2012年 03月 01日
大東文化大学准教授の山口謠司さんの『てんてん―日本語究極の謎に迫る』(角川選書 2012年1月刊)を読む。 私もたまに使ったりするのだが、最近マンガなどで「あ゛~」とか「え゛ー」なんて、いったいどう読むの~てな使われ方をすることさえある「てんてん」。“かな”を濁った音にする記号である。 万葉仮名を経て、日本でかなが発明されたのは平安時代前期。そのとき、英語のDみたいな、濁音専用の文字がつくられることはなかった。そもそも日本には濁音で始まる言葉はなく、あったとすれば、漢語か梵語なんだって。語の途中であらわれる連濁なども、どのような場合に必ず濁るか一定のルールはなく、濁音はあらわれたり消えたりする。(ついでに言うと、当時の日本語の濁音は鼻濁音であった)。 てなわけで、かながつくられていく過程で、漢語の中に濁音があることは意識されてはいたけれど、そもそも濁るのはあまり美しくないし、清浄を求めた平安の人々の意識は、「これ以上、<かな>文字を増やす必要がない」、とする方向にあった、と山口センセは言う。 では、途中で濁音が出てくる場合はどうするか? 状況に応じて濁る・濁らないを判断していたわけね。 例えば─── こころから はなのしつくに そほちつつ うくひすとのみ とりのなくらむ 読むときは 心から 花の滴(しずく)に そぼちつつ うぐいすとのみ 鳥の鳴くらん ここで濁音がつかないからこそ、「うくひすと」の部分は、「ウグイス」と「憂し 干(ひ)ず(悲しんで、涙が乾かない)」という意味を兼ね備えることができた。言葉を固定させずに自由に読めたからこそ、言葉遊びも自在だったのであります。 とはいえ、どう読むかハッキリさせたい場合もある。そこで、いろんな工夫が出てくることになる。「てんてん」のルーツは、漢籍を(中国語の発音で)読むときにつける、アクセントを示す「声点」。それが日本語のアクセント(例えば、箸と端、橋などアクセントの位置が違うでしょ)を表すためにも応用されたもので、中国語の声点であれば平/上/去/入が漢字の四隅に●がつけられたのだが、日本語の場合は「高平調」と「低平調」がほとんどだから、漢字の左側の上下にしかつかない。そのときに、濁を表すために●●と声点を2つつけることが、平安後期にすでに発明されていたのだという。その場合の位置が、アクセントと区別するため、文字の右肩(去声の位置)だった。 最初は漢字だけにつけられていた濁を表す声点が、鎌倉時代に入るとひらがなで書かれた和歌にもつけられるようになる。 といっても、あくまでも、読者がどう読むかを確認するためにつけていたものが中心だった。それが明治時代に入って、活版印刷の発展とともに、符号ではなく、平仮名と一体となった文字となって普及していくのであります。 とまぁ概略こんな話が、万葉仮名や、発音の変遷、能書家たちのエピソードや空海の天才ぶり、念仏の話などとともに、いささか整理されない形で出てきて、しかも話が前後するから、かなーり読みづらいのであった。おもしろいネタはいっぱい入ってるのに、ちょっと残念だったなー。
by sustena
| 2012-03-01 00:27
| 読んだ本のこと
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Comments(7)
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iwamoto
at 2012-03-01 18:10
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半濁音についても教えてください。 その中間の音もありますよね。
ビビンパ、困った言葉で発音できないです。 BとPが、混用されてるのって他の国でも見かけます。
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東日本にしか住んだことがないので、西日本の人が鼻濁音を発声できないらしいのはテレビやラジオで耳にする程度です。
「十五日」と「十五夜」の五を同じに発音するんでしょうか。
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iwamoto
at 2012-03-01 21:14
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Lucianさん、良い例をあげましたね。 適切です。
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sustena at 2012-03-01 21:50
Lucianさん、この本には「東北の人が鼻音のガ行音を発音できない」って書いてあったんですけど、ほんとかしら??
江戸っ子なら「半分が」というときの鼻にかかる「が」を、「がまがえる」や「蛾」というときのような強い「ga」で発音するって。 実際にちゃんと効いたことがないので判断がつきません・・・。もっとも私の耳もオバカになってる気もします。 それとは別に「ガ」と「グワ(ワは小さい)」も区別できない(贋物と玩物、鵞鳥と画帖とか)し、元禄の頃までに「じ」と「ぢ」「ず」と「づ」も区別できなくなったとありました。
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sustena at 2012-03-01 22:02
半濁音もなかなか深ーいです。審判、新橋なんか見てて、なぜ一方パになって、片方は「ぱ」になるのか、私はサッパリわかりません。一般的には、日本語の場合、擬声語擬態語と外来語以外で、p音が出てくるのは、撥音の後と促音の後と文法の本に書いてはあるんですけど。複合語の場合は、前との結びつきがかかっているとか書いてあって、例が出てくるんですけど、いつもむむむ、と思ってしまいます。
関係ないけど、老眼が進んでくると、校正をしていても、またPCで見ていても、濁音なのか半濁音なのか分からず閉口してます。そしたら、辰野隆と大佛次郎の対談で、辰野さんが「小さな活字になると、″だか°だかまるでわからなくなる。PとBが混同しては、假名で書く外國語は非常なまちがひになりますよ。(略)丸をつけるのをやめて、半濁音は點一つ、濁音は點二つとすれあいいんです」と言ってて、笑っちゃった。
東北人は基本的に江戸っ子と同じように濁音と鼻濁音を使い分けます。
環境的な背景としては、寒い時期には発声に伴う吐息が口からだけ出ると体温が多く失われるので、鼻を通すことで温存するためです。 暖かい地方の人々はその必要性が少なかったと考えられます。
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sustena at 2012-03-01 22:48
なるほど、なるほど。
山口先生が東北で・・と描いていた箇所は、式亭三馬の「浮世風呂」をひいていたんです。ここで彼は、エッジのきいたガを表すため「てんてん」を白抜きの濁点であらわしたというんです。でも発音は変わっていきますしね。ここで式亭三馬が「田舎」といっているのが東北なのかどうかも、原本を見ていないので断言できませんし。 ところで、式亭三馬は、「ツァ」を一語であらわすために「松さ゜ん」と、「さ」に「゜」をつけて一文字としてもいたそうです。こんなふうに発音を写し取ろうと、いろんな発明をしたんですねぇ。 |
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