2013年 02月 27日

横浜美術館「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」

c0155474_23443683.jpg2月3日夜のNHKスペシャル 沢木耕太郎推理ドキュメント「運命の一枚~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」は、なかなか興味深かった。

キャパの最高傑作の1枚とされる「崩れ落ちる兵士」について、撮影場所を訪れ、当時撮られた写真を見比べながら、戦場ではなく、訓練のときに撮られたものであったこと、さらに、アングルやその前のコマとの間隔、キャパが使っていたライカの画面比率などをもとにCGで再現しながら 撮影者はキャパではなく、当時のキャパの恋人でスペイン戦争の撮影中に26歳で死んでしまった恋人のゲルダ・タロー(そのころローライフレックスを使ってた)が撮影したものではないか、という説を提示し、だからこそキャパは自らすすんであんなにも危険な最前線に赴いたのだと結論づけていた。

そこでガゼン、恋人のタローがどんな写真家だったのか興味がわいて(運よくまたもASAのチケットをゲットしたこともあって)、横浜美術館で開催中の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」を見てきた。

二人の写真家による個展という体裁をとっている(あっ、でもカタログが別々というのはせこくないかー)。

パート1はゲルダ・タローの83点の写真からなる。1/1936年と2/1937年の2部構成。
タローは1934歳のときにパリでフリードマン青年と出会い、写真を教えてもらいながら、二人で「ロバート・キャパ」という架空の名前をつくり、売り込みをつづける(なので、当時、同じ撮影場所で撮ったキャパ作とされる写真はどちらの撮ったものか判然としないものもあるらしい)。しかし、次第に自分のペンネーム(タローは岡本太郎からとったんだって)で雑誌に発表するようになっていく。
ローライを使った作品で、正面やや斜め左の、下から空を大きく入れた構図の写真や女性兵士の写真が印象深かった。彼女たちはどんな思いで銃を取ったんだろう。

パート2のキャパの作品の展示は次の5部構成。

1 フリードマンからキャパへ
2 スペイン内戦
3 日中戦争 ~ 第二次世界大戦 I
4 第二次世界大戦 II
5 インドシナまで

日中戦争のオリジナルプリントの裏面の注意書きや押印、来日したときに主催者の意向とは全然別の、ホームや修学旅行中の生徒を撮った写真など、キャパの視点の光る写真が気に入ったなぁ。

写真展のついでに、横浜美術館コレクション展もざっと眺める。このときのテーマは、「光のさまざまな表現」として、いろいろな現代ガラス作品が紹介されていた。

たとえば、ホセ・シャーディエの「ツイン・タワー」1990
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パヴェル・フラヴァ「ほころびゆく花」1989は、あっ、桃太郎みたい、って思っちゃった。
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「シュルレアリズムの作品と光」のコーナーではダリがあった。「幻想的風景」は中央が光にあふれてて、左右に朝焼けと夕暮れの情景が並んでる作品。
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この日は宝塚歌劇 宙組の『ロバート・キャパ 魂の記録』という公演記録の鑑賞会もあったんだけど、宝塚とキャパの組み合わせが想像できなかったのでパスして、近くのキハチでお昼。

炙りサーモンのカルパッチョ、タコとほろ苦野菜のスパゲッティトリュフ香味オリーブアンチョビソース、イチゴのモンブランのコース。トリュフ香味は家庭ではちょっとマネできないけど、それ以外はたいしたことないかも~とこっそり思ったことでした。
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by sustena | 2013-02-27 23:38 | Art/Museum | Comments(6)
Commented by esiko1837 at 2013-02-28 09:02
私も、桃太郎みたいって思いました。
日本人なら、そう思う人も多いでしょうね。
創った方はわからないでしょうけど。

長女は昔、ガラス工芸に興味があって転職したんですが
芸術的なのは生活できないし重いのでと、工業製品の会社に入りました。
今はそこで出会った人と結婚してその父親の零細工場をやっていますが
娘は事務しかさせてもらえないといささか不満です。
でも、欠けた哺乳瓶の口を治したりタンブラーの可愛いヘッドを作ったりはしています。
ガラスで芸術家になることって物凄いことだと思います。
そういえば大昔、叔父が岩田硝子という花瓶などを作っている会社に勤めていて
ハネモノの花瓶を貰ったことがあります。
いくら本来は高価なものでも、このハネモノは水がもれるので飾り物にしかなりませんでした。
Commented by iwamoto at 2013-03-01 19:25 x
その番組、見ました。
キャパは、戦場で命懸けの仕事をするところにしか立脚できなくなったのでしょうね。
あの写真が自らの手を離れて世界を駆け巡り始めたとき、彼女はもう死んでいたのですから。
Commented by Lucian at 2013-03-02 20:19 x
ユダヤ人は昔から世界的に人を騙すのが、もとい創作するのが上手だったんですね。
Commented by sustena at 2013-03-02 22:30
esikoさん、アートで食べていくのはたいへんだけど、職人としてものをつくる仕事ってすてきですよね。興味があるのに事務をということだと、それはやはり悔しいんじゃないでしょうか。
息子が小さいときに沖縄でガラスのマグカップを職人さんに手伝ってもらってつくったんですが、1年もたたないうちに洗ったときに割ってしまい、いまだに恨まれています。
Commented by sustena at 2013-03-02 22:34
iwamotoさんもご覧になったんですね。大学生のころにどこかのデパートで開催してたキャパ展を見たことがあって、そのときはよく戦場でこんな写真を・・と単純に思ってたんですが、ああいう番組を見たあとだと、以前とは受け止め方がだいぶ違ったのでした。
Commented by sustena at 2013-03-02 22:37
Lucianさん、キャパはユダヤ系だけにイスラエル建設にあたっては、ずいぶん共感した写真を撮ってるんですね。彼にとって国家ってどんな存在だったのかなぁとふと考えてしまいました。


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