いつもココロに?マーク

sustena.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2015年 04月 23日

新田 樹写真展「サハリン」

きのうの昼休み、銀座ニコンサロンで、新田 樹写真展「サハリン」を見る。新田さんは1967年福島県生まれ。東京工芸大学工学部卒業後、麻布スタジオに入社し、半沢事務所を経て1996年独立したひと。

新田さんがサハリンを訪れたのは、その1996年のこと。かつて日本の領土で、戦後ソ連領となったサハリンだが、日本人の多くが引き揚げたあとも、朝鮮人とその配偶者の日本人は、サハリンにとどまらざるをえなかったという。写真のテーマにサハリンをと州都ユージノ・サハリンスクを訪れた新田さんは、この地で日本語を話すひとに出会う。在樺コリアンである。

なぜ、日本語を話すのか。新田さんはその問いと向き合い、歴史の中に埋もれ消えかけている彼らの思いに迫るために、2010年、再びサハリンに向かう。知り合った人や家族のポートレート、日常生活やサハリンの風景をカメラに収めながら、彼らの言葉を書き留める。

そんな文章と写真が並ぶ。在樺コリアンのことはほとんど知らなかったので、写真を見ながら、なんだかしんとしてしまったなー。

その後、日刊イトイ新聞のバックナンバーで、写真家の後藤悠樹さんの「サハリンにこういうおばあさんがいましたよって伝えてね。」http://www.1101.com/haruki_goto/2013-11-19.htmlという記事を見て、ちょっと写真のアプローチは違うけど、こうした写真を撮ってるひとがほかにもいるんだなぁと思ったことだった。
c0155474_22534584.jpg


by sustena | 2015-04-23 22:54 | Art/Museum | Comments(3)
Commented by esiko1837 at 2015-04-24 20:16
材樺コリアン・・・初めて聞きました。
調べてみます。
戦争はいけません。
本当にいけません。
なのに今の日本は・・・先が心配でなりません。
Commented by esiko1837 at 2015-04-24 20:17
材←在です。
Commented by sustena at 2015-04-25 22:38
esikoさん、写真展だったんですけど、添えられた文章の方をじっーと読んでしまいました。きょうのNHKで、太平洋戦争時に防空法が改正され、空襲時の応急消火義務が追加されて、「空襲から逃げてはいけない。まず身を挺して消火せよ」ということが謳われ、罰則も強化されたために、逃げれば助かったのに命を落としたひとが大勢いたことを伝えていました。ちっとも知らなかったとガクゼンとしたことでした。


<< 藤本壮介展「未来の未来」      単位展 >>