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2013年 05月 09日

いとうせいこう『想像ラジオ』

c0155474_23315859.jpg東日本大震災をテーマにした小説としては、先日、池澤夏樹の『双頭の船』を読んだのだが、ちょっとビミョーな読後感で、やはりあれだけの震災をどう扱うかというのはなかなかムズカシイことであるなぁとあらためて思い、いとうせいこうの『想像ラジオ』(河出書房新社 2013年3月5日刊)もさほど期待しないで読んだのだけれど、存外おもしろかった。

「想ー像ーラジオー」

読み終わったあとも、耳の奥でジングルが鳴る。

主人公、芥川冬助・38歳は、想像力で聞こえるラジオのDJとして、小説の冒頭からしゃべり続けている。ラジオネームは「DJアーク」。おいおい話が進んでいくうちに、もともとライブハウスのミュージシャンのプロモーションをやっていたが、仕事をやめて東北(おそらく福島)に引っ越してきた翌日、津波に遭い、町を見下ろす小山に生えている杉の木のてっぺんに仰向けに引っかかって、そこから放送していることがわかる。近くの枝には一羽のハクセキレイがとまったまま動かない。

そこからアークは、身の上話、父や兄、息子の草助と妻・美里の話をテンポよく語り、リスナーからのメールのお便りや電話を紹介し(のちにリスナーも亡くなった人だとわかるのだが)、トークの内容にあわせて音楽をかけていく。

第1・3・5章は、DJアークのトーク。そして第2章と第4章は、作家S側のストーリー。Sは、樹上の人の声に耳を傾けようとするが、聞こえない。そういった声をめぐって東北にボランティアに出かける車のなかでボランティア同士で激論したり、第4章ではなくなった恋人と思いを通わせる。

激論の中身は──
「関係ない人間が、死者への想像を語っていいのか」「妄想にふけることで鎮魂してみせた気分になって満足するとしたら、それは他人を自分のために利用していることではないか」
「でも心の底のほうで亡くなった人の悔しさやおそろしさや心残りに耳を傾けようとしないなら、自分たちボランティアの行動はうすっぺらなものになりはしないか」
「いくら想像しても、生きている自分たちには亡くなった人たちの苦しみは絶対に理解できない。聞こえるなんて考えるのはとんでもない思い上がり」

樹上の人の声にこだわる作家は、書くことで恋人と対話を続け、第4章で次のような思いを抱く。
「生き残った人の思い出もまた、死者がいなければ成立しない。生者と死者は持ちつ持たれつで一方的な関係じゃない。ふたつでひとつ」
「生きている僕は亡くなった君のことをしじゅう思いながら人生を送っていくし、亡くなっている君は生きている僕からの呼びかけをもとに存在して、僕を通して考える。そして一緒に未来を作る」

このストーリーにどうオトシマエをつけるか、最終章はちょっと予定調和の感じがしてつまらなかったけど、あの死をどう受け止めるべきか、生きている私たちの想い続ける大切さや想像する力について、真正面から描いた小説ではあった。

想像ラジオでDJアークがかける音楽のラインナップがいい。

ザ・モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」(または忌野清志郎率いる、ザ・タイマーズの日本語バージョン)
ブームカタウン・ラッツ「哀愁のマンデイ」
フランク・シナトラ「私を野球につれてって」
ブラッド・スウェット&ティアーズ「ソー・マッチ・ラブ」(アルバム「子供は人類の父である」から)
アントニオ・カルロス・ジョビン「三月の水」
マイケル・フランクス「アバンダンド・ガーデン」
コリーヌ・ベイリー・レイ「The Sea 邦題:あの日の海」」
モーツァルト「レクイエム」
松崎しげる「愛のメモリー」
ボブ・マーリー「リデンプション・ソング」
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by sustena | 2013-05-09 23:32 | 読んだ本のこと | Comments(0)


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