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2011年 05月 19日

ホンマタカシ『たのしい写真~よい子のための写真教室』

c0155474_2237764.jpg先日ホンマタカシの展覧会に行ったときに、オペラシティのブックショップに並んでいたのがこの『たのしい写真』(2009年6月刊 平凡社)。「よい子のための」などと、一見、こどものための写真のハウツー風のタイトルだけど、さにあらず。ホンマの写真への姿勢や創作の秘密がうかがえて、実に興味深い写真論であります。

全部で4章からなっている。
このなかで興味深いのは1章と2章。

第1章 講義篇
第2章 ワークショップ篇
(今日の写真を読むためのワークショップその1 写真を読む/その2 写真を疑う/その3写真に委ねる)
第3章 放課後篇
第4章 補習篇(堀江敏幸さんとの対話 すべての創作は虚構である?)

まず、ホンマは、写真は日本語では「真実を写す」だけど、英語のphotographには、どこにも真実なんて意味は含まれていない、という話から説き起こす。普通に訳せば「光画」。たしかに写真は現実をとらえたものかもしれないけれど、一方で意図的に選び撮られたり、編集されたり、加工されたりもしてるし、現実であるとともに、いくらでも加工可能な、嘘と真実の二重性を同時に持っていることに、もっと意識的であるべきだ、とホンマは力説する。

そして、今日の写真を読み解くために、まず写真の歴史を振り返ってみようと、第1章ではホンマ流に写真の歴史をあざやかにレクチャーしてくれる。

彼が重要だと考えるエポックは「決定的瞬間」と「ニューカラー」「ポストモダン」の3つ。

決定的瞬間とはブレッソンのやキャパが、ライカで切り拓いた偶然の一瞬をとらえて芸術的に構図するストレートな写真たち。一方、ニューカラーはエグルストンらが撮った、どこにでもある路地やクルマなどのカラー写真。
両者の違いは何か?決定的瞬間はモノクロで、ニューカラーはカラー。使うカメラはかたやライカで、もう一方が大型カメラ。撮り方は主観的VS客観的。でも、実にホンマらしい解説なんだけれど、最大の違いはシャッタースピードなのだ!決定的瞬間はせいぜい60分の1秒から125分の1秒。でも大型カメラを三脚に据えれば、1分でも2分でも好きなだけ長くシャッターを開いていられるから、スミズミまでピントがあった、つまり画面のすべてを等価に表現する写真が撮れる。シャッタースピードが違うということは、世界と向き合う時間が違う、世界のとらえかたが違うということなのだ!

続いてホンマは、ポストモダンの幕開けとなったのは、MoMAの写真部長がピーター・ガラシに替わったことだと指摘する。ガラシは91年に展覧会「Pleasures and Terrors of Domestic Comfort」を手がける。ここで彼が選んだのは、ストレートな写真ではなく、細部を演出し、映画のセットのような写真を撮るアーチストだった。ポストモダンの写真家たちがテーマとするのは、私的な小さな物語であり、現代美術との境界をはじめ、あらゆる境界があいまいになった写真。

てなわけで、いまや時代はどんどん変わっていくけれど、生身の作家がスタイルチェンジするのは実はたいへん。人間、自分自身を再生産するほどラクなことはないからね。でもそれに背を向けたのが、ロバート・フランクであり、中平卓馬だ、とホンマは言う(中平については、ヒイキすぎる気はするけれど)

第2章のワークショップ。例題その1で挙げられたテーマは、好きな写真家の中から1枚の写真を選んで、それがどのように成立しているかを言葉で説明して、その1枚と同じ写真を撮るってこと。

これに対して、ブレッソンを挙げた生徒が最初に言ったのは、「パリの本当の姿を理解して撮っている」ってこと。こんな印象的感想じゃダメだ。もっと写真を要素に還元して構造的に読み解け、とホンマ。そこでその生徒が考えて出したのは、「対比の構図を画面に盛り込んでいる」───はい、こんなふうに写真の構造を抽出することが大事であります。このトレーニングを通じて、写真の構造や、写真の1回性、虚実など、写真の見方が変わってくるというホンマの話はなかなか説得力があったなぁ。

