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2012年 05月 26日
昨年末に小澤征爾に村上春樹がインタビューした『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社 2011年11月30日)の広告を見たときに、新潮社がうまい組み合わせを見つけたものだなぁと思っていたんだけど、そのときに予約した本がようよう届いてまえがきを見たら、そもそもが村上春樹の企画であることを知ってまず驚いた。村上春樹は、最初娘の征良さんとたまたま知り合いになって、その後、小澤征爾とも顔を合わせて会話を交わすようになった。つまり仕事とはまったく関係ない繋がりからスタートしたんだそうだ。最初はほとんどが音楽以外の話だったのが、あるとき音楽を聴きながら、グレン・グールドとレナード・バーンスタインがニューヨークでブラームスの一番の協奏曲を演奏したときの話になって、これがすこぶる面白かった。そこで、このまま消えさせてしまうのは惜しい、文章として残すべきだと考えた村上春樹が、「それを書き残す誰かとして、僕の頭に浮かぶ人物は、僕自身以外には一人も──厚かましいようですが成り行きとして──いなかった」とゆーことで、できた本なのであります。 ところで村上春樹のエッセイや小説を読むと、彼が無類のジャズ好きであることはすぐにわかるけれども、たとえば『1Q64』で確かヤナーチェクのシンフォニエッタだっけ?が出てきたりして、それはそれでなかなか似つかわしい音楽であるので、クラシックも聴くのかしらんと思っていたら、高校のときからレコードを集め、コンサートにも時間が許す限り頻繁に通い、ヨーロッパに暮らしていたときは、文字通り浴びるほど聴いていて、ジャズもクラシックもどっちにもすごぉぉぉぉく造詣が深い人なのだった。 この本では、村上春樹の持っているレコードやCDやDVDを聴きながら、二人は音楽について、作曲家や指揮者や演奏家について、指揮のまとめかた、スコアの読み込み方について、音楽の生まれ出る秘密についてとことん話をする。 なんとまぁふさわしい聴き手を得たことだろう。インタビューはこうでなくっちゃなぁ・・・と羨望にも似た気持ちで、二人がしゃべっているのをなんだかガラス越しに聴いてるみたいな気分で読み進む。 最近とんとクラシックを聴いていないので、たとえばト書きで、「カデンツァの最終部分。音のペースがめまぐるしく変化する」などとあって、「ああ、ここの旋律はどーだったのかしら・・と思う部分もないわけではないけれども、その音楽のことをろくすっぽ知らなくても、実におもしろいインタビューであることは疑いがない。 とにかくぜーんぶおもしろいので、ぜひ読むことをオススメしちゃうんだけど、たとえばベルリオーズの幻想交響曲、1966年のトロント交響楽団と1973年のボストン交響楽団、2010年のサイトウ・キネンを聴きながら、同じ曲でも録音時期の違いによって、演奏者の違いによって大きく違うことについて語りだす。 「トロントのときはまだ三十一歳で、傾向としては「前へ前へ」というパワフルな演奏。音楽がたなごころの上で跳ねて踊っている。それがボストンに行って、最高のオーケストラを得て、手のひらに音楽を包んで大事に熟成させている感じ。最近のサイトウ・キネンになると、その包んでいた手のひらを少しずつ開いて、音楽に風を通し、自由にさせているという印象を受ける・・・」 それがなぜかを順々に聴いていくんである。 マーラー演奏の歴史的な変遷についての対話も興味深かった。なかでも、マーラーの楽譜に書き込まれた指示が実に細かいこと。でもそれで演奏が同じになるかというとさにあらず。ではどういう要因で変わってくるのか? この質問については小澤征爾はうーんと悩みながら 「要するにね、インフォメーションが多い分、各指揮者はインフォメーションの組み合わせ方、扱い方で悩むんです。それらのインフォメーションのバランスをどのようにとっていくかということで」 (略) 「実にパラドックスですね。意識的情報が溢れている分、選択肢がより潜在化していくというか。