるった食事がまぁおいしいの。初めは反対も多かったみたいだけど、若い人が大勢きてくれるし、経済的にもインパクトが大きかったようで、こんなに活気が出てくるんだーとびっくりします。


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