2011年 04月 17日
地震以来2週間ほどは、ずっとテレビにかじりついているか、原発のことを調べまくっていて、なんだかずっと心が落ち着かない気持ちが長く続いて、本を読む気がゼンゼンしなかったのだけれど、図書館に注文していた本が届いたりしてようよう3週間目ぐらいからぼちぼち読み始めたのだが、そんななかで、不思議な味わいで心ひかれたのが、『漂砂のうたう』で直木賞を受賞した、木内昇さんの『茗荷谷の猫』(平凡社 2008年9月刊)だった。 江戸時代の終わり頃から、明治、大正、昭和の時代を、茗荷谷や市谷、本郷、浅草、池袋、池之端・・と場所と時間を変えながら、そこに暮らす夫婦や親子、独り者の、ままならぬ人生の哀感を綴った短編。連作というほど密接ではないんだけど、微妙にリンクしあっていて、後日譚の本の一部が、別の話でひょいと顔をのぞかせ、余韻を残す。 第一話は巣鴨染井を舞台にした、「染井の桜」である。江戸末期、武士をやめて植木職人になった男は、桜の新種をつくろうと交配を続ける。ついにソメイヨシノをつくりだすが、望む人にただでわけてやり儲けようとしない。のちに江戸中がソメイヨシノで満開になればいいという。武家に嫁いだはずの妻は、そんな夫の気持ちを知ってか知らずか、黙々と針仕事に打ち込み、職人仲間からは陰気な女だと嫌われている。その妻に先立たれ、みなが後妻を勧めるが、植木職人は妻が暮らしていたままの生活を続ける。 第2話以降は、黒焼道話―品川、茗荷谷の猫―茗荷谷町、仲之町の大入道―市谷仲之町、隠れる―本郷菊坂、庄助さん―浅草、ぽけっとの、深く―池袋、てのひら―池之端、スペインタイルの家―千駄ヶ谷 気に入ったのは、この本のタイトルともなった「茗荷谷の猫」と「隠れる」「庄助さん」。そして母親が上京してくるが、かつての自慢の母がいつのまにか年老いてしまい、こちらが歓待しようとしているのに、母はもったいないと、みみっちく、田舎じみてふるまうことにいらだって母を叱ってしまう娘の悔恨を記す「てのひら」はせつなかったな。
by sustena
| 2011-04-17 23:32
| 読んだ本のこと
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