そのほかの例題は、ウソを取り込んだ写真を撮ってみる───家族でないのに家族のフリをするとか、彼氏でもないのに彼氏を撮るなど、被写体にウソを混ぜる。または、写真プリントそのものを疑ってみる。例題の3つ目はあえて撮り方に制約を設けて、不自由な写真撮ってみる。露出を固定する、ピントを固定する、自然に任せる・・・・。

なーるほど・・・。

こんなふうなホンマの写真論を読んでいると、仲間のいい表情の写真さえ撮れれば幸せだなーと思っている私も、ちょっとはココロがざわざわしてしまう。いかんいかん、かぶれちゃいかん。シロートはシロートとして好きな写真を撮ってるのが一番なんだからー。
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GRD3

by sustena | 2011-05-19 22:37 | 読んだ本のこと | Comments(11)
Commented by Cakeater at 2011-05-19 22:45 x
そうです、そんなプロのたわごとに惑わされてはいけませぬ。所詮身どもは草サッカー、思いっきりボール蹴飛ばせればそれが快感なんですから。
微妙な色がちゃんと出てますねえ。うらやましいなあ。
今日、大崎駅そばの横須賀線の線路でたぬきとお見合いしました。たっぷり一分間みつめあって、列車が接近してファーストコンタクト終了。いやあ、野生のタヌキの若いのって、ほんとに美しくてキュートでした。見詰め合っただけで撮れなかったところが、やっぱり素人です。lol.
(URLはちょっぴり旧作をリバイバルさせた自慢もの・・・・・と営業)
Commented at 2011-05-20 06:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by higphotos at 2011-05-20 15:55
んー、なるほどなるほど。
キャパがライカで、ニューカラーは江川卓?んっ?

まぁ、タイトルが「よい子のための」と言った時点で不合格です。

しかしながら、いつもいつも思いつきだけで撮っているだけなので
先人の考えを知るって言うのも良いかも知れませんね。

Commented by Lucian at 2011-05-20 23:01 x
「写真論」と自分の撮影感覚との乖離を意識して楽しむのも一興ですね。
Commented by sustena at 2011-05-21 01:09
Cakeaterさん、私はまだ対面したことがないんですけど、この近くでもタヌキは出没するらしいんです。若いタヌキは、尻尾がキュッと勢いがあるのかな。見てみたいなぁ。
Commented by sustena at 2011-05-21 01:11
Pくんのひとのうつってない住宅地とか、都市のガラン感は興味深いデス。好みとしては雨の中国だけど。
Commented by sustena at 2011-05-21 01:12
higphotosさん、写真論はいろいろあるけど、ホンマタカシのこの本は刺激的でしたよー。 好き嫌いがありそうな内容だったけれど。
Commented by sustena at 2011-05-21 01:13
Lucianさん、私が一番関心したのは、シャッタースピードで、決定的瞬間とニューカラーとを対比したところ。また、アフォーダンスの概念に、共感してる点も、ちょっとビックリしました。
Commented by ken_kisaragi at 2011-05-22 02:41
面白いね・・・
むしろシノゴやバイテンで長時間露光するより、小型素子のデジカメであれば極めて深い被写界深度、
且つ短時間で、等価表現する写真が撮れるような気もしますがドデショ。
ロバート・フランク、この人の写真はひじょうに美しいのです♡
ロンドンの山高帽、アメ車の妖艶な曲線、煤で汚れた炭坑夫や黒人の眼差し...。
痺れるゥー!  もうそれだけで価値有りますね。(^o^)
Commented by sustena at 2011-05-22 16:05
Cakeaterさんのoperaのブログのほうの築地の猫、あれを私は狼だとばかり思っていました・・・・・。
Commented by sustena at 2011-05-22 16:09
kenさん、たしかにコンデジだと一瞬で奥までピンのあった等価表現!なるほど・・。写るんですで撮ると、親密に写るんだって梅佳代が言ってたなぁ。でもホンマタカシさんのこの写真論を読んで思ったのは、村上隆なんかもそうだけど、美術史や写真史の文脈で自分をどう位置づけるかってことに意識的であるってこと。きょうび、アーチストをやってるのもタイヘンなのね・・。


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