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2009年 04月 11日

佐野洋子『役にたたない日々』

佐野洋子『役にたたない日々』_c0155474_15581385.jpg絵本『100万回生きたねこ』『おじさんのかさ』などの作者であり、エッセイの達人でもある佐野洋子さんの『役にたたない日々』(2008年5月刊 朝日新聞出版)がめちゃくちゃおもしろかった。

1938年生れの佐野さんの2003年秋から2008年冬までの日記風の体裁でのエッセイで、佐野さんが老いを自覚する話から始まる。朝起きて、近所のコーヒー屋に朝食を食べに行く。テーブルに座ってまわりを見渡すと、全部「ババアだった」、しかもみな独り者らしい。山の手のサラリーマンの妻みたいなひと、定年後のキャリアウーマン然としたひと、カメオのブローチをつけたイギリスの家庭教師だったなみたいに見えるひと(えー、描写はもっとていねいで、ひとりひとりの絵がホーフツとします)、かくいう佐野さんも、ジーパンにインド刺繍の上着を着て、足には西友で500円で買ったつっかけ。「昔はこんなバアさん居なかった。きっと今独り者のオーラが立ち登っているだろう。明日同じ時間に来たら同じ顔ぶれかも知れない。そして誰も人と話をしない。意味もなく力がわいて来た。史上初めての長寿社会での私達は、生き方のモデルを持たずに暗闇を手さぐりしながら、どのように朝めしを食うか開発せねばならない。そしておのずからそれぞれ選び取るしかない。」
コーヒー屋を出たら、なんのサンドイッチを食べたかを忘れてしまう。「キョロキョロ『同志バアさん』を張るのに一生懸命だったのか、呆けたのかわからない」。

そう、これは65を過ぎた佐野さんの、物忘れを手なずけ、老いていく自分とどう折り合っていくかのお話である。世間に毒づき、韓流ドラマにはまり……そんな毎日をユーモアとするどいツッコミをまじえて記していく。

このおもしろさをどう伝えたらいいだろう?esikoさんとnuts-coさんを足して、パワーをさらに増幅させた感じである。

ガンの手術で入院したときに見舞いにやってきたひとがもってきた「冬のソナタ」を見て、韓流に「身をもちくずし」、ついには友人と一緒に韓国に行く。
そこで日本から2000人のオバさんたちのツアーと遭遇するのである。そこで佐野さんは思うのだ。
「宣伝におどらされたわけでなく、えらい評論家にそそのかされたのでもなく、小母さんたちは自ら発見し、地中のマグマのように津波のようにどーっと韓流ドラマを押し上げたのである。そして恥も外聞もなくのめり込み、日本を変えた。外交官もえらい学者も芸術家も出来なかったことをやってのけてしまったのである」。
戦争以来ずっと、差別やら謝罪やらで重くたちこめていたモノをおしのけちゃったと。

佐野さんの描写が好きだなぁ。
「・・・私はイ・ビョンホンの左唇が口を開く時、口のはじのうす皮がくっついたままの瞬間が好きだった」

ズバっというものいいもよくて、引用しだすと、全部を書き写すことになっちゃうけれど、ビンラディンを見ると好もしいと思ってしまう。その点、北朝鮮の金正日は「安心しておおいやだ、とんでもない奴だと思えて嬉しい。多分ビンラディンはインドの乞食と同じムードがある。インドの乞食はどうしてあの様に哲学的に見えるのだろう。」なんて、心の底で思っているけど堂々といえないようなことをサラッと書く。

あるいは乳がんで担当医になった若い医者が気に入って
「週に1回この先生に会えると思うと、洋服を買ったりする。誰のために? 自分の気分のためである。担当の医者がいばった年寄りだったりしたら、私は寝間着の上にコートを着てくるかも知れぬ」。
がんとわかり、何年もつかと聞き「ホスピスを入れて2年くらい」という返事をもらって、「ラッキー、私は自由業で年金がないから90まで生きたらどうしようとセコセコ貯金をしていた」。でも、「死んだらもう金いらないんだよ、かせがなくたっていいんたよ、金の心配しなくていいだけでもラッキーと思うよ」

すごい人である。
佐野洋子『役にたたない日々』_c0155474_15572047.jpg


by sustena | 2009-04-11 16:04 | 読んだ本のこと | Comments(3)
Commented by esiko1837 at 2009-04-11 20:55
マグマだった一人として、この本は絶対に面白いですね。
今やっと「赤めだか」を読んでいますので、次あたりに読んでみたいと思います。
以前新聞か何かで「朝鮮人というだけで差別していたおばさんたちが、歴史も過去も一気に忘れてヨンサマ~!と海を越えていく」と書いてた人がいました。
結果、人種差別は無くなったのだろうか?
ここがイマイチわかりません。

「役に立たない日々」という題名は最高ですね。
こういうセンスは大好きです。
Commented by Lucian at 2009-04-11 21:27 x
長く生きることは同じ服をいつまでも着ているようなものかもしれないですね。だんだん傷んでくるし、気に入ってるとしても飽きてくる。
勝手に脱ぎ捨てることは許されないけど、徒らに執着する理由もない…。

ところで、写真の黒い葉はガラスの反射像がダブって写っているのでしょうか?


Commented by sustena at 2009-04-11 23:34
esikoさん、実におすすめです。人種差別の件はわかりませんが、少なく肝、食わず嫌いなどによる壁がペラペラになったのはよかったのでは。私は「猟奇的な彼女」のファンでした。
Lucian さん、たしかガラスに写ってたのではと思いますが、覚えていません・・・。うむむ、初期症状かしら・・・?


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