2010年 11月 12日
宮部みゆきの『あんじゅう―三島屋変調百物語事続』(中央公論新社 2010年7月刊)を読む。 私は宮部みゆきの中ではこうした江戸ものが好きだ。やさしくて、人のことが大好きで、ちょっぴりお節介で、まっすぐな、たぶん作者もこうなんだろうなぁと思われる気立てのいい若い女性が主人公で、彼女の他の作品でときとしてり気になってしまう説教くささが、江戸の人情にシミジミと溶け込んでしまうのである。 江戸は神田の袋物屋・三島屋の伊兵衛、お民の夫婦のもとで女中奉公をする17歳のおちか。夫婦にとっては血のつながりのある姪だが、ある事件がもとでふさぎ込みになりがちな気持ちを紛らわそうと、志願してせっせとからだを動かしているのだ。そんなおちかの気持ちが晴れるのは、広い世間に目を向けることではないかという伊兵衛の発案で、おちかを聞き役に、江戸の不思議な話を集めることにした。 この本ではその不思議のうち4作が載っている。 馬飼いの少年は山奥でおかっぱ頭をした女の子の神様お旱(ひでり)さんに出会ったことから、少年がいると家中の水がなくなってしまうのだった(「逃げ水」) 双子は不吉であると、別れ別れに暮らすことになったお梅。双子の姉が死んだあと、彼女が幸せをつかもうとするたびに、からだに発疹があらわれ痛みだす(「藪から千本」) 手習所の若先生の師匠・加登新左衛門は、隠居して読書三昧が夢だった。古い借家にすむと、そこには、まっくろでぶよぶよした生きものの暗獣(あんじゅう)が棲んでいた。(「暗獣」) 巨漢の偽坊主・行然坊が、若いころの流浪の旅の途中で出会った山奥の村では、奇妙な風習があった(「吼える仏」) この中では「逃げ水」が好き。「暗獣」でもまっくろくろすけみたいな暗獣と、新左衛門夫婦の心のふれあいのくだりもとてもじーんときちゃう。 あんじゅうと別れたのちに、偏屈で孤独を好み、人交わりが嫌いだった加登新左衛門は、子ども相手の手習所をはじめる。 「世間に交じり、良きにつけ悪しきにつけ人の情に触れていなくては、何の学問ぞ、何の知識ぞ。くろすけはそれを教えてくれた。人を恋いながら人のそばでは生きることのできぬあの奇妙な命が、儂の傲慢を諫めてくれたのだよ」───新左衛門の心の変遷を思いながら、おちかは考える。 「人は変わる。あたしも変わるのだろうか」 GXR+A12
by sustena
| 2010-11-12 23:22
| 読んだ本のこと
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