だから小澤さんとしては、それらのインフォメーションを制約としてはとらないわけですね?」 こんなふうに次々に言葉が紡がれてゆく。 章の合間にはさまれているインターリュードも楽しい。 たとえば、ユージン・オーマンディは親切な人で、小澤征爾のことをすごく気に入ってくれて愛用のオーダーメイドのタクトを1本くれたんだという。当時小澤さんはお金がなくてタクトのオーダーメイドができなかった。で、彼のオフィスの机の抽斗を開けたら同じタクトがズラッと並んでたから少しぐらいならわからないだろうと思って三本持ってきたら、秘書のおばちゃんにばれちゃった。なんて話。 第6回の前の「スイスの小さな町で」は、スイスのレマン湖畔で「小澤征爾国際音楽アカデミー」の10日間ばかりの合宿に村上春樹が参加して一緒に過ごし、音楽が作り上げられていく過程をつぶさに体験したレポート。それを受けて、若いひとを集めて音楽を教えるということがどういうことなのかが語られたのが第6回だ。 最近、とんとクラシックを聴いてないけど、また昔みたいに浴びるほど聴きたい。小澤征爾の指揮はテレビでしかみたことがないけれど、生で聴きたいなぁと思ったことだった。 始めに──小澤征爾さんと過ごした午後のひととき(村上春樹) 第1回 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって インターリュード1 レコードマニアについて 第2回 カーネギー・ホールのブラームス インターリュード2 文章と音楽の関係 第3回 一九六〇年代に起こったこと インターリュード3 ユージン・オーマンディのタクト 第4回 グスタフ・マーラーの音楽をめぐって インターリュード4 シカゴ・ブルーズから森進一まで 第5回 オペラは楽しい スイスの小さな町で 第6回 「決まった教え方があるわけじゃありません。その場その場で考えながらやっているんです」 あとがきです(小澤征爾) ![]() 2012年 05月 24日
拙ブログにたびたびコメントをくださるesikoさんの写真に出てくる土蔵やトタンに心惹かれる人や、藤森照信や赤瀬川原平らの路上探検に関心のある人なら、気に入ること請け合いの写真集が、藤田洋三さんの『世間遺産放浪記 俗世間篇』(石風社 2011年12月30日発行 A5判変型368ページオールカラー)である。作者の藤田洋三さんは、1950年大分県生まれの写真家で、全国の土壁、石灰窯、藁塚の撮影と取材をライフワークとして続けている人。 取材の過程で見つけた日本各地の決して有名ではないけれどその地で地道な仕事を続けた、鏝絵アルチザンたちの魂のこもった痕跡、アヴンギャルドならぬ左官ギャルドな手技の数々、キッチュな壁etcを写真におさめ、ユニークなタイトルをつけて(たとえばミルフィーユな壁、そろばんドック、刺青天井、泥のバームクーヘン)、軽妙な解説とともに紹介しているのだ。とにかく楽しい遺産たち。 その数306遺産! しかもこの本は続編であるからして、第一弾がある。こちらは247遺産! 1 失われた土木を求めて 2 そこに壁があるから 3 それは「アート」ではない 4 上を向いて歩こう 5 世界は粉でできている 6 小屋はスロー風土。 7 アルチザン・デコの窓辺 8 炎と土のモダニズム 9 われら世間遺産探偵団 こんな風景がどんどん日本のあちこちから消えて、無味乾燥な、のっぺりした家だらけになっちゃうのは悲しい。この本に共感したひとたちで、世間遺産保存運動をしなくっちゃ。 藤田さんの著書はこのほか、書『近代建築史・ゲニウス・ロキ』『消え行く左官職人の技・鏝絵』、『小屋の力』『鏝絵放浪記』『藁塚放浪記』『世間遺産放浪記』 写真は、本日新橋駅近辺で収集。 ![]() ![]() ![]() 2012年 05月 24日
