2013年 07月 17日

東京都写真美術館「日本写真の1968」

先日、知人に「日本写真の1968」の招待券をもらったので、あと会期が残り2日というので、あわててみてきた。

世界のあちこちで、既成の権力や文化など、いろんな枠組みに異議申し立てが行われた1960年代後半。写真も例外ではなく、近代写真が構築した「写真」の独自性とそれを正当化する「写真史」への問いかけがなされたという。特に1968年は、『カメラ毎日』での「コンポラ写真」特集、『プロヴォーク』の創刊、社会に目を向けると学生運動や成田闘争などが激しさを増し、撮影者を限定しない、闘争の側から撮影した写真群が出版されるなど、大きなムーブメントの起きた時代だった。

この展覧会では、「1968年」を中心に、日本で「写真」という枠組みがどのように変容していったかを概観するもので、1968年に出来した、日本写真史に残る4つの出来事を核にして構成されている。

1)「写真100年―日本人による写真表現の歴史展」
同展は、日本の写真史を写真家自身によって体系づけた展覧会。主催は日本写真家協会。東松照明を中心に多木浩二、中平卓馬、内藤正敏、松本徳彦らが資料の収集と調査を行う。北海道開拓写真の再評価、桑原甲子雄や植田正治の再発見、アノニマス(無名性)の写真への注目など新しい歴史観で構成されたという

2)『プロヴォーク 思想のための挑発的資料』
中平卓馬や大道らのアレ・ブレ・ボケの表現

3)「コンポラ写真」
牛腸茂雄 シリーズ「日々」とか、日常への私的なまなざしを特徴とする写真群。ここからアラーキーへはすぐ

4)「写真の叛乱」
学生運動や成田闘争などで、学生や農民たちの側に立って撮影した写真群と、全日本学生写真連盟の学生やOBたちの集団撮影行動による写真群を紹介

写真の100年の中の驀進する列車の写真がおもしろかった。「写真の反乱」で無名性の写真を編集する視点についてが興味深かった。
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by sustena | 2013-07-17 12:48 | Art/Museum | Comments(6)
Commented by Lucian at 2013-07-17 21:22 x
プロヴォークの頃の中平卓馬と森山大道の「アレ・ブレ・ボケ」の表現は、
表面的には似ていてもコンセプトの違いが大きいと感じていました。
中平氏の風刺的デフォルメと、森山氏の既製美学の破壊という対比として理解していました。
土門拳のリアリズム写真への対抗として始まったような感がありますが、
中平氏だけが後に180度転向したのが印象深いです。
Commented by esiko1837 at 2013-07-18 20:35
1968年・・・思い出深い年です。
私は高校三年生、帰って来た酔っ払いがラジオからコレデモカというくらいに流れていました。
大学は学生運動の嵐で、翌年は東大入試が中止になったのでしたね。
東京では「安保反対」のデモを見てタマゲましたです。
Commented by sustena at 2013-07-18 21:15
Lucianさん、私は中平卓馬は転向したといわれますが、ずっと地続きだったのだなぁ・・と言う感じを、今回強く持ちました。綱をひっぱっている映像や、単にポッと撮っただけのような切り取り方を見ても、最近の写真から受ける感じと同じなのです。もっとも大道もそうだけどね。それぞれのベクトルは違うんだろうけど。
Commented by sustena at 2013-07-18 21:18
esikoさん、1968年は私はなーんも考えていないイナカの子でした。ラジオから流れてくる洋楽に必死に耳を傾けて、一方、学生運動を報じるテルビは、親父と一緒になって、いい若者が・・・って感じで、共感するより、別世界でした。
Commented by Cakeater at 2013-07-19 21:21 x
土門も森山も荒木も区別しないでプロの写真家と思ってました。写真の粒子の荒れは、雑誌の値段で紙質のせいだと思ってました。lololol
Commented by sustena at 2013-07-20 21:26
Cakeaterさん、あのころ私はおそらく写真家の名前は一人も知らなかったのではないかしらん。時代の気分だけは、田舎にもちょっとは伝わってきてたけど。


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