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2011年 12月 30日

大沼 英樹「それでも咲いていた 千年桜」

銀座ニコンサロンで昨日までやっていた写真展「それでも咲いていた 千年桜」が心に残る。

作者の大沼英樹さんは、1969年山形県天童市生まれ。仙台に住み、全国の桜を撮った「お伽噺桜」(2010年窓社刊)の写真集がある。

東日本大震災のときは仙台の自宅にいたという。桜の季節になったとき、養殖の牡蠣が巻きつきながらも咲いていた桜や、火災で黒く焦げてもなお花を咲かせていた桜を目にして、この光景を記録しておかなくてはならないと、被災地をまわった。もし自分がそれまでテーマとしていた桜でなかったら、シャッターを押せなかった。それほど、辛い風景だったと語る。でも、こんな震災にあっても、来年も再来年も、そして何十年後も咲き続けようとする桜こそは、これからの希望だと感じたという。

一面に広がる瓦礫の中、たくさんの語らいと悦びがしみ込んだ桜が、耐えて咲いている。そんな写真が40点ほど並んでいた。

本来の桜の寿命は人間と同じ100年とちょっとだけれども、「これからさまざまに生死流転を繰り返していくだろう未来への、ひとつの希望として、この大震災に生き残り、耐え抜いた桜の命を、せめて千年は語り継いでほしいとの願いをこめて」、「千年桜」と名づけた。

「お伽噺桜」をまとめた出版社にこの写真を見せたら、出しましょうということになって、同じタイトルで写真集となっている。
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by sustena | 2011-12-30 22:24 | Art/Museum | Comments(6)
Commented by esiko1837 at 2011-12-31 06:56
さすがプロの写真家、根性がありますね。
普通の人だったら、とてもシャッターを押せないと思います。
私は、震災一カ月後の陸前高田の一本松にシャッターを押せませんでした。
いつも近くで写真展が見られるサステナさんはいいなあ。
Commented by Lucian at 2011-12-31 20:38 x
写真は記録性という幹と枝に、表現性という花を咲かせるものかもしれないと感じました。
Commented by sustena at 2012-01-01 15:05
esikoさん、知り合いのカメラマンは、いつもは災害現場に吹っ飛んでいくのに、今回は行けなかったと言ってました。この方も、これまでテーマにしていた桜じゃなかったら、撮れなかっただろうと。牡蠣の巻きついた桜は、月明かりのものや、その後牡蠣がはずされたあとのものなど何枚もありました。鬼気せまるものや、哀しい桜など、圧倒されてしまいました。
Commented by sustena at 2012-01-01 15:07
Lucianさん、こんなに誰もが気軽に写真が撮れる時代でも、いや、だからこそ、写真の役割を考えさせられる写真展でした。
Commented at 2012-04-23 21:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sustena at 2012-04-24 23:40
今年もまた桜の季節がめぐってきましたね。いまも牡蠣がからみついていたあの写真を思い出します。


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