食べ物の話ばかりで恐縮だが、おいしいものを食べたときは、報告せずにはいられない。 前々から宮崎の冷汁はたべてみたいなーと思っていたのだが、あまり上品とはいえないような気もするし、おいしいところとまずいところの差がうんとありそうで、下手をすると生臭いだけだったりすると最悪かもという懸念があってトライしたことはなかったのである。 本日銀座から新橋方面に向かう途中、8丁目のビルの1階に看板が出ていて、でーんと「宮崎の冷汁」とあって、その文字がそこはかとないオーラを放っていたので、ほんとは新橋のさぬきやでうどんを食べるつもりだったのに、気持ちがぐらっときて、5階にあるそのお店に入ったのであります。 ところで冷汁というのは、魚の濃厚な出し汁に麦味噌などを入れて冷やし、きゅうりやミョウガなどを入れて、ごはんにぶっかけて食べる家庭料理(レシピはWEBにいろいろ載ってるけど、その家によってもずいぶん違うようだ) とゆーわけで、さっそく注文。ちなみにこの店は、土鍋でご飯を炊いているんだそーです。 つけあわせは、いぶりがっことアサリとしめじの味噌汁、ピーマンと地鳥の和え物。 おいしかった♪ いまいち食欲がないときにはうってつけだと思います。900円也。 ![]() 2012年 05月 23日
昨日、神保町の嘉門で飲んだ。ここはあれこれ注文しなくても、7品ほどの酒肴がバランスよく出てきて、お酒もご主人の選んだものが、やはり順に出てくる(ついつい飲みすぎてしまうのが難点)。 きのう出てきた酒肴で感動したのが、鬼界島のこの大名竹である。 こーんなに長い。(すすたけ3本分ぐらい)。(★暗くていまいちおいしそう感には欠けるのは、ご容赦) ![]() これを根元のほうからかじっていき、スジスジになってかみ切れなくなったところでオシマイ。 じわーんとみずみずしく滋味あふれる竹の子の味であります。 久々に食べたミンククジラもおいしかったな。昔は小学校の給食で竜田揚げなんかが出たものだったけど・・・なんて回顧しても、若いひとにはゼンゼン通じない。 ![]() 〆で出てきたのが中華風冷奴。ピータンを裏ごししたのと干しエビやキュウリなどを混ぜたのがのっかっている。これなら家でもできそうかな。 ![]() このほか、水なすにオリーブオイルとチーズをのっけたの、アサリ、干しえびのかき揚げ、それと山菜のおひたし。日本酒は屋守(東村山)の中取り、豊盃(弘前)、八仙(八戸)、浦霞の生酒。 自分の味付けとは違う料理はとっても新鮮♪ 2012年 05月 21日
シアター・コクーンで岩松了 作・演出の『シダの群れ 純情巡礼編』を見る。2010年9月に同じタイトルで上演された舞台の続編。 前作では、「志波崎組」と「増岡組」の抗争と、組長と本妻と愛人のビミョーな関係、それぞれの子どもたちの跡目争いが錯綜し、一種濃密な世界に、ところどころ脱力感が混じるヘンテコな岩本らしい舞台だった。 今回は、「矢嶋組」と「増岡組」の抗争で矢嶋組に死者が出て、誰を身代わりに出頭させるかで、増岡組の若いモンに弁護士(会計係?)が話を持ちかけているところから舞台が始まる。と、いきなりバーテンが増岡組組長(石住昭彦)とその女・ヤスコ(松雪泰子)に発砲するが狙撃は失敗に終わる。バーテンは、矢嶋組の泊(小池徹平)だった。 矢嶋組の若頭補佐の坂本(堤真一)は、失態を犯した舎弟・泊の始末を請け負うが、妹・可奈子(倉科カナ)が彼を愛していたことから、父と慕う志波崎組の元幹部・水野(風間杜夫)のもとに二人を預ける。水野は二人を匿う仕事を、手なずけた(?)病院の看護婦(市川実和子)に依頼する。 一方、ヤスコが坂本に接近することで、矢嶋組・増岡組・志波崎組の三組の関係が少しずつ変化していく。そしてついには、矢嶋組と志波崎組が対立せざるを得なくなる状況に追い込まれるのだ・・・・。 岩松は、「タフな男の世界を描くいわばシェイクスピア風の任侠劇を、チェーホフ派と言われる自分がやってみせようというのがこの『シダの群れ』シリーズの最初の発想だった」と語っていたけれども、くっついたり離れたり、そのドロドロの関係の中に、キラッと光る言葉があったり、じくじくとした日常の会話があり、ときとして身につまされたり、苦笑したりしたなぁ。 特殊な世界を描いているというよりは、フツーの組織の人間関係と変わるところはない。 話のスジに時としてついていけない場面もあったけど、どこまでが演技とゴマカシなのか、本心もワケがわからなくなっているような松雪泰子や、いつもどこかKYな役をやる市川実和子、あと一歩だったけど、一途で血の気が多くて、いまの状況に絶えずイライラしてるような小池徹平や俳優役の荒川良々など、彼らの織りなす人間関係がじわじわっとしみてきたよ。 風間杜夫がいい味。舞台装置とギターの生演奏もよかったー。 作・演出:岩松了 堤真一、松雪泰子、小池徹平、荒川良々、倉科カナ、市川実和子、石住昭彦、 吉見一豊、清水優、太賀、鈴木伸之、深水元基、浅野彰一、風間杜夫 ギター演奏:村治佳織 ![]() 2012年 05月 21日
