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2012年 01月 29日

橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』

c0155474_21273173.jpg東京工業大学の橋爪大三郎教授と、社会学者の大澤真幸氏の『ふしぎなキリスト教』(2011年5月刊 講談社現代新書)を読む。

キリスト教についての疑問の数々、ことに私たち日本人がどうもぴんとこないなーと思う部分にスポットをあて、大澤の質問を受けて橋爪が答えるという形で語り合ったもの。とてもわかりやすいという声がある一方で、事実誤認もはなはだしいという毀誉褒貶のある本で、この手の本にしては思いがけずヒットして、図書館で予約して8ヶ月経ってようやく届いたのであった。

3部に分かれていて、第一部はキリスト教のルーツというべきユダヤ教を読み解きながら、一神教とはどんな特質があるのかをあぶりだす。第2部はイエス・キリストについて。ホントにいたのか、神なのか人なのか? そして第3部が、キリスト教がその後の歴史や文明にどんなインパクトを与えてきたかをたどる。

大澤がばちあたりで頭でっかちな質問を次々に繰り出す。(半分知っていることを聞いてるんじゃないの、とは思うけどね)、一方橋爪は、そんな大胆に断言していいのかなー、そんな比喩で大丈夫なんかいとあきれるほど、ズバッと回答してて、そのキャッチボールはそれなりにオモシロイ。もっとも、ときどき、肩すかしをくった気分になるところもあるけれど。

たとえばこんな質問がある。

一種のセキュリティのために神を信仰したというがユダヤ教の歴史を見るとほとんど連戦連敗である。こんなにひどい目にあっているのに、なぜ信じているのか。一番悲惨なときにユダヤ教に磨きがかかり完成したのはなぜか。

それに対して橋爪は(1)いじめられっ子の心理。自尊心を保つためにこれは試練なんだ、とみじめな現実を合理化する。(2)たまには勝つと、ずっと負けても今度は勝つんじゃないかと待ち続ける。(3)イスラエルの民の危機が二段階で起こったことが重要であって、政治的国家が撲滅しても民族的アンデンティティを保てるようにしようと信仰を強化した。

と、三つの説を披露する。で、本気の答えは三番目なんだけど、一つ目と2つ目のインパクトつよすぎー。

また、こんな例もあった。イエス・キリストについて考えるときは、マトリョーシカを思い浮かべよっていうのである。一番内部に潜んでいるのが歴史的なイエスで、次第に一回りずつ大きくなっていく。それを、順に解説していくのであります。

興味深いのが第1部。第2部はところどころへぇーと思うけど、第3部はタイクツ。
目次を見るとだいたいどんな内容かがわかる。

第1部 一神教を理解する―起源としてのユダヤ教

ユダヤ教とキリスト教はどこが違うか
一神教のGodと多神教の神様
ユダヤ教はいかにして成立したか
ユダヤ民族の受難
なぜ、安全を保障してくれない神を信じ続けるのか
律法の果たす役割
原罪とは何か
神に選ばれるということ
全知全能の神がつくった世界に、なぜ悪があるのか
ヨブの運命───信仰とは何か
なぜ偶像を崇拝してはいけないのか
神の姿かたちは人間に似ているか
権力との独特の距離感
預言者とは何者か
奇蹟と科学は矛盾しない
意識レベルの信仰と態度レベルの信仰

第2部 イエス・キリストとは何か

「ふしぎ」の核心
なぜ福音書が複数あるのか
奇蹟の真相
イエスは神なのか、人なのか
「人の子」の意味
イエスは何の罪で処刑されたか
「神の子」というアイデアはどこから来たか
イエスの活動はユダヤ教の革新だった
キリスト教の終末論
歴史に介入する神
愛と律法の関係
贖罪の論理
イエスは自分が復活することを知っていたか
ユダの裏切り
不可解なたとえ話1~3
キリスト教をつくった男・パウロ
初期の教会

第3部 いかに「西洋」をつくったか

聖霊とは何か
教義は公会議で決まる
ローマ・カトリックと東方正教
世俗の権力と宗教的権威の二元化
聖なる言語と布教の関係
イスラム教のほうがリードしていた
ギリシァ哲学とキリスト教神学の融合
なぜ神の存在を証明しようとしたか
宗教改革
予定説と資本主義の奇妙なつながり
利子の解禁
自然科学の誕生
世俗的な価値の起源
芸術への影響
近代哲学者カントに漂うキリスト教の匂い
無神論者は本当に無神論者か?
キリスト教文明のゆくえ
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by sustena | 2012-01-29 21:25 | 読んだ本のこと | Comments(4)
Commented by iwamoto at 2012-01-29 22:03 x
わたしなど頭が悪いので、sustenaさんがそんなに勉強して大丈夫なのか、と心配になってしまいます。
何故なら、得た知識が咀嚼されずにメモリー上に置いたままになる感じが、とても苦手なのです。
整理して留めたいのですが、それにも時間が掛かるのが想像できます。 だから勉強のスピードが
遅い、つまり理解し整理するための能力に劣ることを実感し続け、落ち込み続けるのがわたしの人生でした。

だから、元のモノが違うのよ、と言われればそれはそうかもしれませんが、想像の及ばない次元の話です。
上から下はよく見えるでしょうが、山の麓に居るわたしなんぞは、頂上の様子はまったく分からないのです。
sustenaさんは、雲上人。
Commented by Lucian at 2012-01-29 22:49 x
一神教の起源はエジプトのファラオ、トトメス4世が紀元前1380年代に命じて始まったものです。
モーセはそれをユダヤ教に取り入れたのであり、ユダヤ教から生まれたのではありません。
また、イエスと家族や弟子たちはアーリア人で、ユダヤ人ではなかったのです。
対談に参加してつっこんでみたくなるような本ですね。
Commented by sustena at 2012-01-30 23:59
iwamotoさん、単なる新書ですからー。私はいつも読みッぱーで、定着されるまでもなくすぐに忘れてしまうので、せめて思い出すよすがにと、ブログにのせてるのー。ちんゃと勉強する人は、もっと芋づる式にこの分野を次々に攻めていくのでしょうけど、私はただ活字を追っている間だけ、その世界にはまっていられればそれでいいのー
Commented by sustena at 2012-01-31 00:02
私は大昔に聖書を読んだきりだから、ふーん、そんなものなのかなーと読んだんですけど(もっともそれでもここはちょっとエビデンスが怪しいのではーと思うところはありました)、Lucianさんにとっては突っ込みドコロ満載だと思います!


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