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2013年 06月 06日

第364回 国立名人会

昨晩、国立演芸場で「第364回国立名人会」があり、小三治がトリをつとめるとあって前々から楽しみにしていた。

演目は写真の通り。前座の柳家まめ緑と菊千代が女性で、続けて女性というのはけっこう珍しい。そういえば、国立名人会は中高年、ことに男性が多いのだけれど、この日は比較的若い女性が多かったのは、まめ緑の知り合いでもあろうか。
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「鼓ヶ滝」は西行の旅のエピソードで、西行が滝を詠んでうたたねをすると、夢で出向いた宿の親子に滝と二重写しになる言葉に変えたほうがもっとよくなると添削されるのだが、オチにもひっかけて、オヤジギャグに因んだ枕をひとくさり。最初はなんだかやかましいオバサン声・・・と思っていたのだが、次第に引き込まれた。

次の〆治の「お見立て」は、花魁の喜瀬川が自分に執心する野田出身の木兵衛に会いたくないばっかりに、若い衆に死んだと言わせるが、木兵衛は、せめて墓参りさせろと迫って・・・という話。若い衆のアタフタぶりと、木兵衛のやりとりが楽しい。

伯楽は自分の書いた落語協会分裂の顛末を小説仕立てにした「小説落語協団騒動記」を国立演芸場で買うと、登場人物が誰のことかを解説した紙が特別に入っているとPRに余念がない。

仲入り後、小燕枝の「万金丹」でいったん寝そうになるが、翁家和楽社中の曲芸には目がらんらん。とくに口にくわえたバチの上に土瓶をのせてくるくるまわしたりする芸に驚く。

で、お待ちかねの小三治である。私の隣の席はずーっと空いたままだったんだけど、このときになってやってきた。仕事が忙しかったか、ほかは聴くことはないと考えていたか。

同級会の話からはじまる。話題はいつも同じなのに毎年のようにやっている。こういうとき、俺のこと覚えてる???って言う奴がいるけれど、そういう奴は嫌われる。「覚えていないかもしれないけれど、自分は××で・・・」と切り出すのが正しい、云々。
トシをとるとだいたい病気の話になるが、最近はさらに薬の話になる。テレビで見たんだけど、手のひらにあんなにのっけて何を飲んでるの。あ、その薬なら俺も持ってる・・・なんて薬の見せ合いっこになって、そこから、一昨年ぐらいに初めてかかった花粉症の話へ。花粉症とアレルギーの話、ぜんそくの話、くすりの副作用の話。ぼーっとなる。いまだって何を話しているのかわからなくなる。「悪夢」というのもあって・・・とあれこれ話しながら、江戸時代は病気といえば男は疝気、女は癪(しゃく)と決まっていた。極めて単純明快で・・・と言いながらそれから近所の医者の話にちょっと脱線したりしながら、自然と「やかんなめ」に入っていく。この間、枕だけで30分。

桜見物に出た商家の奥方が、途中で持病の癪の発作に襲われる。癪というのは、原因はよくわからないけれど胸や腹のあたりが急に痛くなる病気で、ふつーの薬のほかに、ある人に特別に効く「合い薬」というのがあった。たとえば、男性のまむし指で痛むところをぐいっと押さえてもらったり、下帯(ふんどしね)できりきりと胸を縛り上げてもらうと治ったりするんだけど、この奥方の合い薬は、やかんを舐めること。いくらなんでも桜見物にやかんは持ち歩かない。女中たちが困っていると、向こうからやかんそっくりの頭の武家が歩いてくるではないか・・・

小三治の間が絶妙で大笑いしたことだった。
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by sustena | 2013-06-06 23:52 | Art/Museum | Comments(0)


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