本日は、あちこちで金環日食に関する記事がアップされてるだろう。 私は生来のケチなので、曇りかもしれないから日食観測のメガネは、晴れることが判明したらゲットしようと思っていた。きのうの予報を見ても曇りのセンが濃厚。それにその時間は、朝御飯が終わったころで出勤の準備でバタバタしてる。でも、ひょっとするかもね、というので、ピンホールカメラの要領で観察できるというので、手元に使用済みテレカと、昨晩酔っぱらって作った日付入りの穴と、牛乳パックを使った観測キットを念のために手元に置いておいたのである。 朝、なんと、ときたま陽がさすではないか。 そそくさと朝食を食べて、観測体制に。でも、日付入りの紙のほうは、目打ちでテキトーに穴をあけて、しかも、裏側のバリ(紙でもバリというのか??)でデコボコしているいい加減なシロモノだったので、(ついでにベランダのでこぼこの外壁に投影したので)何がなんだかわからない。 ![]() そーゆーこともあろうかと、牛乳パックにアルミホイルに穴をあけて作った方は、ほら、小さいけど、ちゃんと金環に見える。 ![]() 息子に見せたら、ちょうど陽が陰ったこともあってよく見えなくなってしまった。 「ケチるからだ、俺は肉眼で見たかった」、とかなんとかブーたれるから一喝してやったら、ぷいっと外に出て行ってしまった。あれだけ、日食網膜症の危険性をテレビで何度も伝えていたので、まさか肉眼で見ようなんて気を起こさないと思うけど・・とヒソカに心配していたら、意気揚々と戻ってくる。 隣の人に日食メガネを借りて見せてもらったんだそうだ。 「これは俺が日頃ちゃんと挨拶しているおかげてある」なんて威張る。そして、金環日食を見ながら、太陽と月と地球の関係に思いをいたす人は少ないと思う、なんてことを言うから、「みんなを馬鹿にしてはいけない。多くの人はそー ゆーことぐらい、よーく知ってると思うぞ」と言い返してやった。 そのあと、木洩れ日が見えるところはないかなーと思いながらチャリを漕いで駅に向かったんだけど、手頃な場所は全然なかったのだった。 2012年 05月 20日
南青山の根津美術館で、「特別展 KORIN展 国宝『燕子花図』とメトロポリタン美術館所蔵『八橋図』」が本日まで開催されていた。今回の目玉はサブタイトルにあるように、尾形光琳の六曲一双の金屏風「燕子花図」と「八橋図」が100年ぶりに並んで展示されていること。 どちらも同じ伊勢物語 の第九段、業平が東国へ下る途中、三河国八橋の水辺で供人たちとカキツバタを眺めて都へ思いを馳せる場面を下敷きにしている。 「燕子花図」が濃淡の群青と緑青で、カキツバタの群生を巧みに配置したのに対して、十数年後に描かれた「八橋図」は、大胆にも画面の右上から左下にかけてたらしこみを施した橋が稲妻のように横切っている。なんどか図鑑で見たことはあったけれども、実際に見るのは初めてで、図鑑で見ていたときはこの橋がちょっと邪魔モノのように感じられなくもなかったんだけど、平面ではなくて、ちゃんと実際の屏風の形で展示されていたものを間近に見ると、たらしこみが立体感と奥行きをかもしだしていて、めちゃ新鮮でありました。 このほか、「十二ヶ月歌意図屏風」や酒井抱一によって集められた「光琳百図」と対比した展示など、興味深かったデス。 そうそ、もうひとつへぇーと思ったのが、このKORIN展のロゴは「燕子花図屏風」の光琳による署名「法橋光琳」を分解し、調整を加えてデザインしたって話。これは解説を見るのがわかりやすいよね。 ![]() 美術館の庭園でもカキツバタが咲いてたけど、ピークは過ぎてたなー。 ![]() 2012年 05月 20日
