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2013年 10月 07日

富岡 多惠子/安藤 礼二『折口信夫の青春』

c0155474_0282021.jpg2000年に出た富岡多惠子の『釋迢空ノート』は、民俗学、比較言語学・比較宗教学の巨人の折口信夫の筆名・釋迢空は戒名だったとし、彼が若いときに出会った藤無染との関係を、折口の小説や短歌の行間から、富岡さんの鋭い作家的感性を武器に描き出したとてもスリリングな本だった。その富岡さんと、折口の研究家であり文芸評論家の多摩美大准教授・安藤礼二さんが対談した『折口信夫の青春』(ぷねうま舎 2013年6月刊)を、もう折口の書いた本や歌などほとんど覚えていないのに、なんだか気になって読んでみた。

折口の研究書はこれまで山のように出版されてきたが、折口の青春時代については、富岡多惠子が『釋迢空ノート』を刊行するまで、ほとんど論じられることがなかったという。折口自身も、かたくなに沈黙を守ってきた。しかし、折口の古代学の独自性のルーツは、その青春時代にあるのではないか。折口が自作の年譜で「新佛教家」と記した藤無染と生活をともにした半年間に、藤無染は『二聖の福音』という翻訳書と、『外国学者の観たる仏教と新基督教』という論考を残している。この仏教とキリスト教とを同じルーツをもつ2つの教えとする見方こそ、折口に大きな影響を与えたはずだというのである。そして、折口の『死者の書』は、若くしてこの世を去った藤無染への鎮魂の書といえるのではないか。二人はいつ、どこで出会ったのか? どんな関係だったのか? とあれこれ語り合うのである。

2章では、折口の強い自殺願望や、芸能者や乞食者へのシンパシーに触れながら、小説家、歌人、詩人としての折口を問い直す。そしてガートルード・スタインの文法論を参照しつつ、折口の国語学に話が進む。

第3章では、『石神問答』に触発され柳田に師事した折口について、彼の発想には比較言語学=比較神話学があって、初期の柳田の二つの文化が衝突するところに境界の神々が生まれてくるという考え方に惹かれたのだろうという。しかし、そこを追究していくと差別やタブーの問題に深入りせざるをえない。柳田が次第にその地点から離れていく一方で、折口は、芸能民の問題や天皇の問題に踏み込んでいく。折口は柳田と違い、既成のものや思想に安住できないアナーキストであり、精神的な「ほかいびと」であり、旅人だった。
そんな折口は沖縄の祭に何を見たか? 沖縄の祭は、安藤さんも実際に現地に出かけていったという。3回に分けて行われた対談の中では、この章がいちばん読みやすいかもしれない。安藤さんには祭を間近に見た勢いがあり、言葉がはずんでいるし、富岡さんも「玉手御前の恋」などのエッセイを引きながら、折口の芸能への視点について、彼はいまの歌舞伎の源の姿を知っている。浄瑠璃を深く読み込んでいればこそ、乞食の一歩手前までいった玉手について語れるのだと熱く語る。

折口の文章や、富岡さんの『釋迢空ノート』、安藤さんの折口について記した『光の曼陀羅』などから、適宜関連箇所が引用されていて、二人の著書を読んだことのない者にも議論している内容が見当がつきやすいし、脚注もていねい。

第1章 藤無染と折口信夫
第2章 詩と学の出自
第3章 漂泊のアナーキスト
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by sustena | 2013-10-07 21:44 | 読んだ本のこと | Comments(0)


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