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2014年 04月 15日

『キリンの斑論争と寺田寅彦』

c0155474_23361963.jpg小保方さんとSTAP細胞については、門外漢といえども何かと心をそそられる部分があるらしい。これまで取材した先生が何人も登場してくるので、ここ2か月ぐらい、ついつい普段はフォローしていないTwitterやブログ、各種記事をチェックしてしまう。その中では、東北大学の大隅典子先生や、分子生物学者の柳田充弘先生のTwitterがおもしろいんだけど(仲野徹先生のボヤキとかね)、作家の松井今朝子さんまでも、ブログにあれこれ書いているのにはちょっとビックリ。

さてさて、商業主義がモノをいう昨今の科学業界を思いながら岩波科学ライブラリーの『キリンの斑論争と寺田寅彦』(松下貢編 2014年1月刊 岩波書店)を読んだ。

キリンの斑論争とは、「キリンの斑模様は胎児のある時期にその表面の被膜が成長による内部の膨張に耐えられずに破れてできたもので、何かの割れ目と考えることができるのではないか。泥田の表面が乾燥してできるひび割れにも酷似しており、関連性があるのでは」なんていう説を、寺田寅彦の門下生である物理学者の平田森三が雑誌『科学』に寄稿したことに、生物学者が大反発して起きた80年前の論争(「これは何か印刷の間違いなのであろうと思う」なんて、大まじめに相手をからかってるんだけど、のどかな感じー)

論争といってもお互いの論点がズレているから、決着がつきようもなかったのだが、一連の論争を受けて寺田は、現象面だけで間違いとするのではなく、キリンの斑模様をパターン形成の一種だとみて捉えることを提言した。実際に寺田の解説を後年の非平衡・非線形科学のアプローチで捉えなおすと、新たな興味がわいてくる。

いくつかの論文が紹介されているのだが、中では西森拓の「風紋と砂丘」がおもしろかった。

寺田寅彦は漱石の時代に、コンペイトウの角や水滴の合流による樹枝状結晶、炎の進行面の花形模様、紙の上の水のしみの広がり方など(1)偶然性が大きな役割を果たす現象や(2)不安定性がからむ現象、(3)形の形成に関する現象などの非平衡・非線形科学的なことを物理学でどう考えていくかに興味を持っていた。
それを解くのがいかにたいへんか。たとえば砂丘の風紋のでき方のモデルをどうつくるかを考えただけで、その条件設定の膨大さに頭が混乱してしまう。

寺田はこうしたとき、きわめて明快な対処法が二つある、と述べているという。
(1)そのような研究はあきらめ、ちゃんと解ける別の問題に取り組む
(2)問題となる風紋の形成まで探求することはあきらめ、計算機の能力で計算できるだけ正確に計算してみる。たとえば、1個の砂が砂面にぶつかって複数の砂が空中にジャンプする過程だけをちゃんと再現して(これでも大計算である)将来への足がかりとする

多くの研究者が(1)の立場で、解ける問題を見つけてちゃんと解いてきたおかげで、物理学は精密科学として発達を続けてこられた。そして(2)は科学技術のための計算機利用法として正統的なもので、計算機の有用性が認知されるようになってきたのだと、西森拓は言いながら、現象の各側面を再現しうる最小模型をヒューリスティック(発見的)に探し、解析をしつつ、模型を進化させる第3の研究手法を紹介し、風紋形成の模型をつくりだすプロセスを紹介していく。(それでもたいへんそうで頭がクラクラする)

最後は動物の模様とチューリングの理論についてタテジマキンチャクダイで実証した近藤滋先生の話(この話は取材したことがあるんだけど、私ときたら、チューリングの計算式にある係数を入れて出てきた結果が、いろんな動物の模様にソックリだということしかわからなかった・・・・)

というわけで、読みながらつくづく思ったのは、物理のひとのアプローチと生物学的なアプローチの違いってあるよな・・ということなのでありました。おっと最近は生物物理もあるし、分子生物学的なひとと、博物学的なひとの違いのほうが大きいかなー

第1部 発端

キリンの斑模様に就いて 平田森三
キリンの斑模様に関する平田氏の説に就きて 丘英通
再びキリンの斑模様に就いて 平田森三
キリンの斑模様に就いて(3)平田森三
生物と割れ目 寺田寅彦
割れ目と生命 寺田寅彦

第2部 現代科学との関わり

キリンの斑論争と非平衡科学 佐々真一
割れ目 佐野雅己
風紋と砂丘 西森拓
キリンの斑論争と現代の分子発生学 近藤滋
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by sustena | 2014-04-15 23:36 | 読んだ本のこと | Comments(0)


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