2週間ちょっと前に、iwamotoさんのブログに「豆腐の競演」と題して、豆腐のもろみ漬けと豆腐の味噌漬けの写真が載っていた。 あれっと思ったのは、同じころ出張で出かけた郡山で、豆腐の味噌漬けを買ってきたからだった。 ![]() lwamotoさんが紹介していたのは,熊本産のものだが、パッケージを見る限り、デザインこそ違え、中身は似たような感じである。 宴会があったので、供してみたところ ○予想よりも塩辛くない ○チーズの食感だけど、やはりじわっと豆腐である ○酒のつまみにウレシイ ものであった。 沖縄の山本彩香の店の豆腐ようも絶品だったなぁ。こちらがクリームチーズだとすると豆腐の味噌漬けはプロセスチーズみたい。 自分でつくるとするとどれくらい漬ければいいんだろうか。今度研究してみるつもり。 2012年 05月 20日
建築家の伊東豊雄と思想家の中沢新一による対談集『建築の大転換』(筑摩書房 2012年2月刊)を読んだ。3.11後、建築や建築家がどうあるべきか、いまの社会をどのように問い直していかなければならないかが各分野で議論されてきて、その方向性を大胆に提示したものかなあと期待をこめて読んだのだけれど、ちょっと頭でっかちなだけな感じだよー。 しかも、第1章と第3章にそれぞれ伊東と中沢の3.11を経ての考察が掲載され(中沢の考察は2011年7月に行われた伊東建築塾での特別講義の収録)、第2章に2009年7月の青山ブックセンターでの対談と、2011年2月の伊東豊雄設計事務所設立40周年パーティでの対談、2011年3月10日(直前!)に行われた伊東建築塾プレイベントでの藤森照信も参加しての鼎談(伊東と藤森はいずれも諏訪出身である)、そして同じ伊東建築塾での2011年7月の対談が収録されていて、対談中によいく言及されている中沢の「建築のエチカ」(初出は1983年)の収録という構成なので、寄せ集めで、出版社の惹句にある 「3・11後の建築は、ここからはじまる。自然と敵対しない建築とは?10万年スパンでみた人の営みとは?最前線で生きる2人が、建築と日本の未来を説き尽くす」 というのはいかにもオーバーすぎっ!なのであった。 中沢は前々から「建築という知的なシステムの外部にある自然をどうやったら建築の内部に取り組むくとができるかを考え抜いてきた」伊東の建築における仕事と、彼が思想の領域で探求してきたこととの間に深い共通点があると語る。そして、ありとあらゆるものをお金で計算するような第一種交換でなく、自己と他者が見分けがつかない「キアスム(交叉)」状態をつくりあげてしまう関係である「第二種交換」の原理、論理では把握できない非線形的な関係が生まれる場によって人の心が満たされるような環境や構造を建築や社会に取り組んでいかなければならない。そのヒントになるのがチベットの寺院なのだ、みたいな話をする。 一方で伊東は、復興の都市計画はいままでの建築家が「都市デザイン」という言葉で手がけていたものとは全く違うこと。建築をつくる人間と住む人間の間が乖離しているようなものではなく、自然と人間の境界を解いて近づけることのできる建築、近代以前の日本の住宅にすでにあったような考え方を取り入れながら、使う人と話しながら一体になってつくりあげることが必要だと語る。 そのためには建築家が王者のように君臨するのではなく、自然と人間が生活する世界の「ネゴシエイター」として機能しなくちゃいけない。 (「みんなの家」が何の変哲もない木造建築である点は共感したんだけど、その後テレビで見た、復興後の釜石への提案で彼が示したものが合掌造りが点在したようなプランだったのはちょっとがっかりしたぞ) 中沢の発言はときどきハテ??とついていけないところもあるんだけど、ひらたくいうと別に目新しい話じゃないよねぇ・・・。(でも『アースダイバー』はちょっと読んでみようかなと思ったのでした)。 はじめに 第1章 地域と公共性の大転換 (伊東) 第2章 人と自然の大転換(対談と鼎談) 「伊東豊雄の建築」を中沢新一と考える 自然と人間をわけない建築 縄文のこころと建築 震災が建築につきつけた問題とは 第3章 エネルギーと建築の大転換(中沢) 補論 建築のエチカ おわりに ![]() |
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